25.絆の刃
ヤマグイの体が燃え盛る。ヤマグイは火を消そうと地面を転がったり、体を大きく揺さぶらせている。その効果が出始めたのか、徐々に火が小さくなっていた。
「攻撃を続けろ!」
カイトの指示と同時に皆が動く。ハルトはヤマグイの側面に、カレンはヤマグイの体を上って背中に、ギンはヤマグイの正面に移動する。そしてドーラはカイトの傍に立った。
「それは奴の血か?」
「そうだ」
カイトは短く答えてから刀を鞘に納める。刀身を晒したままだと血が刀から落ちてしまう。一旦鞘に入れて血が落ちないようにした。
カイトの刀を見て、ドーラがニヤリと笑みを浮かべる。
「お膳立てをしてやる。それまでは待て」
ドーラが走り出して、皆に指示を出し始めた。
「ハルトは足を斬って機動力を削れ! カレンは背中から離れずに攻撃し続けろ! ギンはヤマグイの注意を引け!」
「おう!」「はい!」「承知した!」
三人は返事をするとすぐに行動に移る。まるでその命令を予知していたかのように迷いが無かった。おそらくだが、事前に己の役割を認識していたのだろう。今何をすべきか、何が必要か、ということを。優れた冒険者は、その判断が速くて正確である。
そしてドーラは走り回りながら三人の動きを見つつ、時折攻撃に参加する。今まではラトナが背中に居たため抑えていたのか、先程よりも動きが機敏だ。ドーラの動きを捕らえていたはずのヤマグイが、ダメージを受けていることもありドーラに反応できていない。一方的に攻撃を受け続けていた。
時間が経つにつれ、ヤマグイの動きが鈍くなる。そろそろ動くときかと身構えたときにハルトが叫んだ。
「傷が治り始めた!」
ヤマグイの足が、先程よりも遅いが再生し始めていた。力が戻りだしたのか、これ以上時間をかければまた不死身の生物に戻ってしまう。
カイトが動き出そうとしたとき、「まだ待て!」とドーラが叫ぶ。
「先にこっちだ! 貴様ら、離れろ!」
ドーラが息を吸ってから跳び上がる。ドーラの意図を察した三人はすぐにヤマグイから離れる。その直後、ドーラが炎を塊をヤマグイに向けて放出した。
『キシャアアアアアアアアア!』
ヤマグイが再び叫ぶ。ヴィックの血を含んだ炎なのだろう。理屈は分からないが、ヴィックの血が弱点の様だ。その効果は、奴の悲鳴が示していた。
「この後に行くぞ。準備しろ」
ドーラがカイトの横に止まる。あの炎で体力を消耗したところを攻撃すれば、ヤマグイを倒せるかもしれない。自然と刀を握る手に力が入った。
再び体に火を浴びたヤマグイは先程と同様に暴れていたが、何を思ったか急に一直線に走り出す。カイト達から遠ざかるように、木々を倒しながら移動していた。
このまま逃がしたら、再びヤマビはヤマグイの恐怖に怯えることになる。今後、ヤマグイを討ち取れる機会が来るとは限らない。ここで倒さなければ。
「乗れ!」
ドーラの声にカイトはすぐに反応して、ドーラの背中に乗った。その速度はヤマグイを上回っており、あっという間にヤマグイの背後に着いた。
この速度ならヤマグイの背中に飛び乗れる。ここで仕掛けようとしたときに、急にドーラが足を止めた。
いきなりの急停止に落ちそうになってドーラを怒鳴ろうとしたが、目の前が崖になっていることに気づいて口を閉じる。一方でヤマグイは止まることなく走り続け、そのまま崖から落ちて行った。
ドォンとヤマグイが大きな音を立てて地面に落ちる。あれほど大きかったヤマグイが、普通の蜘蛛と同じくらい小さく見えた。
この高さから落ちればかなりのダメージを受けた筈だ。だがヤマグイは数秒後に再び動き出す。その方角はキョウラクのある方だった。
「しっかりと捕まれ」
ドーラは崖下を覗くとひょいと跳び下りる。一気に地面に落ちるのかと思ったが、少し下の崖の出っ張りに着地すると、また下を覗いて別の出っ張りに移動する。それを何度か繰り返して地面に降り立った。ヤマグイとの距離は広がったが、回り道していたら姿すら見えなくなっていただろう。
ヤマグイとの距離を詰めるべく、再びドーラは走り出した。早く行かなければヤマグイと軍隊が衝突する。何も知らされていない状況でぶつかれば被害は逃れられない。その前に止めを刺さなければ。
しかし、そのような心配は杞憂だった。ヤマグイが森から出ると、遠くから大勢の人々の大声が聞こえ始めた。最初はヤマグイに驚いているのかと思ったが、それらの声は悲鳴というより雄叫びのように聞こえたからだ。そしてカイト達も森から出ると、大勢の武士達がヤマグイに立ち向かっている光景が視界に入った。
「今こそ好機! 一千年以上続いた呪いに終止符を打つぞ! 進めえええええええええええ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
武士達は怯むことなく、ヤマグイに向かって前進する。そういえばカリヤがキョウラクに戻って伝えていたが、間に合っていたようだ。事情を聴いた軍がヤマグイと再び戦うために準備していたのだろう。彼らは勝ち目の無い相手にも挑むほどの勇敢な者達だ。これ以上に頼もしい味方はいない。
ヤマグイと武士達が衝突する。武士達はヤマグイと激突しながらも、槍や刀を突き刺して勢いを止めようとした。数十人ほど吹き飛ばされたが、その甲斐あってヤマグイの足を止めることに成功した。槍と刀で機動力を削り、遠くから放たれた矢の雨がヤマグイに降り注ぐ。ヤマグイに近づけば反撃の恐れや味方の矢が当たる危険があるのに、彼らは戸惑うことなくヤマグイに襲い掛かった。
ヤマグイの再生能力は戻りつつあったが、これほどの数の攻撃を受ければ再生が追い付かないはずだ。あと一押しでヤマグイを討てる。そう思った時に、ヤマグイがまた甲高い声を上げた。今までよりも高く大きな音に、思わず両手で耳を塞いだ。悲鳴というよりも断末魔のような声だ。刀を使わなくても倒せたのか?
カイトと同じように考えた者は多かったのか、大勢が手を止めてヤマグイの動きを観察する。だがその期待はすぐに裏切られた。ヤマグイの体が一瞬だけ膨張すると、その直後に全身から黒く艶のある棘が生えてきた。しかも眼が紫色に変色している。
「避けろ!」
カイトの声と同時にヤマグイの体から棘が発射される。距離を開けていたドーラも避けきれないほどの速さだった。その威力は近くに居た者の体を貫き、遠くの者の体を削るほどだった。しかも掠めただけの者すらも、体が動けなくなっている。おそらくあの紫色の煙と同様に、喰らったら痺れさせる能力もあるのだろう。棘が体を掠めたドーラも例外ではないはずだ。
「ちっ、いくぞ!」
ドーラがヤマグイに向かって走り出す。先程よりも足が遅い。今は動けているが、時間が経てばどうなるか分からない。それに痺れが解けるのを待っていたら、その間武士達が無防備になる。これ以上の犠牲者を出さないためにも、ここで動くべきだと思った。
ヤマグイが武士達に向かって進もうとする。その歩を止めるべく、カイトは大声を出した。
「ヤマグイ! 俺が相手だ!」
カイトの声が聞こえたのか、ヤマグイがカイトの方を見る。ヤマグイの顔は真っ黒なため表情が読めない。だがヤマグイがカイトを見た瞬間、顔に恐怖の感情を抱いているように思えた。僅かにだが、カイトから離れるように後退りしている。やはりこの刀を、ヴィックの血を恐れているようだ。
さらに距離を詰めると、ヤマグイが後ろ足を大きく下げる。もしや逃げる気か? もし逃げ出したら今のドーラでは追いつけない。
焦る気持ちが生まれた直後、二つの人影がヤマグイに向かって跳び出した。一つはヤマグイの右後脚に、もう一つは二本の前脚の方に向かって移動し、それぞれの足を切断する。足を斬られたことでバランスを崩したヤマグイはその場に倒れ込んだ。
足を切断した人物の姿を見て、カイトは「流石だ」と呟く。右後脚を斬ったのは兄のカリヤ、二本の前脚を斬ったのは師のトウジだった。
この場に来てくれたことに感謝しつつ、カイトは刀の柄を握る。ここで決める。その意志を持ってヤマグイを睨みつけた。
ヤマグイは地面に倒れた状態でカイト達に向かって口から白い糸を吐き出す。ドーラは口から炎を出して糸を溶かす。その後、ヤマグイが口から白い球を吐き出し、それがドーラの足に当たった。その衝撃にドーラは体勢を崩し、転倒しそうになる。何とか踏みとどまるが、先程の煙の効果も出始めたのか足元がふらついている。降りて向かった方が良いかと思った直後、ドーラが体を捻らせてカイトの服を口で掴んだ。
「行け!」
ドーラが頭を振り回して、カイトをヤマグイの上空に放り投げる。ヤマグイはカイトを打ち落とそうとして、体から棘を射出する。ダメージを負っているせいか、さっきよりも棘は小さい。カイトは刀を抜いて、落下しながら棘を斬り払った。
ヤマグイの攻撃が終わり、遮るものはもう何もない。後は狙うべき場所を狙うだけ。その場所は既に決めている。
ラトナが見つけた、ヤマグイが攻撃に反応した箇所、腹部だ。カイトはヤマグイの背中に落ちるや否や、背中から腹部をまとめて一刀両断した。
『ギャッ……』
ヤマグイが短い悲鳴を上げる。切断した後、命を絶った感触があった。これでヤマグイを倒したかと思ったが、切断した場所から拳大の黒く輝く石のようなものが落ちて来る。カイトはその石から邪悪な意志を肌で感じ取った。これがヤマグイを動かしていたものの正体だと、カイトは直感した。
カイトはヤマグイの体から降り、石が地面に落ちる前にそれを切り裂いた。
『ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
今までで一番大きな声をヤマグイが発する。断末魔と思えるような叫びの後、ヤマグイの体がボロボロと崩れ落ちる。胴体から脚にかけて黒い灰のようなものが地面に落ち、間もなくしてヤマグイの体がすべて灰になっていた。
カイトは武士達の方に振り向いて、刀を天に向けて突いた。
「今ここに、ヤマグイは消滅した。ヤマビを蝕む呪いは消え去った」
そして大きく息を吸って皆に言った。
「我々の勝利だ!」
街にまで届く程の歓声を聞き、カイトは口角が上がるのを抑えきれなかった。




