5.援軍
デッドラインへの出場を宣言してから一週間、嫌がらせは落ち着いていた。僕が一人になる時間が無かったことと、平屋にも常に誰かが居たことからこれ以上の嫌がらせは難しいと判断したのだろう。
だがそれにしても、気を抜ける時間はほとんどない。冒険者や住民の視線は相変わらずだし、興味本位に話しかけられることも何度かあった。
いつも誰かに見られている。その環境が常に僕の精神を擦り減らしていた。
「ねぇヴィッキー、気分転換しない?」
寮の部屋を襲撃されてから、僕は平屋で寝泊まりするようになっていた。そこには用心棒代わりにカリヤさんと、同じく部屋を荒らされて寝場所を失っていたハルトがいつもいた。だから平屋にいるときは常に安全だったが、二人とも無口なのでいつも空気は重く、あまり気は休まらなかった。
そんな僕の様子を見かねてか、ダンジョンから帰ってきた僕に対してラトナが言った。
「たまにはどっかでご飯食べに行こ。ここ最近、ずっとここで食べてるっしょ」
人目を避けるためにここ数日は、冒険者ギルドとダンジョンに向かうとき以外はずっと平屋で過ごしている。食事も適当に買った物を持って帰って来て食べていて、味気のない日々を過ごしていた。確かにずっと平屋にいるから、良い気分転換になるかもしれないが……。
「行って来たら良いんじゃねぇか」
カリヤさんが言う。
「ここ最近変な奴らの気配も感じねぇし、ずっと気ぃ張ってたら疲れんだろ。美味いもんでも食ってきたらどうだ」
「だったら二人も……」
「オイラは人前にでたくねぇ。もし姿を覚えられたら仕事がし難くなる」
「拙者も遠慮しよう。万が一また輩が来た時に対応せねばならない」
ということで、僕とラトナの二人で食事に出かけることにした。既に日は暮れているが大通り付近は人が多い。なるべく人目が付きにくい道を通って行くことにした。
「二人だけで話すのって久しぶりだね」
「そうだっけ? ここ最近は毎日会ってるから、そんな気がしないなぁ」
「マイルスの時以来かもね。こんなに毎日顔合わせるのって」
マイルスでアリスさんの下で修業をしていたときは、毎日のようにラトナと行動を共にしていた。こうしてラトナと一緒に話していると、その時のことを思い出していた。
「あの修業は大変だったなぁ。ってか修業という名の労働だったね。僕達をこき使って楽してたんじゃないかって思ったことが何度もあったよ」
「ひどいよねー。あんなに大変な目に遭ったのに、ほとんど報酬がなかったんでしょ? あたしはともかく、ヴィッキーはもっと貰っても良かったよねー」
「全くだよ。ま、そのお陰で鍛えられたから文句は言えないけどね」
あの修業が無ければ、僕はもっと早くに死んでいただろう。上級モンスターとも戦えるくらい強くなれたのはアリスさんの影響が強い。不満もあるが感謝の方が明らかに大きかった。
「いろんな経験したもんね。修業だけじゃなく、作戦に参加してみんなと一緒にドグラフを倒したり、選挙に関わって傭兵の人と戦ったり……こんなにいろんなことしてる冒険者って珍しいよ」
「そうかもね。冒険者って人と戦うことってほとんどないから、貴重な経験をしてるかもね」
そのお陰で人型モンスターだけじゃなく、路上で喧嘩に巻き込まれても対応できるようになったのは予想外の成果だった。大陸最強の傭兵アランさんと戦ったことで、そこらの冒険者や傭兵と対峙しても怖気づくことは無くなっていた。
「それに色んな事も勉強したもんね。モンスターの事とかダンジョンの事とか、ししょーだけじゃなくて色んな人が教えてくれたね。厳しかったけど優しかったね」
「けど厳しいのは当然だって今になったら思うよ。モンスターは危険だからね」
上級冒険者でも、下級モンスターの攻撃をまともに受けたら致命傷になることがある。いくら強くなってもモンスターが危険な相手だという認識は忘れなかった。
今回のデッドラインでも、事前に情報を集めて対策をしている。だがどれほど対策をしても、ほんの些細なミスで計画が失敗することがありえる。その不安が常に脳裏から離れなかった。
「あいつらは僕達を簡単に殺せる力を持っている。そんな相手になんの対策も無しに挑むのなんて自殺行為だからね。死なせないために厳しくなるのは当然だ」
「うん。けどそれって、ヴィッキーだったからってのもあるよ。皆ヴィッキーに死んでほしくないから厳しかったんだって思うよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
ラトナは優しい眼で僕を見ていた。
「ヴィッキーってさ、いつも頑張ってたじゃん。たった一人でも努力して、辛い環境でも我慢して、やっと今までの努力が実るかもしれないってときだったじゃん。そういう人には報われてほしい、応援したい、そう思うのはふつーの事だと思うよ」
「……ラトナもそう思ってるの?」
「当然じゃん。友達だしね。だからさーーー」
突如、ラトナが銃を抜いて後ろを振り向く。即座に発砲すると同時に背後で何かが動く音がした。
「邪魔する人達とも戦うよ」
薄暗い路地で動く人影が一つ見えた。それは夜闇に溶け込めるほどの黒い外套を羽織っており、フードと仮面で顔を隠している。これ以上にない不審人物であった。
いったい何者だ? なぜ僕達の後ろにいた? そんな疑問が頭に浮かんでいる最中に、周囲の物陰からまた一人二人と同じような格好をした連中が出てくる。前に二人、後ろに三人。気が付けば僕らは黒マントの彼らに挟まれていた。
「な、なんだお前たちは?」
「ヴィッキーの妨害をしようとしてる人達だよ」
ラトナはたいして驚きもせずに言った。
「カイっちやカリヤんが言ってた。壁の落書きや部屋荒らしの痕跡が全く残ってなかった。素人がやったら絶対に手掛かりが残るのにそれが全く残らないのがおかしいって。だから自分達みたいにそういうのが得意な人達が狙ってるって」
「つまりこいつらはただの冒険者や傭兵じゃなくて、暗殺とか諜報が得意な奴らってこと?」
「そーいうこと」
僕は彼らから目線を離さないまま武器を構える。彼らは距離を保ったまま僕達を囲んでいる。僕達の様子を伺っているのか、何かを待ってるのか……。
「おい、何の用だ。僕を襲いに来たのか?」
彼らに問いかけたが何の返事もない。分かってはいたが対話が目的ではないようだ。
こんな場所で待ち構えていたのだから、やはり僕を襲うことが狙いなのだろう。そうだと決め込んで、彼らの一挙手一投足を注視した。
「デッドラインを辞退する気はないか?」
目の前の男が訪ねて来た。対話の意思があったことに驚いたが、やはり目的は予想通りだった。
「辞退さえすれば今後手を出す気はない。お前が受けた被害の埋め合わせもしよう」
「……断れば?」
「想像通りの展開になる」
男の返事と共に、彼らは一斉に武器を構える。それが何を意味するかは誰でも分かる。
僕一人だったら意地を張って戦っていただろう。だが傍にはラトナがいる。彼女を巻き込んでも良いものか……。
そんな風に悩んでいたが、「だいじょーぶだよ」とラトナが言った。
「今言ったじゃん。あたしも戦うよって」
ラトナは既に覚悟を決めていた。そのタフな精神がとても心強く思えた。ほんの少し何かが違っていたら、僕の相棒はラトナだったかもしれない。そう思えるくらい頼もしい存在だった。
「ありがとう」
僕はそう言ってから男に視線を戻した。
「僕はデッドラインに出る。それが返事だ」
「そうか、ならーーー」
男が剣を持って低く構える。僕は盾を前に出して迎え撃とうとした。
そのとき、上空から「うおおおおおおおおおおおお!」と聞いたことのある声が聞こえた。
「死ねおらぁ!」
建物の上から降ってきたユウが、男に向かってメイスを振り下ろしていた。男は寸前のところで後退した。
「まだだ!」
ユウは着地した直後、すかさず追撃する。男は後ろに下がりながら剣で受ける。両脇にいた二人の黒マントがユウを止めようと攻撃を仕掛けると、やっとユウが攻撃を止めて距離をとった。
「ちっ! あと少しだったのによ」
「だから言っただろ。静かに仕掛けろって」
後ろを振り向くとオリバーさんとシオリがいる。オリバーさんは槍を構えており、臨戦態勢だ。僕が襲われていることに疑問を持っていないようだ。
「どうすんだあんた達。人数差はあるが、四人も相手だとすぐには倒せないだろ。もたもたしてたら他の仲間も来ちゃうかもな」
オリバーさんの言葉を聞くと、彼らは武器を収めてその場から逃げ出した。建物の上や細い路地を素早く移動する姿は、その手のプロを連想させた。
「あ、くそ! 逃げやがった!」
「良いんだよ。ヴィックが怪我をしないことが最優先だ。戦わないことが一番良い」
オリバーさんの言う通り、もし勝てたとしても僕が怪我をしてデッドラインに出れなくなったらあいつらの要求が叶うことになってしまう。そのことを考慮したら戦わないのが最善だ。一人でも捕えていたら敵の正体を知る切っ掛けになったのだが……。
「捕まえる機会はいくらでもあります。その時を待ちましょう。お二人とも大丈夫ですか?」
「えぇ……けどなんでシオリ達が?」
シオリ達が来てくれたことで助かったが、なぜここに来たのかが気になった。待ち合わせはしてなかったはずだが。
「そんなもん決まってんだろ!」
ユウが怒り声を上げながら言った。
「てめぇらに協力しに来たんだよ! オレ様の物をぶっ壊しやがった奴らをぶっ殺してやる!!」
今になって思いだした。二人とも、僕の巻き添えをくらった被害者であることを。




