表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第五章 再起する冒険者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

144/176

23.再生

「離れろ!」


 ドーラの声の後に、ヤマグイの体から無数の棘が生えた。胴体から足先にまで生えた棘はみるみると大きくなり、僕が距離を取るために下がると同時に、棘が体から発射された。僕は盾でそれを防げたが、防御手段が無いドーラ達は躱し切ることが出来ず、何本かが体を掠めていた。既に同じ攻撃で傷をつけられて出血していたが、未だに血が止まる様子は無い。おそらく出血が止まらない効果がある棘なのだろうと推測できた。

 棘の射出が終わった後に再び接近しようとしたが、ヤマグイの眼が赤から紫になるのを見て足を止めた。またあの煙が来る。方向を変えて横に移動した直後に、ヤマグイの口から紫色の煙が吐き出てきた。息を止めて煙から逃れようとしたが間に合わず、少量だけ吸ってしまう。その瞬間、手足に痺れが生じていた。


「ぐっ―――」


 手足の痺れのせいでその場に倒れてしまう。その直後にヤマグイが大きく真上に跳び上がるのが見えた。煙を吸った量が少量だったお陰か、すぐに痺れが切れて動けるようになった。僕がすぐにその場から離れた直後、ヤマグイが大きな音を立てて地面に着地した。もう少し遅かったら踏み潰されていた。

 ヤマグイが着地して動きが止まったところに、ラトナが銃弾を放つ。煙弾が少なくなった今、ラトナも積極的に攻撃するようになっていた。ラトナの放った銃弾はヤマグイに当たると、硬いものにぶつかったときと同じ音を出して弾かれていた。ヤマグイの体をよく見ると、金属のような艶が出ていた。


「面倒な相手だな……」


 ヤマグイは時間が経つにつれて、様々な力を出し始めた。最初に出してきた溶解液や粘着の糸だけではなく、出血が止まらなくなる棘、吸えば体を痺れさせる紫色の煙、剣すら通さない硬質化等々、一匹のモンスターとは思えないほどの多くの技を披露する。

 その中でも一番厄介なのは再生能力だ。どんなに傷つけても、どんなに攻撃しても、ヤマグイはすぐに傷を修復する。既に体の至る所を攻撃したのだが、どの傷も例外なく消えていた。

 多数の武器と再生能力。ヤマビの人達が長年苦しめられてきただけのことはある。


「ぼさっとするな! すぐに次の動きに備えろ」


 硬質化している間はヤマグイは動かなくなる。その間に僕はヤマグイの正面から側面に移動する。本来は盾役の僕がヤマグイを引きつけなければいけないが、ヤマグイの多彩な攻撃は防ぎきれるものではない。そのためドーラがヤマグイの視界の中で動き回ることで注意を引きつける役目を受けていた。


 ドーラはヤマグイの攻撃を回避しつつ、ラトナを守りながら攻撃にも参加している。そのれほどの働きをしているからこそヤマグイもドーラを無視できず、結果僕とカイトさんは比較的自由に動けていた。もしドーラが居なければ、今頃僕達は全滅していただろう。それほどの活躍ぶりだった。

 逆に言えばドーラが動けなくなったときが、終わりの時でもある。ドーラの動きに慣れてきたのか、少し前からドーラに攻撃が当たるようになってきている。それに伴って、ヤマグイが僕とカイトさんにも攻撃するようになっていた。僕は盾を持っているお陰でまだ無傷だが、カイトさんは防御手段を持っていないため少々傷を負っていた。一方でヤマグイは無傷である。長期戦になれば僕達に勝ち目が無くなるのは明白だった。


 早いうちに打開するか、せめてハルト達が来るまで耐えなければ、僕達は全滅してしまう。その焦りからか疲労のせいか、足がもつれてこけそうになってしまう。すぐにその場に踏みとどまったが、その隙を見逃さなかったヤマグイが僕の方に向き直った。ヤマグイの眼が赤い。じゃあ煙ではなく糸か溶解液だ。煙の場合は縦に広がるから横に避けるが、糸か溶解液なら遠くまでは届かない。ならば後ろに退いてヤマグイの様子を見つつ回避しよう。

 盾を構えつつ糸と溶解液が当たらない位置まで後ろに下がる。だがヤマグイは僕を見たまま何もせずじっとしている。先程までとは違った動きに、僕は思わず足を止めて観察しようとした。その瞬間、ヤマグイが口から白い球状のものを高速で吐き出していた。


「ぐっ―――」


 盾を構えていたお陰で盾で受けられたが、予想外の攻撃だったので受け流しに失敗する。腕に強烈な衝撃が伝わり、受け流すことも出来ずに後方へと吹っ飛ばされた。十メートル以上地面に転がってようやく止まると、僕を吹き飛ばした物を視認する。糸と同じ色だが、どこか艶のある白い球だ。どうやらヤマグイは自身の体だけじゃなく、体から生成される物も硬質化できるようだ。


「ほんと、なんでもありだな……」


 立ち上がろうとしている間に、ヤマグイが僕の方に近寄って来る。急いで立ち上がった瞬間、ヤマグイは前脚を持ち上げている。その二本の前脚だけ、黒く艶めいていた。嫌な予感がよぎったと同時に、ヤマグイが二本の前脚を交互に僕に向かって突き刺してくる。先程の攻撃の衝撃がまだ盾を持つ左腕に残っていたが、根性で動かしてヤマグイの攻撃を受け流す。十分に腕を動かせないせいか、完全に受け流すことが出来ない。何度も何度も腕に衝撃が伝わって来てさらに動作が遅くなる。そしていよいよ受け流しに失敗し、腕が動かなくなった。ヤマグイの攻撃は止まらず、再び前脚で突き刺そうとする。だが当たるや否や、ドーラが僕を突き飛ばしていた。ドーラのお陰で僕は攻撃を回避できた。だがドーラの体にヤマグイの攻撃が掠めてしまい、胴体から流血していた。

 攻撃を受けた衝撃でドーラが転倒する。それを見逃すヤマグイではない。ヤマグイの眼が紫色に変わった直後、紫色の煙をドーラとラトナに浴びせていた。


「ぐぁっ―――」

「いっ……!」


 ドーラとラトナの体が途端に鈍くなる。息を止める間もなく煙を吸ってしまったのだ。少し吸ってしまうだけでも数秒間動けなくなるのに、大量に吸えば何十秒も体が痺れてしまうのは想像に難くない。

 ヤマグイが二人に止めを刺そうと前脚を持ち上げる。二人を失えば勝ち目が無くなる。すぐにでも守りに行きたいが、まだ腕の衝撃が取れていない。これで守り抜けるのか? 行っても共倒れになってしまうのではないか。


 不安を抱きつつも二人の下へ駆け寄ろうとする。だがその前に、カイトさんがヤマグイの前に立ち塞がる。何か策があるのかとカイトさんに期待の視線を向けるが、カイトさんは刀を地面に捨てていた。


「ありがとう。もう十分だよ」


 カイトさんが何を考えているのか瞬時に察した。ヤマグイはカイトさんが武器を捨てたのを見ると前脚を下ろし、大きく口を開けてカイトさんに接近する。


 その光景を見た瞬間、僕は何も考えずに動いていた。


 守り抜けるのか、共倒れになるんじゃないのか。そんな迷いは吹き飛んでいて、ただ一つのことだけを遂行する。

 カイトさんを守る。ただそれだけのために、カイトさんを突き飛ばしていた。


「ヴィック?!」


 直後、左手に強烈な痛みが生じた。カイトさんがヤマグイに喰われる直前に割って入ったことで、突き飛ばした右手の逆側をヤマグイに噛みつかれてしまった。ヤマグイの歯は盾ごと僕の腕を口に入れ、僕の左腕を噛み千切っていた。


「ぐぅうっ……!」


 歯を食いしばって痛みに耐えようとする。だがその痛みは全く治まることは無い。いつまでもいつまでも、痛みが止まることはなかった。


「君は……何をやってるんだ!」

「そっちこそ何をしようとした!」


 痛みに耐えながら、カイトさんに言い返す。言い返されると思わなかったのか、カイトさんは驚いて言葉を詰まらせた。


「今自分が死んで終わらせようとしただろ! そんなこと、僕達は望んでない!」


 ヤマグイはアンドウ家の人間を食べればこの場を去る。その呪いを利用して、動けなくなったラトナ達を助けようとしたのだろう。それを防ぎに来た僕達の想いを無視して。


「だ、だったらどうすれば良いんだ?! 君も分かってるだろ。このままじゃ勝てないって。このままだと皆死ぬぞ」

「もう少しすれば援軍が来る。彼らを待てばまだ戦える。それまで耐えるんだ」

「少し人数が増えたからってどうにかなる相手じゃない。これだけ戦っても、まだそれが分からないのか」


 反論しようとしたが言葉に詰まる。ヤマグイは様々な能力を使う上に、どんなに攻撃をしても意味が無いほどの再生能力を持っている。対してこちらが受けた傷は残る上に、戦力も限りがある。短期決戦にしようにも決定打が無い。この状況で勝利に導くことなんて、物語に出て来る英雄でも居なければ不可能だ。


 だがそれでも、諦めたくはなかった。


「粘るんだ。耐えるんだ。そうすれば勝ち筋が見えるはずなんだ」


 根拠のないただの願望だ。奇跡のような展開を願うしか僕にはできない。ドーラが傷を負っても、片腕を失ってしまっても、投げ出したくはない。

 ここで逃げたら、僕は誰も助けられない。カイトさんだけじゃなく、ウィストも助けられない。友達を、仲間を、相棒を助けられない冒険者になりたくはなかった。


 カイトさんは悲しそうな顔で僕を見ていた。それは後悔か、同情か、どんな感情を抱いていたのか分からない。なぜなら、それを知る機会は無くなったからだ。


「……え?」


 意表を突かれたかのような声をカイトさんが出していた。その視線はヤマグイの方に向いている。そういえば今、僕達は誰も動けていないので、ヤマグイは自由に動けるはずだ。なのにヤマグイは僕達に追撃を仕掛けてこない。何か準備をしてるのか。

 不思議に思って僕もヤマグイの方を見ると、そこには異様な光景があった。


『シャ、シャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


 それはヤマグイが地面に転がって悶えている光景だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ