27.継ぐ者
《継血》と呼ばれる現象がある。それは《強食》と似て異なる現象だ。強食が相手を喰らうことで力を取り込むのに対し、継血は相手に血を与えることで力を継がせる現象である。
そのような説明を受けた後におばば様が言った。
「前回のヤマグイが出現したと同時に、シグラバミも出現しています。シグラバミはヤマグイを撃退した後に大陸中を暴れまわりました。おそらくですが、ヴィック様はそのときにシグラバミと接触し、継血を行われたのでしょう」
「継血をされるとどうなるのでしょうか?」
「通常の生物ならば、継がせたモンスターの力を得るだけで済みます。最初こそはその力を行使できませんが、年月を経て発揮できるようになります。ヴィック様の腕が元に戻ったのは、シグラバミの力を継いだことが原因です」
そういえば、戦闘中にときどき黒い靄が見えることがある。あれもシグラバミから継血された影響かもしれない。
しかし、いつ継血されたのだろう。シグラバミと遭遇した記憶は無い。そもそもシグラバミが出現したのは僕が五歳の頃だ。しかもそのときに出現したシグラバミはロードさん達によって倒されているはずだ。僕に継血できる機会なんてなかったはず。そもそも何で僕なんだ? 僕よりも強い人やモンスターはごまんといるはずなのに……。
僕の疑問をよそに、おばば様は話を続けた。
「ただ今回の場合は邪血のシグラバミです。邪龍と同じように力を継がせるだけで済むとは思えません。何か体にそれらしい症状は無かったでしょうか?」
なるほど、それが気になって何度も体調について聞いて来たのか。
僕はさっき見た夢のことを話した。
「夢を見ました。シグラバミと思われるモンスターが出てくる夢です。そいつは力を取り戻しつつあるということ、あと邪龍体を倒すことが目的だと言っていました」
「邪龍体を倒すことが目的、ですか」
おばば様は少しの間俯きながら黙り込むと、また顔を上げて僕を見た。
「推測ですが、シグラバミは邪血を欲しているのだと思います。邪龍体を倒せばそれを得られる故に、そのようなことを言ったのでしょう」
「さらに力を得るためにですか」
「はい。どのようにして邪血を取り込むかは不明ですが、ヴィック様は今後邪龍体は当然ですが、邪血の生物に近づかない方がよろしいでしょう。シグラバミが力を取り戻せば、以前と同じ悲劇が繰り返されます。これからは今まで以上にお気を付けください」
そう言うとおばば様はすくっと立ち上がり、襖の方に移動する。お付きの人もそれに続いて立ち上がった。どうやら話したいことはこれで終わったそうだ。
おばば様が出ていく前に、僕は最後に一つだけ気になっていたことを訊ねた。
「何故ヤマグイが出現したのですか? 今まで通りならば、次に出現するのはもっと先の予定だったんですよね」
おばば様は僕の方に向き直り、思い出したかのように「そういえば言っておりませんでしたね」と言った。
「ヤマグイの体から邪血晶が発見されました。おそらくですがそれを取り込んだために動き出したのでしょう。力が増したことで新たな血が欲しくなったのか、出現までの間隔が短くなったのか……ヤマグイが死んでしまった以上、その原因はもう分かりませんが」
「元気そうでよかったよ」
おばば様との話を終えて寝室に戻った後、カイトさんが部屋を訪ねてきた。一目見た限り怪我は無く、元気そうだった。
「ラトナは怪我をした人達の治療、カレンとギンとハルトは戦闘後の後始末、ドーラは街で飲み食いしてる。俺だけが城に居たからすぐ来れたんだ」
他の皆ことを訊ねたら、そう答えられた。ラトナ達にも使いを出して連絡しに行っているがまだ捕まらないらしく、先にカイトさんだけが来たということだった。
「カイトさんは大丈夫ですか? 怪我とか、今後のこととか……」
「怪我は無いよ。ちょっと擦りむいた程度だ。君を除いて一番重傷だったドーラも、今はもう完治してる。ラトナも無事だ」
「……皆、無事なんですね」
「あぁ無事だ。けど一番聞きたいのは、そんな事じゃないだろ」
皆が無事だということは、先にアヤメに聞いている。聞きたかったのはカイトさんのこれからのことだ。それを見透かされていたようだ。
カイトさんは自分の刀を手に取って、それを持ち上げて僕に見せた。
「幼い頃から、俺はこれを使いこなすために鍛錬を積んできた。夢に見た英雄になるために、皆の力になれるように必要な事だったからだ。だがある日から、自分のしてきたことが間違いじゃないかと思い始めた。悩んでいる俺に対し、兄と妹が心配してくれて家を出ることを提案してくれたんだ。そのときに俺は冒険者になることを決意した」
ゆっくりと話をするカイトさんの声を、僕は黙って聞いていた。
「他人に誇れる人の道を進みたい。その思いを込めて、俺は家名としてジンドーを名乗った。冒険者になって、英雄になって、他人に認められる存在になりたかった。だが俺は今までの努力を捨てきれず、刀を手放すことが出来なかった。嫌悪しているはずの力だったが、どうしても惜しくなって手放せなかった。死なない限り、過去の過ちに苛まされる。だから今回は良い機会だと思ったんだ。報いを受けるときが来たんだなと思ったよ」
ずっと前から、僕はカイトさんを羨んでいた。強くて賢くて、頼れるリーダーだった。カイトさんみたいになりたいと何度も思った。だがそんなカイトさんも、僕みたいに悩みがあったんだなと思うと親近感が湧いた。
この人も、僕や普通の冒険者の人達と同じなんだな、と。
「だがこうなったら死ねないな。今や俺はヤマグイを討った英雄だ。英雄が簡単に死ぬわけにはいかない。なにより俺が死んだら悲しむ人が大勢いる。ヤマグイも消えたし、これからはしぶとく生きることにするよ」
カイトさんの表情には爽やかな笑みがあった。今までよりも明るい笑みが、演技をしているようには到底見えない。心の底から笑っているように見えた。
「それで、結局のところ冒険者には戻らないの? 危険なことはせずにずっとヤマビにいるってこと?」
そう訊ねると、カイトさんはニヤっと笑った。
「戻るさ、エルガルドに。また冒険を始めるよ」
「ほんとに?」
思わず笑みがこぼれた。カイトさんは刀を置きながら「あぁ」と肯定する。
「そもそも今回の件で俺の存在が広く知れ渡った。暗殺を生業とする者が目立ったら仕事にならない。ほとぼりが冷めるまで何もできないなら、冒険者になって鍛えた方が良い。そう言って本家から許しを得た。まだまだ冒険は続けられそうだ」
「それを聞いたらラトナ達も喜ぶよ。来た甲斐があったな」
元々の目的がカイトさんを連れ戻すことだった。それが達成できると聞いて、僕は心の底から安堵した。これほどの充実感を得たのはいつ以来だろうか。
そうして一安心したところで、「さて」とカイトさんが切り出した。
「ところでヴィック、君はどうするんだ?」
「どうするって、なにを?」
いきなりの質問に戸惑った。カイトさんは「決まってるじゃないか」と返す。
「ウィストのことだ。君は散々俺に対して、夢を叶えろとか諦めるなと言ってきた。今、その言葉を君に返そう。君はウィストのことを諦められるのかい?」
口調こそ軽いものの、カイトさんの眼は真剣だった。どこか期待も込められた目を向けてきたことに少々驚いたが、僕は一つ息を吐いてからカイトさんの問いに答えた。
それはヤマグイに挑む前から、心に決めていた決意だった。
第五章完結です。
そして次章が最終章となります。
最後までお付き合いをお願い致します。




