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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
最終章 普通の冒険者

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16.因縁の相手

 デッドラインでは十分間のインターバルを取る機会が二回ある。これはモンスターを搬入させる前に、好きなタイミングで取ることが出来る。インターバル中にできることは道具や食料の補給か武具の交換、そしてギブアップの宣言だ。ギブアップをすればその時点での討伐数が記録になる。

 既にインターバルは、十五体目と二十五体目を倒したときに取っている。つまりもうギブアップはできない。元々ギブアップするつもりは無かったが、背水の陣になることで改めて腹は括れた。ここからはゼロか百、記録無しか英雄と並ぶがのどちらかだ。


 三十体目のモンスターとして現れたのはグラプ。全身が蔓に覆われた巨大な人型の上級モンスターだ。ツリックダンジョンに生息していて、僕がマイルスで活動していた頃に遭遇したことがあり、僕がソランさんやアリスさんと出会った切っ掛けになった相手だった。 


 懐かしい相手を前にして不意に口角が上がってしまう。最初に遭遇したときは何もできず、リベンジの機会すらないだろうと思っていた相手だった。だがミラさんから貰ったリストにグラプの名前があったのを見た瞬間、身体が身震いを起こしていた。そして今、本当に戦えることになって、僕の体は疼いていた。

 既に体は疲労困憊で限界間近だ。だがリベンジできるという状況を前に、身体中に力が漲っている。更にいえば、あと一体倒せばウィストたちに並べるという状況が背中を後押ししていた。


 グラプが大きな右拳を振り下ろしてくる。僕はそれを盾で受け流してから前進する。最後の一体だが、僕の体力はあとわずかだ。長引かせたら僕に勝ち目はない。早急にけりをつける。グラプの倒し方はソランさんが倒したのを見たことがある。同じことはできないが、あれを応用して倒す方法を考えてきていた。

 グラプは両拳を交互に振り下ろしてくる。さらに腕から蔓を伸ばしてきて僕を捕らえようとしていた。拳を受け流しながら蔓を切り払うが、広範囲かつ絶え間なく続く攻撃に息が切れかけていた。僕が弱っていることを察しているのか、グラプも早々にケリをつけようとしているかのような怒涛の攻撃だった。

 焦るな。体力勝負だと僕の方が不利だが、だからといって迂闊に動けば返り討ちに遭う。だからこそ落ち着くんだ。こういう戦いは、今まで何度もしてきたじゃないか。


 大きく後退して距離を取ってから、大きく息を吸って呼吸を整える。冷静に、気を静めて、相手を見極めろ。アリスさんに教えられたのはそういう戦い方だ。今一度、僕はそれを思い出してグラプの動きを見据えた。

 グラプが再び近づいてきて拳を振るい、蔓を伸ばす。それが外れると逆の拳を振り下ろして蔓を伸ばす。交互に、ほぼ同じリズムで、同じタイミングで蔓を動かしている。そのリズムとタイミングを、僕は脳裏に刻み込んだ。

 何度も何度も、目と耳で動きを記憶する。チャンスは少ない。その数少ない機会を絶対に逃すな。強く、鋭く、ヒランさんの居合切りのように、一回で決めるんだ。


 再び距離を取って息を整える。動きは覚えた。次で行こう。そう決めた瞬間、早速グラプが再び左拳を振り下ろしてきた。僕はそれを受け流し、腕から伸びて来た蔓を切り払ってからグラプの足元に接近する。グラプは右足で蹴り飛ばそうとしてきたが、それを横っ飛びで回避する。そして再び蹴ろうとする前に、僕は道具入れの腰鞄から油を入れた油玉を取り出した。

 踏みつぶそうとするグラプの左足を回避した後、その足に向かって油玉を投げつける。それはグラプの左足に当たると割れて、中に入っていた油がグラプの蔓にしみ込まれていく。念のためにもう一つ、最初にぶつけた場所よりも少し上の方に油玉を投げつけると同じように割れて油が蔓にしみ込んでいった。


 下準備を整えた直後、再びグラプが僕を踏みつぶそうと何度も足を上下に動かす。僕はグラプの動きに集中しつつ、かつできるだけ離れないように回避に専念する。何度も回避していると、疲れたのかグラプの足が止まる。その瞬間を狙って、グラプの左足に近づいて火杭を撃った。グラプの左足に刺さって僕が距離を取った直後、大きな音を立てて火杭が爆発する。同時にグラプの左足の蔓に火が移り、左足から上に向かって火が広がっていった。


『キシャアアアアアア!』


 グラプは悲鳴を上げながら火を消そうとして左足を動かす。グラプの弱点は火だ。体が蔓で覆われているため、火の効果は絶大だ。目の前に敵がいても、消火の方に意識が向くのは予想できたことだった。

 グラプが火を消そうとしている間、僕は右足の方に向かいながら火杭を装填する。右足の後ろに回って火杭を撃ち、それが爆発すると威力に押されてグラプは体勢を崩し、仰向けに地面に倒れこんだ。

 僕は倒れこんだグラプの体に上り、すぐに上半身へと移動する。体に上る僕に気が付いたのか、グラプは体の蔓を動かして僕を捕まえようとする。蔓を切り払いながら進み、グラプの胸の上にまで到着した。すぐに火杭を撃とうと構えるが、蔓が僕の首に絡み締め付け始めた。


「ぐぅっ……!」


 他の蔓が僕の体に絡みつく。僕を縛り上げようとしていたが、最後の力を振り絞り、最後の火杭を装填した杭撃砲をグラプの胸の方に向けて引き金を引く。火杭が胸に刺さると同時に、グラプが右腕で僕を殴りつけた。なんとか盾を構えたが身動きが取れないため受け流しが出来ず、拳の衝撃をそのまま体で受けることになった。

 巨体から繰り出された拳を受け、衝撃で意識が飛びそうになる。あと少しで終わる。その想いだけで意識をもたせると、すぐ後に火杭が爆発する音が聞こえた。

 目の前にはグラプの胸に刺さった火杭が爆発した光景が映っている。グラプは『シャァアアアアア!』と断末魔の様な声を叫んで体を仰け反らすが、間もなくして声が途切れるとバタンと力なく地面に倒れて動かなくなった。


「ヴィック選手、三十体目のモンスターを討伐だぁ!」


 実況席の声が響いた後、観客席から歓声が上がった。最初の方にブーイングを出していた人達が、今やヴィックの偉業を祝福していた。


「や、やった……」


 僕はグラプの体の上で膝を着き、両拳を強く握った。


「やったぁああああああああああああ!!」


 両手を天に突き上げ、空に向かって大声で歓喜の声を上げる。これほどまでに嬉しいことはいつぶりだろうか。僕は喉が枯れるくらいの大声を出し続けた。


「ヴィック選手、これで史上三人目の三十体討伐成功です。皆様のご存じの通り、闘技場では収容できるモンスターの数が三十体が上限のため、デッドラインはここで―――」


 実況席の声が途中から聞こえなくなるほどの歓声が上がり続けている。当然だ。天才しか達成できないはずの種目が制覇されたのだ。観客達も予想外の事だったろう。だがこれで目的の一つは達成された。凡人でも出来るっていうことを証明でき、先に制覇した天才二人の特別感を薄くさせることになるはずだ。

 これでひと段落つける。そう思うと気が抜けて、途端に体に溜まった疲労が声を上げ始める。体が急にだるくなって、四肢を動かしづらくなった。誰か僕を運んで退場させてくれないかなと思うくらい疲れていた。


 応援してくれた皆は喜んでいるか、ウィストはどこかで見ているのだろうか、そう思って観客席を見渡した。すると観客達の声が徐々に小さくなっており、ある場所を見ていることに気が付いた。不思議に思ってその方向に僕も視線を向ける。そこはモンスターを搬入させる扉の方だった。

 モンスターをフィールドにいれた後、モンスターが外に出ないように扉はすぐに閉められる。だが今はその扉が開いており、奥から何かが動いているのが見えた。


「なんと、ここで新情報です! 三十一体目のモンスターが投入されました!」


 実況席からの最悪の報告に耳を疑った。三十一体目? デッドラインは三十体までのはずだろ? なんで、どうして?


「えー、今まで三十体で終わっていたのは、闘技場に収容できるモンスターの上限が三十体だけだったからです。元々デッドラインのルールでは、モンスターの投入数に上限はありません。そもそも挑戦者の限界を図るための競技ですからね。だから三十体を上回る数を収容できるようになったのならば、その次を投入するのは当然のことです、はい」


 実況席にいる解説者がこの状況を説明する。思い返せば確かにそういうルールだったが、よりによってこのタイミングで収容数が増えるなんて……。


 体は既に限界を超えていた。まともに戦える気がしない。だがここでリタイアすれば、記録無しとなってしまう。

 やるしかない。今一度気を奮い立たせて立ち上がるが体に力が入らない。終わったと思って気が抜けてたせいで身体中が倦怠感に満たされており、動くのが非常にだるかった。


 グラプの体から降りたとき、ふと気になったのは三十一体目のモンスターだ。調べたところ、リストに載っていたモンスターの名前は三十体までだった。次はどんなモンスターが出てくるんだ?

 視線を扉の方に向けてモンスターの姿を確認する。その正体を見た瞬間、力なく笑ってしまった。


「なるほど。今回だけじゃなく、僕が初めて闘技場に参加したときも、あなたが関わっていたんですね」


 扉から出て来たのはグロベアだった。だがそれが、僕が闘技場で最初に戦ったのと同個体であることを瞬時に察した。そして何度も上級モンスターと敵対した今だからこそ気づいたことがある。


 目の前にいるグロベアが、それらと同等の力を持つモンスターである特異個体だということを。


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