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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
最終章 普通の冒険者

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9.影

 長い間冒険者をしていると、さっきまで元気だった同業者が怪我をする場面に出くわすこともある。最初こそそんな場面に出くわしたときは、何をすればいいか分からず慌てふためいていた。しかし今では何をすべきかすぐに頭に浮かび、適切な処置をできるようになっていた。


 しかし今は、何をすべきかが全く思い浮かばなかった。


 いつも明るく元気なフィネが、今は僕の目の前で何も喋らず黙ったままだ。腹部に怪我を負ったことで気を失っている。すぐに処置をしないと命に係わる事態である。それが分かっているのに、僕の頭の中は真っ白だった。


「冗談、だよ、ね……」


 フィネはこういう悪ふざけはしない。恋人である僕はそれをよく知っている。それでも万が一の可能性に賭けて声をかけた。しかしやはり返事はない。

 もしかしたらそっくりさんじゃないのか。フィネによく似た他の人なんじゃないのか。そんなことを考えて近づき、しゃがみこんで顔を覗き込む。どこからどう見てもフィネだった。


 手を伸ばしてフィネの顔に触れる。息はあるが少し体温が低くなっている。気温が低くなっている夜のせいか、この状態になってから随分と時間が経ったせいなのか、判断できなかった。


「フィネ、起きてよ。フィネ」


 呼びかけるが何の反応もない。フィネの手を強く握っても、何度も呼びかけても、フィネは全く動かない。この時になってやっとフィネが深刻な状態だという考えに至った。

 なんでだ。なんでこんなことになったんだ。いったい誰がこんなことを……。


 疑問が浮かんだ直後、背後から足音が聞こえた。この墓地には人気が無かった。もしかしたら以前襲撃してきた連中が来たのか。

 剣を抜きながら振り向いた。足音は一つ。音の主は同じ速度のまま歩き続け、墓地の陰から姿を現す。その姿を見て、僕は安堵に近い息を吐いた。


「ロードさん……」


 足音の正体はロードさんだった。なぜここに居るのか分からないが、そんなことを考えるよりも前に声が出ていた。


「フィネが、フィネが大変なんです! お腹から血を流していて、やばい状態なんです! 手を貸してください!」


 ロードさんとは二週間前からは一度も会っていない。デッドラインの出場の是非について意見がぶつかってから顔を合わせづらくなっていたからだ。今でもロードさんがあれほど意固地になっていた理由は分かっておらず、理解してくれないロードさんに対して少なからず憤りを抱いている。

 だが今はそんな小さなことにこだわっている場合ではない。僕は必死の想いでロードさんに頼み込んだ。


 しかしロードさんはその場で立ち止まり、じっと僕達の方を見続ける。


「っ……、お願いです、ロードさん! 助けてください!」


 反発した相手に、僕は下手に出て助けを求める。ロードさんは変わらず、その場に立ったまま視線を向けている。その瞳からは、どこか哀れみを感じさせた。


「なぜ君は気づかない」


 ロードさんがやっと口を開く。だが言葉の意味が分からず、「どういうことですか」と聞き返した。


「この状況で、なぜ私が君を助けてくれると期待した?」


 言ってる意味が分からなかった。訳が分からず呆けていると、ロードさんが息を一つ吐いて答える。


「私が彼女を斬った張本人だよ」

「………………え?」


 理解できなかった。意味が分からなかった。受け入れたくなかった。そんな言葉をロードさんが言った。


「彼女をここに連れ出し、この剣で斬った。君が出場を諦めるにはこれくらいのことをする必要があったからだ」


 剣を抜きながらロードさんが言う。「それと」と話を続ける。


「私は君の父親のジークがモンスターに襲われて死んだと言ったが、あれは嘘だ。モンスターの仕業に見せるようにして私が殺したんだ」

「な、なんで、そんなことを……」


 何故そんなことを言うのだ、と聞こうとした。だがロードさんは僕が言い切る前に答えた。「なぜ殺したのか、か」と。


「邪魔だったからだ。ジークも、メリーも、そこにいるフィネも、私の目的を達成するには邪魔になったからだ」


 今まで何度も憤りを感じたことはある。怒りを覚えたことはある。憎悪も抱いたことはある。だが今は、今まで抱いたそれらの感情がまるで偽物だったかのように思えた。


 僕の頭にはもう、ロードさんを……ロードを殺すということしか考えられなかった。


 僕は剣を両手で持ち、全速力でロードに向かう。力一杯剣を振るうと、ロードに落ち着いた様子で剣で防がれる。僕は再び剣を構え直し、また全力で剣を振り回した。何度も何度も、ロードを叩き切る勢いで剣を振り続ける。僕の連続攻撃を、ロードは涼し気な顔で捌いていた。


「そんな荒れた攻撃では、何百回やっても当たらないぞ」

「うるさい!!」


 一歩だけ足を下げ、勢いをつけて剣を振り下ろす。その攻撃もロードは受け流し、振り下ろして低い位置になった僕の剣を踏み潰す。その力に耐え切れず、僕の剣は真っ二つになった。

 その間に、僕はロードに近づいて杭撃砲を構える。躊躇なく引き金を引くが、その直前に盾を持つ手を弾かれ、火杭が明後日の方に飛んでいく。


 剣は無い。杭撃砲も使えない。だがまだこの体がある。僕はロードの服を左手で掴み、右手で思いっきり顔面を殴りつけた。

 ロードはその衝撃で一歩後ろに下がりそうになる。僕は服を掴んだ手に力を入れてロードをその場に留めさせると再び殴りつける。だが二撃目はロードの左手に止められた。


「終わりだ」


 ロードの右拳が僕の鳩尾に刺さる。呼吸が止まり、息苦しさで動けなくなった。痛みに耐えようとして体を抑えようとロードの服から手を離してしまった瞬間、ロードが右脚を引く。ロードは大きく弧を描くように右脚を動かし、その一撃が僕の胴体に強く刺さる。それはモンスターの力を思わせるほどの衝撃だった。


 僕の体が宙を浮き、蹴り飛ばされた勢いでいくつもの墓石が破壊される。勢いが落ちて止まった時には、ロードと僕の間には無傷な墓石は一つも無かった。起き上がろうとするが体からの激痛が走り上手く動けなかった。

 動けない僕にロードが近づいて来る。止めを刺すのかと思ったが、ロードは剣を鞘に納めていた。


「君はウィストの隣に相応しくない」


 はっきりと、ロードはそう言った。


「天才の相棒に相応しいのは天才だけだ。君では力不足だ。その夢は諦めて明日になったらこの街を出て行きなさい。もし居続けるというのなら、他の仲間にも彼女と同じ目に遭わせよう」


 痛みを忘れるほどの寒気が全身を包む。冷徹なロードの眼を見て、本気だということを伺えた。

 ロードはそのまま僕の前から去って墓地から出て行く。僕は歯を食いしばり、地面を強く叩いた。知らずに、頬を涙が伝った。それはあまりにも巨大な敵に恐怖したわけではない。


「ごめん……」


 守ると決めたフィネを守るどころか、敵討ちすらできなかった不甲斐ない自分が、涙が出るほど情けなくて悔しかったから。






「いったいどういうつもりなんだ」


 墓地を出た直後に声を掛けられた。聞き慣れた声だった。ロードが振り返ると、視線の先には眉間に皺を寄せたエギルが居た。


「何の話だ」

「分かるだろ。俺様を裏切り続けるあんたの行動についてた」


 鋭い目つきをしたままエギルが近づいて来る。なんとなくだが、ロードはエギルの憤りの理由を察していた。


「ヴィックへの妨害のことか。君には得しかないと思うのだが」

「いらねぇんだよ、そんなもんは。そんなことしなくてもあいつはデッドラインに失敗する。あいつは大勢の民衆の前で醜態を晒させる。それが俺様達のベストだろ。なのに出場させないように仕向けるあんたの行動が理解できねぇ」


 英雄の価値を高めるためには、凡人では届かない壁があることを知らしめる必要がある。エギルの言う通り、デッドラインで失敗させればそれが可能であった。これは今までもやってきたことであり、この方針を止めるつもりも無かった。

 凡人には倒せないモンスターを倒させる。凡人にはできない依頼を成功させる。それが天才の価値を高める方法だ。だが今回のロードの行動は、その方針に反していた。


「今回のデッドラインは、元々はお前のために用意された舞台だ。デッドラインの準備には時間がかかる。その間、お前を遊ばせるわけにはいかないだろ」

「つまり俺様のために一肌脱いだって言いたいのか。わざわざ『影』まで使ってよぉ」


 『英雄の道』には冒険者以外の団員が所属している。それが『影』と呼ばれている者達である。彼らはロードのためにどんな任務も受ける団員だ。諜報、工作、そして暗殺。以前彼らにヴィック達を襲わせており、今回も彼らの力を使って墓地周辺を人払いさせていた。


「そうだな。私の可愛い秘蔵っ子のためだ。これくらいどうってことはない」

「なるほどなぁ。いやあ嬉しいねぇ。こんな子供想いの親を持って、俺様は幸せだなぁ……って言うと思ったか」


 エギルがロードに近づき、服を掴んで引き寄せる。エギルの両眼には強い怒りが込められていた。


「あんた、俺様に言ったよな。英雄の相棒に相応しいのは英雄だって。万が一にもあいつが成功することを恐れてんだったら、あんたは俺様に嘘を吐いたことになる。それを理解してんのか」

「あぁ、してるとも。今回、彼らは様々な手を尽くしてデッドラインを攻略しようとしている。おそらく用意されたモンスターも把握してるのだろう。だが、それでも制覇できないのがデッドラインだ」

「じゃあなんであんたはヴィックを目の敵にしてるんだ。あいつがデッドラインに出ちゃいけない理由があんのか? あんた、何か隠してねぇか?」


 ロードはエギルの手を払い、「そんなものはない」と否定した。


「今回の件はウィストを諦めさせるためにしたことだ。彼女は未だに吹っ切れていないようだからな。それ以外にない。それにこんなことを話すよりも、彼らを助けてやったらどうだ。そのために来たんだろ」


 エギルはロードを数秒睨んでから舌打ちし、墓地の方に向かっていく。その姿を見送ってから、ロードは墓地から離れるように歩き出した。


「これでやっと叶えられそうだ」


 誰もいない道を進みながらロードは呟いた。一歩一歩、地面を踏みしめて。


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