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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
最終章 普通の冒険者

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1.史上最弱の挑戦者

「……疲れた」


 深く息を吐いた後、ウィストは呟いた。依頼を終えてエルガルドに戻って来てギルドに依頼達成の報告をし、集まってくる人達の対応をした後、誰も居ない路地に入っていた。


 一か月前、ヤマビにいた邪龍体が討伐されたという報告を受けた。これにより七つのうち六つの邪血晶を処分できたことになる。

 残る邪血晶はあと一つ。最後の邪血晶はフローレイ王国内にあると推測されている。故に邪龍体が国外に出ないように、国境付近や未開拓地の境には兵士や傭兵、冒険者を含めた警備隊を配置していた。彼らからの邪龍体の報告がない以上、邪龍体はまだ国内にいる可能性が高い。だからこそ国内で邪龍体らしきモンスターが発見されたときは、ウィストが出向くようになっていた。邪龍体を倒せるのは英雄しかいない。その認識が多くの人にありウィストもまたその責務を全うしようとして、何度も報告のあった場所に出向いていた。だがそれらはすべて空振りとなっていた。


 あと一体の邪龍体を倒せば一息つける。あと少し頑張れば休むことができる。その想いを持って己を奮い立たせていたが、何度も空振りが続くと気力がもたなくなってきて、疲労が溜まりに溜まっていた。


「ソランさんって凄かったんだなー……」


 ふと、今は亡き英雄の褒めていた。元々はソランもウィストと似た自由奔放な性格だったと色んな冒険者から聞いていた。だがウィストが知っているソランは、人々を助け導く英雄らしい振る舞いが目立っており、英雄として模範となるような人物だった。

 己を押し殺し、人々を助ける。どんな理由があって英雄として振舞うことを決断したのか、今はもうそれを知る術はない。しかしそれを全うしたことは尊敬に値することだ。だからウィストもソランに倣って、英雄として人々を助けようとしていた。そしてそれは思っていた以上に大変なことだった。


 周囲からの期待、同業者からのプレッシャー、そして自分が負けたら皆に被害が及んでしまうという不安。今までも何度かそういう状況や場面を体験したことはあるが、英雄にかかるそれらは今までの比ではない。邪龍体やモンスターではなく、守るべき彼らが敵じゃないかと思ってしまうことがあった。

 英雄の重責。それはウィストが一人で受けるには重すぎた。


「また冒険したいなー……」


 昔は自由に冒険ができた。色んな所に行って、おいしいものを見つけては食べて、たくさんの新しいものと遭遇する、その日々が楽しかった。だが今はそれができない。

 ウィストは建物に背中を預けながら座り込み溜息を吐く。街中を歩いていたらまた注目されて、英雄として振舞わなければならない。それが少し億劫に感じてしまい、路地裏の物陰に隠れて休もうとした。


「おいおい聞いたか? 次のデッドラインの話」


 路地裏の入り口から話し声が聞こえた。冒険者のような風貌の男が二人、物陰にいるウィストに気づかずに談笑している。

 デッドラインは闘技場で最も過酷な競技である。過去に死人が出たことがあるので参加者は少ないが、観客から最も人気のある種目でもあった。


「いや。噂じゃあ『英雄の道』の誰かが出るんじゃないかって聞いてるけどな」

「エギルが来るかもって話だよな。そろそろ復活するらしいから、そのアピールのためにって話してたな」


 エルガルドに現れた邪龍体によって、エギルは重傷を負っていた。命を危ぶまれる程の大怪我だったが順調に回復し、そろそろ活動再開するということをウィストも聞いていた。彼が怪我をしていたことでウィストの負担が大きかったが、復活してくれたら以前よりも楽になるだろう。好ましくない人物だが実力は確かなので、早く復活して欲しかった。


「その言いぶりだと違うみたいだな。誰が出てくるんだ?」

「あぁ。さっき俺も聞いたんだが、今までの挑戦者の中で一番弱い奴が出てくるぜ。誰だと思う?」

「わかんねぇな。誰なんだ?」


 男の一人がその名前を言う。その名前を聞いてもう一人の男は吹き出していたが、ウィストはとてもじゃないが笑うことはできず、むしろ顔を青くしていた。


「どうして……」


 それは最もデッドラインに出てほしくない名前だったからだ。






 闘技場は大いに盛り上がっていた。闘技場で現在行われている競技はレース、挑戦者が五体目のモンスターと戦っており、いよいよ決着がつこうとしていた。

 五体目のモンスターはリーグリー、トカゲのような形態で全長六メートルほどの上級モンスターだ。何度も闘技場に出ているお馴染みのモンスターである。


 対して挑戦者の冒険者は、ある種の有名人、ヴィック・ライザーだった。


 ヴィック・ライザーは初めての挑戦こそ惨敗に終わった。その負けっぷりに一部では笑い者にされるほどだった。しかし今のヴィックはレースの五体目に挑んでいる。しかもこれが初めてではない。昨日の時点で六日連続でレースを制覇している。今回の挑戦で七回目であり、リーグリーを倒せば前人未到の七日連続のレース制覇となる。そして観客は、それを達成できるほどの気配を感じ取っていた。

 ヴィックの動きには余裕があった。今まで中級上級のモンスター計四体を相手取っていたのに、その疲労がほとんど見えない。中級冒険者のヴィックが、上級モンスターを相手に落ち着いて冷静に戦えている。観客は同じような光景を六日連続で目の当たりにしていた。そして今回も今まで通り勝ち残るだろうとほぼ確信していた。


 間もなくしてその瞬間が訪れる。リーグリーが突進すると、ヴィックはそれを読んでいたかのように素早く横に回避する。壁際にいたためリーグリーはそのまま壁に激突し、その衝撃で動きが鈍る。その隙を見逃さず、ヴィックはリーグリーの脳天に剣を突き刺した。その一撃でリーグリーは絶命し、その場で横たえた。


「ヴィック・ライザー選手、五体目を撃破! これで七日連続のレース制覇だぁあああ!」


 観客席から大きな歓声が上がる。今まで無かった記録の樹立に観客達は大いに盛り上がっている。これほどまでの歓声を受けることは、ヴィックにとっては今まで無かったことだった。

 ヴィックは声援を受けながら観客席の方へと向かう。観客席は安全のためにフィールドよりも高い位置に作られているが、一部だけフィールドから観客席に上れる階段がある。そこはモンスターが侵入しないように、硬い鉄の扉で閉ざされている。ヴィックはその扉を開けて階段を上り、観客席に備えられている実況席に近づいていく。そこで実況の人から拡音石を搭載した道具である拡音器を受け取った。


「皆さん、応援ありがとうございます。ヴィック・ライザーです」


 観客席から拍手が起こる。今までレースを達成した者は怪我や疲労からすぐにフィールドから退場することが多かった。だから今回のヴィックのように、すぐにレースの達成者からの声を聞けることは珍しかった。ヴィック自身、昨日まではすぐに退場していた。


「今回は皆様に宣言したいことがあって、ここに残らせていただきました」


 観客席からどよめきがヴィックに伝わってくる。ヴィックは一つ深呼吸をして心を落ち着かせる。


 そして、覚悟を決めて宣言した。


「ヴィック・ライザーは、今ここに、デッドラインに挑戦することを宣言します」


 ウィストとの約束を守るために。


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