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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
最終章 普通の冒険者

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14.見てみたいから

 初めてヴィックに会ったときは、寂しそうな人だなとカレンは思った。

 『英雄の道』の団員は皆自身に満ちた顔をしており、時折真剣な表情を見せることはあっても、ヴィックのように寂しそうな顔を見せることは無かった。


 なんであんな顔をしてるのだろう。彼の表情は逆に目立っていて、視界に入るたびに気になってしまい、何度も目で追ってしまった。だから父のガウランに紹介されてチームを組んだ時は良い機会だと思った。一緒にチームを組むことで、彼のことを知れると思ったからだ。


 そして何度も冒険に出かけたことで、ヴィックのことが好きになっていた。今までカレンと組んだ冒険者は動きに合わせられず、敬遠され続けて来た。鎖鎌という特異な武器を使っていることと、内気な性格のせいで相手と打ち解けることが出来なかったせいだった。

 だがヴィックはカレンの動きに容易に合わせてくれて、何度も一緒に依頼をこなし、モンスターを倒すことができた。初めて冒険に出た時と同じ楽しみを、再び味わうことが出来たのだ。実力では他の団員に劣っているかもしれないが、カレンにとってヴィックは他の団員とは比べ物にならないほどの最高の仲間であった。


 ヴィックの相方になりたい。一か月前にそう思い至り、正式にチームを組むことを申し出た。あの頃のヴィックは、前のチームを解消したことによるショックで受けた心の傷が癒えていなかった。卑しくも、今ならば組んでくれるのではないかという狙いがあった。そういうことをしなければ、チームを組めないんじゃないかという考えもあった。


 しかしカレンの浅はかな行動は成就しなかった。あの後カレン達はヤマビでヤマグイを倒すことになり、その結果ヴィックは立ち直ることになった。そしてヴィックはウィストを助けるためにデッドラインに挑戦することになった。その計画がロードと敵対する可能性があることから、カレンは計画に参加できなかった。心情的には協力したい気持ちが強かったが、『英雄の道』内で重要な立ち位置にいる父の事と、長年世話になっているロードのことを思うとそれはできなかった。


 だからこそ、カレンは人一倍強く願うことしかできなかった。


 もしデッドラインを制覇すれば、ヴィックはウィストとチームを組みなおし、カレンとは一緒に居られなくなるかもしれない。再び、以前と同じような一人ぼっちになるかもしれない。だがそれでも願わずにはいられなかった。


 それは今のヴィックが、今までで一番かっこよかったからだ。


 カレンの知るヴィックは、落ち着いていて物静かで大人な雰囲気を纏っている冒険者だった。優しくカレンをサポートしてくれて、何も言わずにフォローをしてくれる紳士的な人だった。そういう一面も見てヴィックのことが好きになったが、こうしてデッドラインに挑戦するヴィックの姿が一番生き生きしているように見えた。

 デッドラインはウィストやエギルといった天才にしか達成できなかった。彼ら二人以外の者が幾度も挑んだが、誰も勝ち残れなかった。それほどの困難な試練に挑戦しているというのに、ヴィックは悲観な表情を見せずに戦っている。まるで困難な道を歩むのが当然だったかのように、その顔に悲壮感はない。むしろその先にある成果を心待ちにしているように見えた。


 それはまるで、初めて冒険に出た少年の様だった。


 あの表情を、カレンは引き出すことが出来なかった。それを可能にしたのは、ウィストを助けようとする意志によるものだった。それは決して、カレンにはできないことだった。そのことに嫉妬を抱くことはあったが、それ以上に感謝もあった。だってまた、ヴィックの新たな一面を知ることが出来たのだから。故にカレンは、純粋に応援することが出来た。


「がんばれ」


 観客席でカレンは呟くように言った。闘技場内は熱狂に包まれている。大勢がブーイングの声を出してるが、少ないものの応援の声も聞こえる。彼らもカレンと同じように、ヴィックのかっこいい姿を見たがっているのだろうか。


 彼らの声に比べたら、カレンの応援の声はあまりにも小さかった。けどヴィックが一二体目のモンスターを倒した一瞬、ヴィックがカレンの方を向いた。そして一瞬だけ口角を上げたように見えた。その優しい笑みに、胸の鼓動が高鳴るのを感じた。

 その高鳴りを抑えきれず、カレンは思わず立ち上がっていた。


「がんばって!」


 今までの人生で、一番大声を出した瞬間だったと思う。カレンの声に驚いた周囲の観客が視線を向ける。それに気づいたカレンは不意に恥ずかしくなって、顔を下に向けながら椅子に座った。そしてまたヴィックに目を向けると、彼は何やら口を動かしていた。


「ありがとう」


 声は聞こえなかった。だが口の動きでそう言っているように思った。


 その後、ヴィックはすぐにモンスターの搬送用の扉の方に視線を向ける。既に気持ちは次の戦闘に切り替わっているようだった。カレンは深呼吸をして気を落ち着かせる。

 勝ってほしい。例えカレンから離れる結果になっても、勝ち残ってほしい。カレンは強くそう思った。


 今までで一番、ヴィックのかっこいい姿を見たくなったから。






 物語が好きだった。貧しい少女が王子様と結婚する。勇敢な青年が凶悪な龍を退治する。少年少女が協力し合い、新天地を冒険する。そのような物語をシオリは何度も読んできて、憧れるようになった。

 一時期は冒険者になろうと思ったこともあった。だがあまりにも体力がないのと、筋肉が付きにくい体質のせいで早々にその目標は諦めることになった。そもそもシオリが好きなのは物語を読むことであって冒険をすることではない。それに気づくとすぐに気を取り直して本の収集に力を入れることにした。


 今までいろんな本を読んできた。幸いにもシオリの両親は研究者をしていたので、本を読みやすい環境に遭った。その環境の下でシオリは物語だけじゃなく、歴史書や図鑑、知識を得るための書物を何十、何百冊も読んだ。新しい本を読むたびに新たな知識を得られ、その度に発見をする喜びを体感してきた。「本の虫だな」とからかわれることもあったが、まさにその通りだったので否定はしなかった。


 そんなシオリに転機が訪れたのは十五歳の時だった。研究のために森に出かけたときだった。その歳になる頃には、シオリは両親の研究の手伝いをしていて、冒険者を護衛として雇って町の外に出向くことがあった。その日もいつものように馴染みの森に行ったのだが、鬼人族に出くわしてしまった。

 彼らは強食に必要な他の冒険者を連れ去ろうとしていた最中だった。それを偶然発見してしまったことで口封じのために雇った冒険者が殺されてしまった。シオリも死を覚悟したのだが、そのうちの一人がシオリを世話役として働かせるために捕らえることを意見したお陰で生き延びることが出来た。


 鬼人族の村に連れていかれたシオリに待っていたのは、本が一冊もない汚い部屋だった。部屋にはシオリ以外のヒトも居たが、皆疲れきったような表情をしていた。そのうちの一人から仕事の説明を受け、その後すぐに仕事を始めた。仕事の内容は牢の掃除と食事の提供が主であり、時折村の方に出て仕事を手伝わせることだった。あまり重労働ではなかったが、本が一切読める機会が無いと知るとシオリは膝を着いてしまった。

 絶望を抱きながら仕事をしていると、とある牢屋の前に通りかかって、その中にいた者から大きな声で話しかけられた。


「おい。お前」


 シオリより幼い子供の声だった。牢屋にいたのは予想通り子供で、しかし肌が黒く、額には角が生えている。


「そこのお前、名前なんて言うんだ」


 鬼人の子供だった。何故同族である鬼人が牢に入れられているんだ。しかも肌が黒い。シオリが見たところ、黒い肌の鬼人は他にいなかった。何か事情があるのか。

 シオリはこの小さな鬼人に興味が湧いた。


「シオリです。あなたの名前は?」

「ユウだ。お前、何か面白い話しろよ」


 仕事中だったが、シオリはユウと話をした。あまりお喋りは得意じゃないので、シオリは昔読んだ物語の話をした。子供なら誰でも知ってる話ばかりだったが、ユウは楽しそうにシオリの話を聞いていた。


「お前面白いな。オレ様の召使にしてやるよ」


 ユウに気に入られたことで、彼の身の上話を聞くことが出来た。幼い頃から牢屋に入れられていること、生まれた時から肌が黒いこと、不吉の象徴だと同族から言われていることを聞いて、不謹慎ながらもシオリは心を躍らせた。鬼人族の特異個体の存在は知っていて、ユウの特徴はそれにあたる。だから閉じ込められているのだろうと推測をした。


 幼い頃に、不遇な立場にいた少年が成り上がる物語を読んだことがあった。ユウの境遇はその主人公と酷似しており、シオリは彼らの姿を重ねていた。もし同じならばユウは何らかの機会を得て牢から脱出し、その物語の主人公と同じように成り上がることになるだろう。だが現状、ユウがこの建物から出られる可能性は無かった。

 シオリはユウの物語を見てみたかった。その少年と同じような物語を作るのか、ユウの近くで見てみたくなった。だからシオリは、彼の脱出を企てることにした。


 ユウはシオリの計画に乗り気だった。元々鬼人族の村に未練はなく、外の世界に出たがっていたようだった。牢の鍵の保管場所は把握していたため、皆が寝静まった頃を狙って牢を開けて一緒に脱出した。村の出入り口には見張りが居たが、ユウが不意打ちをして倒してくれたお陰で容易に村から離れることが出来た。

 自由になったシオリはユウと一緒に森を彷徨い、偶然出くわした冒険者に助けられてエルガルドに着くことが出来た。その後は両親に助かったことと、エルガルドで働くことを手紙で伝えた。冒険者になったユウと一緒にいるためには、エルガルドのギルド職員として働くことが一番良いことだと思ったからだ。


 あの日からユウは、シオリに物語を提供し続けている。どこに行って何をしたのか、何を見て何を得たのか、ユウは子供の様に楽しそうにシオリに話をした。その話を聞く時間がシオリは楽しかった。物語の主人公のように、日々成長し変化していく姿を見て、物語を読んでいる気になれたからだ。


 そしてある日、もう一人、物語の主人公のような青年と会った。それがヴィックだった。


 ユウと違い大人しくて、どこにでもいるような冒険者だった。強くなく、特別な力もない。だがその境遇と困難な壁に立ち向かう強さは、物語の主人公の様だった。

 正直なところ、今回の計画にはあまり関わりたくは無かった。ロードを敵に回せば、今後のユウの活動に支障が出て、シオリのギルドでの立場も厳しくなることを予想していたからだ。だがユウは自分の部屋が荒らされて怒りを抱いたことで、ユウはヴィックに協力することを決めていた。ここで反対すればユウがシオリから離れる可能性も考えたため、賛同することにした。


 それにシオリにとって、悪い話だけではなかった。それはヴィックの物語に興味を持ったからだ。


 一人の仲間ために命を賭けた挑戦をする。そんな物語に惹かれないわけが無かった。


「よし、いけ! そこだ! 攻めろ攻めろ!」


 隣の席の前に立つユウが、ヴィックの姿を見ながら声を出す。ヴィックは今、十八体目のモンスターに挑んでいる。相手は上級だが、臆することなく戦っていた。

 ごめんね、とシオリは心の中でユウに謝った。ユウの物語に惹かれて付いていったが、今だけは別の物語を見させてほしい。


 何も持たない普通の少年の成り上がり。それはヴィックにしか紡ぐことが出来ない物語だから。


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