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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
最終章 普通の冒険者

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8.暗雲

「やっと一息つけるな」


 デッドラインに挑戦する前日、ダンジョンからエルガルドに帰った時にベルクが言った。今日の冒険で、デッドラインに出てくるモンスターの対策を全て終えたところだった。


「一息って言っても明日が本番だけどね。休み暇はほとんどないよ」

「けどやれることはやれただろ。これで心置きなく挑戦できるって思ったら楽になんねぇか?」

「それはその人次第だね」


 対策は終わった。応援してくれる人も増えた。襲撃もあれっきりなく怪我人も出ていない。何もかもが順調であった。とんでもない落とし穴があるんじゃないかと不安になったが、ここまで来たらあとは最後まで突っ走るだけだった。


「ベルクの言う通りだ。やれることはやった。あとは迷わず突き進むだけだ」

「そうだろ? つーわけで、明日に備えて美味いもんでも食おうぜ。前祝も兼ねてな」

「いいじゃん。じゃあ皆を誘ってうちで食べよっか。たっくさんご馳走用意してさ」


 ラトナの提案で、皆で平屋で食事をすることになった。カイトさんとラトナは食料の買い出しに行き、僕とベルクは取得した素材の換金ついでにフィネやシオリを食事に誘うため冒険者ギルドに向かった。


 夕方という時間帯もあって、ギルドの中は冒険者で溢れかえっていた。ベルクはシオリを探しに資料室へ向かい、僕は受付に並んで買い取りの順番を待った。フィネは受付を担当しているので、その時にフィネを誘おうと思った。

 少し待って買取の受付台が見えてきた。フィネがどこにいるのかと見渡したが、なぜかフィネの姿が無かった。休憩中なのだろうか、それとも別の仕事をしているのか。僕の番が来て受付に移動した際に、担当してくれたギルド職員に訊ねてみた。


「あの、フィネはどこにいますか? いたら伝言を頼みたいんですけど」

「フィネさんはもう帰りましたよ」

「帰った?」


 予想外の言葉に思わず聞き返した。応援してくれる人が増えたとはいえ、いまだに僕に敵意を持っている者は多い。最初にフィネを仲間に誘わなかったのは、僕に関わることで彼らの悪意がフィネに向くことを警戒したからだ。だから協力してもらうようになってからは、フィネには迎えが来るまではギルドの中にいるようにと言っていた。

 職員の女性は「はい」と答えると続けて言った。


「人が込み入る前に、迎えが来たからと言って帰っていきました」

「迎えが来た? 誰が来たんですか?」

「今ほどじゃないですけどそれなりに人が来ていましたから、誰が来たかは覚えていません。私も自分の担当だけで精一杯なので、フィネさんの担当まで気を回す余裕はありません」


 淡々とした対応にイラっとしたが、これほどの人数を捌くのだから覚えてないのも仕方がないのかもしれない。それに仲間の誰かが迎えに来たのなら、そこまで心配することではないのかもしれない。フィネにも今回の計画の危険性を教えているので、ホイホイと見知らぬ人についていくことは無いはずだ。

 そうと分かっているのに、胸騒ぎが収まらない。これまで順調に進んできたからその反動が来るんじゃないかという心配が浮かんでいた。


「お昼頃にあまり見かけない女の子と話をしていましたが、だいぶ前のことなのであまり関係ないかもしれませんね」

「そうですか……ありがとうございます」


 買取が終わった後、僕はベルクとシオリに合流して平屋に戻った。安全のためフィネも平屋に寝泊まりするようにしているため、そこでフィネに会えるはずだと思っていた。だが平屋に帰っても、そこにフィネの姿はなかった。


「フィネはいないの?」


 すでに帰って来ていたハルトとミラさんとカリヤさんに訊ねると、「帰ってきてないわよ」とミラさんが答えた。


「どういうことだ? お前らの誰かが迎えに行ったんじゃないのか?」

「そっちこそどういうことよ。いつもベルク達と一緒に帰って来てるじゃない。なんで一緒じゃないのよ」


 僕が理由を話すと「は?」とミラさんが返す。


「私は今日はほとんどここに居たわ。ハルトもね。カリヤは少し前に帰って来たばかりだけど」

「オイラは情報収集のためだ。そもそもオイラは人目に付く場所にはいかねぇ」

「それじゃあ誰が―――」

「一番の問題はそこじゃありません」


 シオリが言葉を遮って皆に向かって言う


「今問題なのはフィネさんの情報がないということです。誰かといるかもしれませんし、一人かもしれない。安全な場所にいるかもしれませんし、以前のような襲撃者の手に落ちているかもしれない。何も分からない状況です。そんなときにここで言い争っている場合じゃありません」


 シオリの言葉を聞いたミラが、「そうね、すぐに探しに行きましょ」と言って捜索を開始した。行き違いにならないようにシオリとミラさんが留守番をしてもらい、残りの皆で街に出た。単独行動は危険だが今はフィネの安否を知ることが優先なので、手分けして探しに行くことになった。

 フィネの周囲には注意を向けていたつもりだった。僕の仲間と知られたことで絡まれることもあったと人伝に聞いた。だから常に仲間の誰かと一緒にいてもらい、なるべく危険を排除できていたと思っていた。なのにデッドライン前日にこんな事態になるなんて。もっと強く言うべきだったか、誰かにギルドにいてもらうべきだったか。次から次へと後悔の念が浮かび上がった。


 一先ず僕は人通りが多い大通りに出た。ギルドに面した通りを歩いていれば誰かがフィネを見つけているはずだと踏んでいた。しかし通り沿いにある店舗の人達に片っ端からフィネのことを訊ねたが、誰もフィネの姿を見た者はいなかった。よく考えてみれば、通りには多数の人達が歩いており、そのなかから体の小さいフィネを見つけるのは難しい。仮に見つけた者がいても覚えている者などそうそういない。そのことが頭から抜け落ちていた。

 思いっきり時間を無駄にしてしまった。既に辺りが暗くなり始めている。夜になればますますフィネを見つけにくくなる。


 どこだ。どこだ。どこだ。乱暴に歩きながら周囲を見渡す。周りから嫌悪感のある視線を向けられるが、全てを無視して捜索を続けた。

 そのとき、見覚えのある二人の姿が目に留まった。エギルとカレン、二人が道の端で話し込んでいる姿があった。珍しい組み合わせに意表を突かれ、思わず足を止めていた。


―――お昼頃にあまり見かけない女の子と話をしていましたが


 ふとギルド職員が言っていたことを思い出した。よく考えるとギルドに女の子が一人で来ることは滅多にない。しかもその子がフィネと話をしていたなんてどんな偶然だ。もしかしたらその子はフィネのことを訊ねに来た子じゃないのか。カレンは冒険者ギルドに行く機会がほとんど無かったということを聞いている。だったら職員がカレンのことを知らなくても無理はない。そしてカレンは『英雄の道』の団員だ。ロードさんやエギルに言われて僕の様子を探りに来たんじゃないのか。

 フィネのことを知っているかもしれない。それどころかフィネを連れ出した張本人かもしれない。そう考えていたら、僕の足はすぐに二人の方に向かっていた。


 二人に近づくと、先にエギルが僕に気づき目を細める。エギルの様子を見たカレンが僕に気づくと「ヴィックさん」と声をかけて来た。


「フィネはどこだ」


 開口一番、カレンに訊ねた。あまり時間をかけたくない。手早く聞き出して探しに行きたかった。

 カレンは目を丸くして僕を見ていた。なかなか来ない返事に苛立ち、「フィネの場所は知らないか」と再び問いただした。


「今日、フィネに会いに行かなかったか。何をしに行ったんだ」

「それは……」


 カレンの様子から何かありそうな雰囲気を察した。言い淀むカレンの両肩を掴んで問い詰める。


「教えてくれ。何があった。何を言った。早く教えて―――」

「少し黙れ」


 エギルが僕の頭を殴りつける。ガンとした叩きつけられた痛みに耐えかね、カレンの肩から手を放してしまった。

 すぐさまエギルを睨みつけたが、それ以上の凶悪な目つきで睨み返される。臆さずに睨み合っていると、エギルがふっと笑った。


「俺様に怖気づかないのは見直すが、いきなり女に詰めかけるのはいただけねぇな。こいつが大人しいからって調子に乗ってんな」


 思い返せばチームを組んだ仲とは言え突然問い詰めるのは失礼だったかもしれない。僕はカレンに「ごめん」と謝罪した。


「急いでいたんだ。ちょっとフィネのことが心配で」

「だ、大丈夫です。恋人なんですよね。何があったのかわかりませんが、気に掛けるのは良いことだと思います」


 カレンは嘘を付くのが下手だ。あまり人と関わらなかったせいなのか、嘘を付くとわかりやすい表情を見せる。だがこの場面ではカレンがそんな素振りを見せていない。少なくともフィネを連れ出した人物ではなさそうだ。


「おい、カレン。お前、こいつに用があるんだろ。さっさと済ませちまえよ」

「僕に用?」

「あ、はい。用、というより伝えたいことがあって……フィネさんを訊ねたのも同じだったんです」


 カレンは僕に向き直ると一つ深呼吸をした。そして意を決した表情を見せて言う。


「あ、明日のデッドライン、が、がんばってくだしゃい!」


 思いっきり噛んでいた。カレンは顔を真っ赤にして、何も言えずに黙り込む。僕はなんて声を掛けたらいいのか分からなかった。

 エギルは「うわぁ」とひいていた。


「ここでミスるかよ。相変わらず喋んの下手糞だな」

「うぅぅ……すみません」


 カレンは泣きそうな酷い顔をしている。少しは喋ることに慣れて来たかと思ったが、まだまだ克服できていないようだ。


「エギルはカレンと仲が良いの?」


 さっきの言いぶりから、昔から知ってそうな感じがした。珍しい組み合わせなこともあってカレンが回復するまでの繋ぎとして訊ねてみた。


「こいつの親父がロードと一緒にクランを立ち上げたんだよ。凡人にしちゃ珍しく俺様についてこれるから何度も顔を合わせててな。そしたら自然とその娘のこいつと会う機会も多くなった。ま、見所があるから一時期は目をつけてたってのもあるけどな」


 ガウランさんは二十年以上冒険者を続けており、何度も遠征に参加したこともあるベテラン冒険者だ。その人ですら凡人扱いか……。というよりエギルがカレンに目をつけていたのは意外だった。確かにカレンのセンスは目を見張るほどで、ウィストを彷彿とさせる動きを見せていた。カレンもまた、いずれ上級冒険者になれる器なのかもしれない。


「面白い武器を使いこなしてるしな。俺様でも使いこなすのに一日かかったぜ」

「自慢にしか聞こえないよ」

「あ、あの」


 エギルと話している間に復調したカレンが声をかけてきた。


「わ、私は『英雄の道』の団員だから、あんまり表立ってヴィックさんを応援できないです。ロードさんがヴィックさんの出場を反対してるってことが広まってるみたいだから。だからフィネさんに頼って伝えてもらおうと思ったんだけど、フィネさんが直接言ってあげてって言われたから……その方がヴィックも嬉しいからって」


 ロードさんが僕がデッドラインに出ることに反対しているのは、すでにクラン内でも知れ渡っているようだ。多くの団員がロードさんのことを慕っている。そんな空気の中で僕を応援するのは難しいし危ない。そんななかで応援の言葉を掛けてきてくれたことは、この上なくうれしかった。


「ありがとう。すごくうれしいよ。明日頑張るね」

「はい。がんばってください」


 カレンは胸を撫でおろし笑みを浮かべている。今度はちゃんと言えたことにほっとしている様子だった。


「それでフィネさんがどうかしたんですか? 何か慌ててたみたいですけど」

「探してるんだよ。行方が分からない。もしかしたら危険な目に遭ってるかもしれないから……」

「なるほど。それで俺様達が何かしたのかって思って食い掛ったのか。馬鹿だろ」


 エギルが見下ろしながら言う。


「俺様が何かする必要がないんだよ。何もしなくてもお前はデッドラインに失敗する。それが分かり切ってるのにわざわざ手を出すまでもない」

「すごい自信だね。そんなに自分の才能に自信があるんだ」

「それだけじゃねぇ。俺様は確信してんだよ、凡人の限界にな。どうせフィネって女も気晴らしに一人で出歩いてるんだろ。しばらく待ちゃあ戻って……」


 小馬鹿にするような顔で言っていたエギルが突然言葉を止める。眉間に皺を寄せて嫌なことを思い出したかのような顔を見せた。

 「どうしたの?」と訊ねると、エギルが「北だ」と言った。


「北の墓地だ。そこにフィネがいる」


 エルガルドの内地の北側には墓地がある。そこにはソランさんの墓もあった。


「墓地? なんでそこにフィネがいるの」

「……勘だ。当たってほしくはないがな。早く行け。当たってたら取り返しのつかないことになってるかもしんねぇ」

「どういうこと?」

「いいから行け!」


 いきなり怒鳴られたことに驚いたことと、真剣な表情に気圧されて、僕は墓地に向かった。


 エルガルドの北側は人通りが少ない。あまり冒険者が利用する施設が少ないことと、北に出向く者が少ないためだ。さらにこの時間帯だと墓地周りには人通りが少なくなることもあって、墓地に近づくにつれて静かになっていった。エルガルドでは珍しい現象である。


 墓地に着いた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。墓地には明光石を使われた照明が点々と備え付けられているため完全な暗闇ではない。道も十分な広さがあるため安全に進むことができた。

 通路を進んで墓地の奥まで歩くとソランさんの墓が見えてきた。他の墓石よりも少し大きいため遠くからでも目立ってよく分かる。もしかしたらあそこにるかもしれない。そう思ってソランさんの墓石に近づいた。


 進むにつれて墓石の周りにあるものがよく見えるようになってくる。周囲の墓石、供えられた花、その前に座り込んでいる人影。その人影が気になって自然と動かす足が速くなった。それが誰か分かるようになるまで近づくと駆け寄って正体を確かめた。


 墓地の前にいたのはフィネだった。彼女は墓石に背中を預けるようにして座り込んでいる。


 瞼を閉じ、腹部から血を流している状態で。


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