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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
最終章 普通の冒険者

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19.最後の邪血晶

 退屈だった。そのグロベアは狭い四方体の檻の中で溜息を吐いた。一日の大半を織の中で過ごし、たまに運動で外に出るだけの日常に飽き飽きとしていた。たまにヒトと戦う機会があるが、それ以外は全く刺激のない日々だった。

 数年前は快適な暮らしをしていた。生まれた頃から他の同族よりも優れていたため、仲間は誰も逆らうことは無かった。周囲にも相手になる敵はおらず、その森では何をしても許されていた。


 快適な日々が終わりを告げたのは、とある人里を襲った時からだった。今までもヒトを襲い、何度も喰らったことがある。色んな生き物を食べきたが、ヒトが一番好きだった。だがヒトは知能が高いため、今まで住処を狙ったことは無く、数名で森に入ってきた奴だけを襲ってきていた。

 だがその日は無性にヒトを食いたくなり、我慢できずに人里に向かい、多くのヒトを殺して住処に連れ帰った。知能の高いものを食べれば頭が良くなる気がして、その日の内に連れ帰った全てのヒトを喰らいつくした。


 一度食べるとまた食べたくなって、もう一度、もう一度人里に向かった。二回目からは抵抗してくる者がいたがたいして強くなかった。警戒してもその程度かと安心し、また人里へと向かった。


 四度目の襲撃は失敗に終わった。そこにいたヒトは今まで戦ったどのヒト、どの生物よりも強かった。どんな攻撃も当てられず、一方的に蹂躙された。そして力尽きて目覚めたときには檻に入れられていた。

 屈辱的だった。自分よりも小さい相手に負けた上に、殺さず生きたまま捕えられてしまった。圧倒的な実力差があったことに気づき、グロベアは恥辱のあまり暴れまわった。檻を壊して負かした相手に復讐しようとして再び襲い掛かろうとしたが、今度はそいつの元に辿り着くことなく、大勢のヒトに捕らえられてまた檻に入れられた。そして連れられた先がここだった。


 ここはヒトとモンスターが戦うのを見世物にしている場所だった。勝てば生き残り、負ければそのまま死んで放置される。勝敗だけが全ての世界だった。

 グロベアは復讐の機会が来るのを待つために勝ち続けた。何日も何十日も何百日も戦い続けた。だが一向にあいつはたまに様子を見に来るだけで、戦う機会は来なかった。

 もう戦えないのではないかと思い始めていた。たまに戦い、配給された食料を食い、それ以外は檻の中で過ごすような日常のまま一生を終えるのではないか。復讐する機会はこのまま来ないのではないかとグロベアは諦めかけていた。


 転機が訪れたのは突然だった。いつものように配給された食料を食べようとしたときに、それに違和感があった。食料はその辺で捕まえたのであろうモンスターの死体だった。一見ただの肉の塊なのだが、その中から命の鼓動を感じた。不思議に思って少しずつ肉を齧り取りながら中を探ると、黒い塊が見つかった。

 始めは血の塊かと思ったが、それから生命の気配を感じ取った。まだ生きようとしている意志があった。四肢が無いそれは必死に自分の存在を示していた。


 食べたい。不気味な生物だったが、グロベアは本能的にそれを飲み込んだ。食べなければいけない。そういう直感があったからだ。

 それを飲み込んだ瞬間、不思議な感覚が襲った。まるで体の中にもう一つの人格が生まれたような気がした。


 そして頭の中で誰かの声が聞こえた。


『食え』


 またヒトが食いたくなった。






 闘技場からの歓声が止むことなく続いていた。どの方角からも聞こえてくる歓声が心地良かった。今まで陰口を叩かれたり馬鹿にされることはあっても、こんな風に称えられることは今まで無かった。

 このままずっとこの歓声を浴びていたい。ただそういうわけにもいかないので起きようとした時だった。


 グロベアの体から流れる血から、不気味な雰囲気を感じた。邪龍や邪龍体から感じた妙に威圧的な存在感。邪血と同じ力を肌で感じる。

 それは邪龍体を前にした時と同じ空気だった。


 特異個体であったことと疲労により、今までは戦うことに必死だった。そのため邪龍体の気配を感じ取る余裕が無く、やっと一息付ける段階で気づくことが出来た。邪龍体の気配はそのモンスターからではなく、中に入っている邪結晶から感じ取っている。おそらくこのグロベアの中に邪結晶があるのだろう。


 予想外の展開だったが、既に邪龍体であるグロベアを倒していることもあって、これから何をすべきかを冷静に考えることが出来た。このグロベアが邪龍体だとロードは知っているのか。報告すべきか、それとも先に邪結晶を壊すべきか、疲れ果てて動けない僕の代わりに誰かにやってもらうか。そんなことを考えているときだった。


『良くやった』


 突然、頭の中で声が響いた。それは夢の中で見たシグラバミの声だった。


『邪龍体の元まで俺様を連れて行くだけじゃなく、お膳立てまでしてくれるとは予想外だ。貴様は俺様の期待以上のことをしてくれたな』


 ヤマビでおばば様に言われたことを思い出した。シグラバミは邪血を欲している。それは力を取り込むためだと。だから邪龍体に近づくなと。


『ご苦労だ。これで俺様は復活できる』


 突如、腹の中から何かが動き出す気配を感じた。胃から喉にかけて何かが上って来て、反射的に口を両手で塞いだ。しかし吐き気を抑えきれず、口から何かを吐き出した。

 口から出て来たのは大量の血だった。地面に血が流れ出て、人ひとり分くらいの大きさにまで広がっていった。突然の吐血に、興奮していた観客達も驚いてざわついていた。


 血を吐き出しながら、僕の頭には疑問が生まれていた。これほどの量の血を出せば、普通なら倒れてしまったり失血死しているはずだ。だが僕は気を保てている。これは僕の血じゃなく、シグラバミの物なのか。

 血をよく見ていると、それは意思を持った生物のように動いていた。血がグロベアの死体に近づいていき、体の中に入り込んでいく。不思議な光景だったが、ヤバイことが起きようとしている予感があった。


 皆に何が起きてるのか伝えようとしたとき、死んだはずのグロベアの体が動き出した。ビクンビクンと震えてから体が波打ち、徐々に体が膨張し始めている。何か別の形に変化する予兆のように見えた。


「お、おい。なんだあれ?」

「生きてんのか? あの状態で?」

「いや、生きてる動きじゃないぞ……」


 観客達もグロベアの様子に気づいてざわつきだした。しかし、まだ事態の大きさには気づいていない。


「だ、誰か来てくれ! 邪龍体が、シグラバミが……」


 その瞬間、グロベアの体が大きく膨れた。背中が歪な球体のような形になり、その天辺から別の生物の大きな顔が出てくる。それは蛇の顔だった。蛇は飛び上がるように空に向かって上り出る。大型モンスターよりも長く大きな体がグロベアから出てきて、フィールドの三分の一ほどをその体で占拠した。なんでグロベアの体から、あんなでかい体が出てくるんだ。そんな至極当然の疑問を抱いていた。


『フハハハハハハハハハ!』


 それは天に向かって口を開いて笑い声をあげた。先程まで歓声が上がっていた闘技場で、そのモンスターの声が響き渡った。


『久しぶりの陽の光だ。悪くないな』


 大きくて長く四肢の無い黒紫色の胴体、建物を一口で飲み込めるほどの巨大な口、縦に長い瞳孔で赤い眼を持つ巨大なモンスター、シグラバミ。かつて大陸で暴挙を振るい多くの命を屠った、邪龍に匹敵するほどの凶悪なモンスターが目の前にいた。


 圧倒的な存在感だった。初めて邪龍と対面したときと同じ空気を肌で感じた。


『さて』


 ひとしきり笑った後、シグラバミの赤い双眸が僕に向けられた。


『久々に肉体を得て早速暴れまわりたいところだが、まずは俺様を蘇らせてくれた貴様に褒美を与えよう』


 シグラバミの縦に伸びた二つの瞳が僕に視線を向ける。疲労しきっているうえに突然の事態に頭がついていかず、体が硬直して碌に動けなかった。


『喜べ。貴様には俺様と共に、世界が崩壊する光景を見る権利をやろう』


 シグラバミが大きく口を開かせていた。


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