6.一緒にいたい
「このオレ様がお前らの味方になってやる! 感謝するんだな!」
人目につかない大通りから外れた飲食店で、ユウは大声でそう言った。静かな店内中にその声は響き、客達が何事かと僕達の方を見た。
「ユウさん。もう少し声を落としましょう。周りの客に迷惑になります」
「あ? これくらいいいだろ」
「良くねぇよ。目立ったらさっきの奴らに見つかるだろ」
「なら好都合だ。オレ様が返り討ちにしてやるよ」
「違います。ユウさん、大人は場所に応じて振る舞いを変えるのです。ここはいつものお店とは違い、静かな雰囲気を楽しみながら食事を楽しむ店です。大人ならお店の都合も考えてあげましょう」
「……なるほど。りんきおーへんってやつだな」
ユウは先程よりも声を小さくして目の前に運ばれてきた料理を口に運ぶ。シオリのユウの扱いは手慣れたものだった。
「俺達も食うぞ。早く食わねぇとこいつに全部食われちまう」
オリバーさんに促され、僕達も食べ始める。ラトナに案内された店の料理は魚や貝といった海鮮料理をウリにしていた。野菜や香辛料もふんだんに使われており、いつもと違った料理を存分に楽しんだ。
「さて。飯も食ったし、用件を話そうか」
食事を終えた後、オリバーさんが切り出した。
「俺達もお前らに協力したい。そのために今日お前らに会いに来たんだ」
オリバーさんの話は意外なものだった。ユウやシオリが僕に協力する理由は納得できる。ユウは自分に対して敵意を持ってたり被害を与えてくる相手には、相手がどんな素性だろうと反抗する性格だ。部屋を荒らされた被害をユウも受けている。その犯人を倒すために僕に協力してくることは実にユウらしい理由だ。シオリはユウの行動に対して肯定的なので付き添うことにしたのだろう。
対してオリバーさんは保守的な性格だ。しかも『英雄の道』に入りたがっている。僕に協力すれば冒険者や住民だけでなく、『英雄の道』の団長であるロードさんも敵に回すことになる。そのことを理解しているのだろうか。
「良いんですか? 僕がやってることはロードさんの意に反してます。僕に協力すれば『英雄の道』に入るのが難しくなりますよ」
「あぁ、それな。もういいんだよ」
あっけらかんとした表情でオリバーさんが答えた。
「も、もういいって?」
「遠征が終わるときに言ったんだよ。『英雄の道』に入れてくださいってな。そしたら駄目だって言われたんだ。『英雄の道』に入れるのは将来有望な若者か実力のある冒険者だけだ。君はそのどちらにも該当しないからってな」
長年冒険者をしているだけあって、オリバーさんの実力は中級冒険者の中では上位に値するとみていた。だがそれでも入団できる基準には届かなかったようだ。
「あぁもはっきりと言われたら諦めがついたよ。もういいやってな。それにユウほどじゃないが、俺も部屋を荒らされたことにムカついてるんだ。憂さ晴らしで付き合わせてもらうよ」
オリバーさんも僕達の事情を承知で協力しようとしているようだ。ならば拒む理由はない。人手が増えたら皆の負担も減るだろう。
「そういうことなら、よろしくお願いします」
僕は快く三人を迎え入れることにした。
「任せろ。必要ならもっと人手も用意してやるからな」
「え? そんなこともできるんですか」
意外な提案に驚いて訊ねると、「おう」とオリバーさんが答える。
「お前に対して否定的だったり見下したりしてる奴は多い。だが少ないながらもお前を応援してる奴もいるんだ」
「そんな人達がいたんですね……」
「あぁ。否定派に押されて表立って言えないだけだ。。そいつらに声を掛けたら協力してくれるかもしれないな」
予想外の展開だった。てっきり皆が僕に対して敵対心を持っているのかと思っていたら、応援してくれる人がいるとは考えもしなかった。少ない人数とはいえ、彼らのような人達がいるという事実を聞いて、思わず口角が上がっていた。
「そうだったんですね。けどよくそんな人達を見つけられましたね」
「見つけたのはフィネさんですけどね」
シオリが静かな声で教えてくれる。
「フィネさんの下にヴィックさんのことを聞きに来る人達が何人も訪れていたんです。フィネさんもマイルス出身ですから、顔見知りだと思われたのでしょう。その中には応援の言葉を伝えてほしいと言う人達がいたそうです。フィネさんがその人達のことを覚えていますので、彼女を通して協力を要請することができます」
「フィネが……」
「自分は会いに行けないけど私達なら大丈夫だから、会った際にこのことを教えてほしいと言ってました」
フィネを巻き込まないように彼女と関わることを避けてきた。このことで嫌われるんじゃないかと思っていたし、それも仕方がないことだと覚悟していた。
けれどフィネはそんなことは考えず、陰ながら僕のことを手助けしようとしていた。直接言いに来ないのは僕が避けてきたから、僕の意思を尊重してくれてたからだ。
僕が心配しないように、余計なことを考えさせないようにするために、僕を手伝うために。
僕のために……。
「ラトナ、ごめん。皆にはできるだけ巻き込まないようにしようって言ったけどーーー」
「いいよ」
僕が言う前にラトナが答えた。
「フィーちゃんに会いたいんでしょ。行ってきなよ。あたしが皆によく言っておくからさ」
「フィネさんはまだ冒険者ギルドにいると思います」
「ありがとう!」
僕はラトナとシオリにお礼を言って立ち上がる。後ろで「食い逃げか?」と言うユウを、オリバーさんが「あほか」と突っ込みを入れていた。
店を出た僕は走って冒険者ギルドへと向かう。狭い路地も活用し、冒険者ギルドへの最短距離を駆け抜ける。途中で人にぶつかっても、物を転倒させてもかまわず走り続けた。
フィネに会いたい。その想いだけでひたすら走っていた。
何度目かの薄暗い路地に入ると、路地の先に冒険者ギルドが見えた。あそこにフィネがいる。もう少しで会える。無意識に地を蹴る足により力が入った。
そのせいで急に路地に入ってきた人達にその勢いのまま衝突してしまった。
「いってぇ!」
先頭にいた人とぶつかったが、その後ろにいた人達が支えて転倒は避ける。逆に僕は衝突の反動で後ろに倒れてしまった。
「くっそ……なんなんだよマジで」
「す、すみません。急いでいたので……」
僕は立ちながら謝って、すぐにその場をあとにしようとする。彼らの横を通り過ぎでギルドに行こうとしたが、「待てよ」と道を遮られた。
「お前、ヴィックだろ。デッドラインに挑戦しようっていう身の程知らずの」
面倒な連中に遭った。心の中で舌打ちをした。
「……ぶつかったことには謝罪します。すみませんが急いでいるのでどいてください」
「いいじゃねぇか、少しくらい。俺達とお話ししようぜ」
冒険者の男達が阻むように道幅いっぱいに広がった。
「お前さ、なんでデッドラインに挑戦してんの? 雑魚のお前が出ても無様な醜態を晒すのによ。それともなにか、その姿を見てほしいのか」
「ちげぇねぇな」
男達が笑いだす。彼らの表情からはすべからく侮蔑的な感情が見えていた。
「いいからそこをどいてください」
「おや、怒ったかな? 図星だったみたいだな」
陰口をたたかれることも、嘲笑されることも、不当な扱いを受けることにも慣れている。これまでに何度も経験したことだ。今回の計画を始めた時から、こんな仕打ちを受ける可能性があることも承知していた。
だが今は、無性に彼らの行為にイラついていた。
「いい加減にしろ。僕の邪魔をするんじゃない」
「調子に乗んなよ、寄生冒険者のくせに。ちょっとレースで良い成績を出せたからってよ。お前みたいな冒険者がウィストみたいになれるわけねぇんだよ」
「そうそう。お前は大人しくふつーに冒険者やってろよ。デッドラインとか邪龍体とか、そんなのは奴らだけにやらせときゃ良いんだ。そーじゃなきゃお前だって困ることになるんだぜ」
僕は視線を男の方に向けた。
「僕が困るだって?」
「だってそうだろ。あいつがいなきゃ邪龍体の討伐に俺達が駆り出される可能性があるんだぜ。俺達みたいな普通の善良な冒険者が、あんなバケモンに勝てるわけがねぇ。あーいうのは偉そうにしてる奴らに任せときゃいいんだ。なのにお前みたいな空気の読めない奴がいるから困ったもんだよ」
「な。前にもいたよな。ウィストやエギルだけに頼らず、俺達も邪龍体の討伐に協力しようって言ってる奴がいたな。そいつ、『英雄の道』の団員でもなけりゃ上級冒険者でもねぇ奴だったな」
「そうそう。現実を知らねぇ馬鹿だったな。けどちょっと教育してやったら二度と言わなくなったから、まだ賢い方だよな」
「上手い言い方するなぁ」
男達がまたゲラゲラと笑う。何をしたのか想像することは簡単だった。
拳を握る力が強くなる。掌から血が出るのではないかと思うくらい握りしめた。
「だからお前もそうしろよ。馬鹿なことはせず大人しく冒険してろよな。命を大事に、てな」
「そうそう。それとも命の大切さを知らないのかな? だったら俺達が教えてあげようかな?」
こいつらが何を考えているのか、何をしようとしているのかが手に取るように分かった。肯定しなければ明日以降の予定に支障が出るだろう。
だが、そんなことは死んでもできない。
「さっきから言ってるでしょ。邪魔するなって」
僕は握りしめた右拳を一番近くにいた男の顔面に叩き込んだ。男は後ろに大きくよろめいたが、仲間に支えられて立ち続けた。
「てめぇ……」
男は鼻血を出しながら僕を睨んでいる。怖さはあまり感じず、それよりも怒りが勝っていた。
僕の邪魔をすることはもちろん、こいつらは勇気ある冒険者の志を挫かせている。そんな卑劣な真似をする奴には死んでも屈したくなかった。
「この人数差で勝つ気か。予想以上に馬鹿みたいだな」
相手は四人。そのうちの二人は僕よりも体が大きい。人数差も体格差も圧倒的に不利だった。対人戦闘経験が他人よりあっても、この不利的状況を覆らせるほどではない。
「うるさい。来ないならこっちからーーー」
「あそこです! あそこで喧嘩が起こってます!」
大通りの方から騒がしい声が聞こえた。そのすぐ後に『英雄の騎士』が路地に入ろうとしてくる姿が見えた。おそらく僕達の様子を見て誰かが呼んでくれたのだろう。
男は舌打ちをしてから「逃げるぞ」と仲間に言って、僕の横を通り過ぎて路地の奥へと駆けてゆく。そのすぐ後に『英雄の騎士』が来て「大丈夫か」と声をかけてきた。
「え、えぇ。大丈夫です」
「……って誰かと思ったらあんたか」
暗いせいで見え辛かったが、よく見るとルカだった。
「また喧嘩に巻き込まれたのか。まぁ今のあんたの立場じゃ仕方ないか」
ルカは納得したかのような表情を見せる。今回は僕から喧嘩を仕掛けてしまったのだが、言わないことにしよう。
「来てくれてありがとう。お陰で助かったよ」
「お礼ならあたしよりも、あたしを呼んだ奴に言いな。そいつ、偶然あたしが近くにいなかったら一人で切り込むつもりだったっぽいからな」
ルカが視線を大通りの方に向ける。そこにいたのは、四日前に冒険者ギルドで僕に話しかけてきた青年だった。青年は僕の姿を見るとほっと息を吐いていた。
あのとき、僕はあの青年が敵のように思えた。他の連中と同様、僕を見下していた連中のうちの一人かと。
だがその認識は間違っていたようだ。彼はただ純粋に聞きたかったのだけだったのだ。
「あ、ありがとう」
僕が礼を言うと、青年はにっと笑った。その直後、青年の背後から別の人物が現れる。
それは僕が会いたいと思い焦がれた相手だった。
「フィネ!」
「ヴィック!」
騒ぎを察して駆けつけたのか、フィネは息を切らしている。彼女を迎えに行こうと、僕は走り出していた。同時にフィネも僕に向かって走り出す。
その勢いのまま、僕はフィネと抱き締めあった。
「フィネ」
「……なに?」
フィネの小さな体をぎゅっと抱きしめながら、ずっと言いたかった言葉を口にした。
「僕と一緒にいてくれ」
フィネの力一杯の「うん」という声が聞こえた。




