24.勝ち筋
ヤマグイは不死身のような生物だった。どんな攻撃をしても、様々な箇所を攻撃しても、どんなに粘り強く戦っても、ヤマグイは痛がる素振りも疲労する様子も見せなかった。ただただ無機質に僕達を相手取り、淡々と対応していた。
だが今、ヤマグイは奇声を上げながら苦しんでいた。地べたを転がり、体をじたばたとさせて、苦しそうにもがいている。あれほど攻撃しても一切の動揺を見せなったヤマグイが、なぜここまで苦しんでいるんだ。
「おいおい、どういうことだ?」
少し高い場所から声が聞こえた。馬に乗ったカリヤさんが居た。その後ろにはカレンが乗っている。
「何でヤマグイがあんなに苦しんでるんだ? あんな姿初めて見たぞ」
目を丸くしてヤマグイを見るカリヤさんの後ろから、馬に乗ったギンとハルトが続いて来る。ギンはヤマグイの様子を見てから馬を下りると、腰に提げていたナイフを手に取ってヤマグイに投擲した。投擲されたナイフはヤマグイの体に刺さり、暴れ回るヤマグイの体からすぐに外れる。その時の刺し傷はそのままで、再生することはなかった。
一番厄介な能力だった再生が行われない。いったい何が起きているんだ?
「なるほど、そういうことか……」
ギンが僕の方を見て呟くと、カリヤさんの方を向いた。
「おい、千載一遇のチャンスだ。今ならヤマグイを討ち取れるぞ」
「本当か?!」
「あぁ。だが今を逃せばもう機会はない。お前は戻って援軍を連れてこい。その間、俺達がこいつの相手をする」
「任せたぜ」
「ハルト、やるぞ。他の奴らもすぐに来い」
「承知!」
ギンとハルトがヤマグイの方に向かっていく。痛みに苦しむヤマグイは二人に気づかない。ただその場を暴れ回るだけだ。二人はその動きに気を付けながら、一方的にヤマグイを攻撃していた。
「ヴィックさん、大丈夫ですか?!」
カレンが僕の下に近寄って来る。僕は痛みに耐えながら「なんとか」と答えた。
「腕を縛ってくれ。これ以上出血しないように。そしたらすぐにカレンも参戦してくれ」
「……ヤマグイにやられたんですか?」
「うん。盾ごと腕を食べられて……」
そういえば、ヤマグイが苦しみだしたのは僕の腕を食ってからだ。けど今まで散々人を食ってきたヤマグイが、僕の体を食べただけでここまで苦しむのか。アンドウ家の人間は食べれるけど、それ以外の人間は苦手だから? そんなことが原因なのか?
―――貴様の血は美味いからな
ふと、ドーラの言葉を思い出した。ドーラは僕の血を美味いと言った。もしかして、僕の血になにかあるのか? そういえば最初にヤマグイと遭遇して奴が急に逃げ出した時、僕は出血していた。
ヤマグイは僕の血が弱点なのか?
左腕がギュッと縛られて、また痛みが走る。カレンが腕を縛ってくれたおかげで出血は少なくなった。カレンは「後は任せてください」と言って戦線に加わる。鎖鎌を器用に使い、ヤマグイに傷を作る。やはり傷は治らず、そのまま残り続けていた。
ヤマグイに攻撃が通用するようになったのは、僕の腕を食べてから。その際に僕の血を取り込んでいる。苦しんでいるのは、体が再生しなくなったのはそれが原因かもしれない。ヤマグイはアンドウ家の体、つまりアンドウ家の血を取り込むまで襲い続ける呪いの化物だ。ならばその対抗手段が血になってもそれほどおかしくないのではないか? それがなぜ僕の血なのかは分からないが。
「おい」
いつの間にかドーラがヒトの姿になって立ち上がっている。最初に見たときと同じ裸体だが、今はそんなことに突っ込む時間はない。僕は頭を横に動かして首の付け根を見せた。
「早く飲め。必要なんだろ」
この状況でヒトの姿になるのは、僕の血を利用したいということだ。すぐに察した僕の様子に、ドーラは笑った。
「察しが良くて助かるぞ」
ドーラは僕の首と肩の間に噛みつき血を吸いとる。噛みついた時間は一秒ほどで、口を放すとすぐに元の姿に戻ってヤマグイの方に向かう。
「離れろ! 火傷するぞ!」
ドーラが叫ぶと同時に跳び上がる。その間にカレン達はヤマグイから離れると、その直後にドーラが口から炎を放つ。ドーラが吐いた炎がヤマグイの体を包み込んだ。
『ギシャアアアアアアアアアア!』
ヤマグイの甲高い悲鳴が響き渡る。先程よりもいっそう動きが激しくなり、近づくことさえ難しくなる。だがその分ダメージは暴れているようで、ヤマグイは何度も悲鳴を上げていた。僕の血を含ませたのか、今までで一番苦しそうにしていた。
あともう一押しだ。血を吸われたことで意識が朦朧とし始めたが、他に何かできることは無いかと頭を働かせる。ふとカイトさんが落とした刀を見つけて、それを残った右腕で手に取った。
ヤマグイは僕の血が弱点だ。今でも攻撃が通用しているが、僕の血を使った攻撃をすれば更に威力は増すだろう。それはドーラの炎が証明してくれた。
僕は千切れた腕の断面に刀を押し付ける。傷口からの痛みに耐えながら、刀身全体に血を塗りたくる。僕の血を塗った刀だ。さぞ威力は十分だろう。
「カイト、さん」
限界寸前になった意識を保ちながら、カイトさんを呼ぶ。異様な光景に呆けていたカイトさんだったが、僕の声に反応して振り向いた。
「後は……任せ、ました」
僕は僕の血を塗った刀をカイトさんに差し出す。カイトさんは驚いた顔をしながら慌ててそれを受け取った。
「ヴィック、君は……」
「今なら、なれますよ」
「なれるって……?」
僕は最後の力を振り絞って言った。
「君が目指した、英雄に」
生きることは諦めていた。
ヤマグイは今までヤマビがどれほどの戦力を費やしても、どれほどの策を弄しても、ただの一度も打ち倒すことのできなかった生物だった。たった数人で倒せることのできるわけがない。そんなことをナギリはとうに理解していた。
だからこそ、ナギリは目の前の光景に驚愕していた。ヤマグイが苦しみ悶える様子を残した記録は、これまでに一文たりとも存在しない。見たことのある人は一人もいないはず。弱点が存在しない相手だと誰もがそう思っていた。
だが眼前の光景がそれを否定した。
ヤマグイが苦しんでいる。体の傷が残り続けている。痛みを感じている。今のヤマグイは不死の生物ではない。他のモンスターと同じ、死を拒むことが出来ない生物になっていた。
倒せるのか、あのヤマグイを。俺は生き残れるのか? 今まで何人もの先祖が生贄になるしかヤマグイを退かせられなかったのに。
また、夢に向かって進むことができるのか?
「カイト、さん」
ヴィックの声が聞こえた。振り向くとヴィックはナギリの刀を持っていた。その刀身は血で赤く濡れていた。
「後は……任せました」
ヴィックが差しだして来た刀を、ナギリは慌てて受け取った。早く受け取らないと、今にも倒れてしまいそうだったからだ。
「ヴィック、君は……」
何か言おうとして言葉が詰まる。大丈夫なのか、とか、この刀はどういうことだ、とか、そんなことを言おうとしていたと思う。だがヴィックの何か訴えそうにしているような眼を見て、まずはヴィックの声を聞こうと思った。
「今なら、なれますよ」
「なれるって……?」
何にだ? と聞こうとした。だがその前にヴィックが言った。
「君が目指した、英雄に」
そう言ってヴィックは倒れ込んだ。大量に出血したことによって気を失ったのだろう。それほどまでに危険な状態だったのに、最後の力を振り絞ってナギリに刀を託していた。
ナギリはヴィックから受け取った刀を、強く握りしめる。
ヤマビの国民は、今まで散々ヤマグイに苦しめられていた。奴のせいで住処を無くし、生活を失い、大勢の人達が死んだ。ヤマグイを討つことは国民の総意だ。それほどの仇敵を討つ絶好の機会が今である。
先祖代々の、国民達の想いを背負ってヤマグイを討つ。しかしナギリにはそんな責任感から生じた想いよりも、ヤマグイを倒す強い理由が生まれていた。
「ありがとう」
ナギリは―――冒険者カイトは、ヤマグイに向き直って走り出した。
「後は任せて」
カイトの頭には、子供の頃に抱いた夢が浮かんでいた。




