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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
最終章 普通の冒険者

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17.三十一体目のモンスター

 全てのゲームは主催者にとって都合の良いものに作られている。デッドラインもそのうちの一つだ。

 普段は上限として三十体までしかモンスターを投入させないようにしていた。だが現在闘技場は収容数を増やすための工事を進めていたため、一体分のモンスターを収容できるスペースを別に確保していた。ヴィックが三十体まで倒せたことには内心動揺したが、流石に三十一体目が居たことは知らなかったようだということは、フィールドで呆けている姿を見て確認した。


 達成したと思った直後に、それが未達と知り、そのうえ更なる困難を突き付けられる。疲労困憊した状態で盤面がひっくり返さたら、大きな精神的疲労がかかるだろう。それは今まで苦労した分大きくなる。ヴィックには効果覿面だった。


「しかしなぜグロベアなんでしょうか?」


 エリーは既にロードが仕向けたことだと確信しているようだった。ここまで来たらロードも隠すつもりはない。ロードは「ちょうど良かったからな」と答えた。


「彼にとってグロベアは因縁の相手だ。彼はグロベアが切っ掛けでウィストに嫉妬を抱くことになった。その相手にこの舞台で再び負けることになれば、もう二度とウィストとチームを組もうと考えなくなると思ったからだ」

「しかしいくら疲れ切ってるとはいえ、下級モンスターならばヴィック様が勝つ可能性がありますよ」

「あれはただのグロベアではない。そうでなければこの場面で投入しないさ」


 昔、一つの村がモンスターに襲われる事件があった。周囲で生息しているモンスターの情報と破壊された村の建物の状況からグロベアの仕業だと推測した。再び襲ってくることが予想されたため、数人の冒険者が村に滞在することになった。

 滞在したのはグロベアの討伐経験のあった下級冒険者だったが、後日彼らが返り討ちに遭ったという報告があった。無事に戻ってきた冒険者の話を聞くと、とても下級冒険者が相手にできるレベルではないと言っていた。その後、中級冒険者が代わりに村に向かったが、今度は彼が倒される事態となった。

 さすがに異常を感じたため、村からの依頼が『英雄の道』に回されることになった。その際ロードが近隣の町に用事があったため、その依頼に同行した。二人の上級と中級冒険者と共に村に行き、再び襲ってきたグロベアと対峙した。そのグロベアは下級や中級には収まらず、上級に匹敵するほどの力があることを、ロードはその目で確認した。


「特異個体。あのグロベアはそういう個体だよ。万全の状態でもヴィックには勝てない相手さ」


 デッドラインのために、ヴィックが周到な用意をしていたことは知っていた。全てのモンスターに対して適切な動きが出来ていたことから、事前に出てくるモンスターを調べ上げたのだろう。さらに投入されたモンスターの数体に動きが鈍かった個体が居た。おそらく毒を盛って弱らせたのだろう。似たようなことをしてくる挑戦者は今までにもいたが、ここまで精度の高い調査と用意をしてきた者はヴィックが初めてだった。

 だからこそロードも、同じように奥の手を使った。目には目を、歯には歯を、奥の手には奥の手をだ。


「救援班にはすぐにでも動けるように伝えておきなさい。彼が負けるのに時間はかからないはずだ」


 これで終わる。ロードは強い確信を持って、そう言った。






 グロベアとは何度も交戦したことがある。冒険者になりたての頃こそ苦戦はしたが、今では油断さえしなければ負けない相手になっていた。

 だが目の前のグロベアは、今まで戦った個体とは別格だった。


 その巨体に似合わぬ俊敏性、どんな僕の動きにも対応する反応速度、そして従来のグロベアを上回る膂力。全ての能力が今までのグロベアとは比べ物にならないほどに上回っていた。

 両前足から繰り出される連続攻撃、かと思えば突然突進や嚙みつきを挟んできて攻撃のリズムを変え、時にはフィールドに残っているモンスターの死骸や石を投げつけてきたりする。その多彩な攻撃に身体能力だけではなく、知能の高さも窺えた。絶え間ない攻撃への対応に、体力だけじゃなく精神力も尽きかけていた。


 腕が上がらない。足も動かない。武器を構えることすらも難しい状態だった。今の僕にできることは動きを減らして体力の消耗を抑え、少しでもいいから体力の回復をすることだった。だがその間、グロベアが手を緩めることは無い。僕に息つく間も与えないように、奴は攻撃を続ける。かといって反撃を喰らわないように攻めすぎず、深追いしない程度にじわじわと詰めてくる。まるで弱った獲物を確実に仕留めようとする獣のように。

 それでも勝たなきゃいけない。倒さなきゃいけない。僅かなチャンスをものにしなければやられてしまう。一回で仕留めるんだ。


 突進してくるグロベアを剣を振って牽制する。グロベアは剣が当たらない場所で止まるとさらに一歩距離を取ったので、その距離を埋めるべく僕は前進する。守っていても攻略の糸口が見つからないのならば攻めるしかない。

 いきなりの反撃に驚いたのか、グロベアは僕の動きをじっと見ている。観察して僕の動きを見切ろうとしているのか。その間に攻め立てて一撃を喰らわせれば勝機はあるはずだ。


 グロベアの顔に向かって剣を振り下ろすと、グロベアが左に跳んで回避する。着地した瞬間を狙って追撃をするが、グロベアは前足を押し出すように立ち上がりながら避けている。そして立った状態から右前脚を振り下ろしてきたので、盾で受け流しながらグロベアの懐に入った。

 目の前にある大きなグロベアの腹に向かって、突き刺すように剣を前に出す。腹部への攻撃は十分な致命傷になり、時間が経てば経つほどグロベアの体力を消耗させることができ、僕にも勝機が生まれる……はずだった。


「えっ……」


 突き刺すつもりで出した剣が、グロベアの腹部に刺さらずに横に弾かれていた。見るとグロベアは体を捻り、剣先を横に受け流している。それは僕がやっていた盾の受け流しと同じ技だった。


 予想外の展開に動揺し、一瞬だけ動けなくなった。すぐさま気を取り直して再度攻撃しようとするが、先にグロベアが圧し掛かろうとしているのが見えたため横っ飛びで懐から出る。すぐに体勢を立て直そうとするが、グロベアの右前脚が先に届く。盾で防ぐが、その衝撃で体勢が崩されてしまう。衝撃を受けきれずに距離が空くと、グロベアは両前脚を地面に着けて体勢を低くする。その構えから突進が来ると予想して回避する準備をした。案の定グロベアが突進してきたので衝突する寸前に左に避けたが、グロベアは僕の動きを読んだのか、衝突寸前に減速して切り返し、僕にピタリとついてきていた。モンスターの動きを読むことはあっても、モンスターに僕の動きを読まれたことは初めてだった。


 至近距離まで接近されると、防御の体勢が出来ていない僕に向かってグロベアが突進する。何とか盾で受けたが衝撃で後ろに突き飛ばされて地面に倒れこんでしまった。急いで立ち上がろうとするが、それよりも前にグロベアに近づかれ、右前脚で踏み抑えつけられた。

 二百キロはあるであろうグロベアの重量が圧し掛かる。身動きが出来ないうえに呼吸がし辛くなったため息が出来ない。しかもグロベアが左前脚で僕を攻撃しようとする姿が見えた。位置的に盾は使えない。攻撃される前に剣を突き出すと、剣先はグロベアの左眼辺りを切り裂いていた。


『グォオオ!』


 グロベアが短い悲鳴を上げた瞬間、僕を抑えつける力が緩む。その瞬間に力を振り絞って逃れるが、同時に体に大きな衝撃が伝わった。眼を攻撃されて動揺したグロベアが暴れてしまい、その際に振るった前脚が体に当たったようだった。予想外の攻撃に何の備えもできず、僕はフィールドの端まで殴り飛ばされてしまった。


 今ならグロベアに攻撃できる。そう思って立ち上がろうとしたが、全身から伝わってくる痛みと疲労のせいでなかなか体が動かない。体が震えてしまい、思うように体が言うことを聞かない。既に体は限界をとっくに通り過ぎていたかのようにボロボロだった。

 流石にきついな。泣き言を言いそうになったそのときだった。


「ヴィック!」


 懐かしい声が聞こえた。顔を上げて観客席を見ると、すぐ近くにその人はいた。


「ウィスト、来てたんだね」


 もしかしたらいないんじゃないかと思っていた。だがちゃんと見に来てくれていたことに安堵し、自然と笑みが生まれていた。

 反対に、ウィストは今にも泣きそうな顔をしていた。


「ヴィック、もう止めて! それ以上は無理だよ! 死んじゃうよ!」


 グロベアは血のせいで眼が見えないのか、近くに僕がいると思ってその場で暴れ回っている。息を整える時間はありそうだ。僕はゆっくりと呼吸をし、気を落ち着かせながら体を動かした。


「ヴィックはもう三十体も倒したんだよ! 十分実力は証明できた! 記録が無くても誰もヴィックのことを馬鹿にする人なんかいないよ! だからここでリタイアして!」


 ゆっくりと体を動かして立ち上がる。まだ足は動く。武器も持てる。あと少し戦える。


「また一緒にチームを組むから! 何回だって組むから! だから、もう……」


 僕はウィストの方を見て、言った。


「違うよ」


 ウィストは涙に目を浮かばせたまま僕を見た。


「僕がデッドラインに挑戦したのは、君とチームを組むためじゃないよ」

「……え?」


 呆気にとられたような表情をウィストは見せた。


「僕がデッドラインを制覇しても、ウィストの心配事が無くなるわけじゃない。僕とウィストには大きな差がある。そこに間違いはないよ」


 デッドラインを制覇して世間の評価が変わっても、僕の力がウィストに並ぶわけじゃない。ウィストがチームを解散することになった理由は、僕との実力差によるものだ。その問題は未だに解消されていない。


「じゃ、じゃあ何でこんなことを……」


 もっともな疑問をウィストが口にする。その疑問に僕は答えた。


 天才しか達成したことのないデッドラインに挑戦し、世間を敵に回し、ロードに狙われるようになっても、僕が計画を実行した理由。


 僕はそれを、初めてウィストに伝えた。


「君に楽しい冒険をしてもらうためだよ」


 それは三年前にウィストと交わした、何気ない約束だった。


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