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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第五章 再起する冒険者

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22.夢

 間近で見たときから、ある空気をヤマグイから感じていた。それは今まで遭遇した邪龍や邪龍体と同じ、肌を突き刺すような強烈な悪意だった。それも邪龍に匹敵するほどの、だ。

 ヤマグイと対面してから、また手から汗が滲み出る。目の前に先の見えない闇が一面に広がっているような恐怖を感じていた。これから相手にするのはただのモンスターじゃない。一〇〇〇年以上も続く呪いが、僕を呑み込もうとしている。

 だがそんな恐怖心よりも勝っている感情が、僕を奮い立たせていた。


「ラトナ!」

「はい!」


 ラトナが地面に向かって銃を撃つ。銃弾が地面に衝突した瞬間、辺り一面の白い煙が広がった。ラトナがそれを何発も打つと、周囲は煙で何も見えなくなった。


「今のうちに撃ちまくってくれ。ドーラはヤマグイの状態を観察して」

「承知した」


 僕がカイトさんと一緒にドーラの背中から降りると、ドーラはラトナを乗せたままヤマグイの周囲を走り始める。その間にラトナがヤマグイの体の色んな部位に銃弾を撃ちだした。ラトナが使っている銃は弾速が遅く威力が低い。だからダメージを与える目的で活用するならば近くで撃たなければいけないが、通常ならば反撃を喰らうリスクがある。しかし煙に紛れた状態ならばどこから撃っているのか分からないため反撃を受けるリスクが減る。こちらの視界も悪くなるというデメリットはあるが、ヤマグイほどの大きな相手ならば煙の中でも見つけやすい。さらに獅子族は視力が長けているという特長があるため、ドーラからは一方的にヤマグイの姿を視認できていた。

 煙が続いている間は安全に戦える。その間に準備をしようとしていたときに、カイトさんに胸倉を掴まれた。


「今すぐここから逃げろ」


 険しい顔でカイトさんが言う。カイトさんが言うだろうと予想していた言葉なので、さして驚かなかった。


「今なら間に合う。どうやって牢屋から出たか分からないが、早くあの獅子族に乗ってここから離れろ。今ならまだ助かる」

「断る」


 僕が反対の意思を表明すると、カイトさんは声を荒げて言う。


「なんでだ! ヤマグイのことをまだ理解していないのか! あれは今の俺達が倒せるようなモンスターじゃない。邪龍と同じで災害同然の相手だ。君は災害に勝てると思ってるのか」

「じゃあ誰なら倒せると思ってるの? 誰も倒せないなら、この国がやろうとしていることは無駄だよね」


 ヤマビはヤマグイを倒そうと自国民を冒険者として育てている。カイトさんの言い分はそれを否定しているようなものだ。

 カイトさんは何か言いかけて、しかし口をつむんで答えない。だから僕が答えてあげた。


「ソランさんやカイトさんが目指した英雄なら倒せるかもね」

「っ―――!」


 カイトさんの顔が急激に赤くなった。


「な、何を言ってるんだ。俺が何を目指してたって?」

「英雄だよ。え・い・ゆ・う。物語の英雄になりたかったから冒険者になったんでしょ。アヤメから聞いたよ。そういえばカイトさん、よくソランさんに話しかけに言ってたよね。あれってそういうことだったんだなって今になってわかったよ」


 あのときアヤメは言った。カイトさんの夢は英雄になることだったと。英雄になるために冒険者になったんだとも言っていた。子供の頃からの夢だったと。

 僕を掴む腕の力が強くなる。少しだけ息苦しい。


「だ、だから何だって言うんだ。今、そのことは関係ないだろ」

「あるよ。とても関係がある。だってカイトさん、今その夢が叶ったって思ってるんじゃないかなって」

「なっ……そ、そんなことは無い」


 一瞬だけ虚を突かれた表情になったのを見逃さなかった。


「この国では潔い死をした者は讃えられるって聞いたんだよ。今まで生贄になったアンドウ家の人達も同じように扱われたって。カイトさんの夢は英雄になることだったんだから、それが叶うことになるよね」

「……何が言いたいんだ?」

「ふざけるなよって言いたいんだよ」


 僕はカイトさんの腕を掴み返した。


「僕は怒っているよ。僕のことを煽っておいて、カイトさんだって夢を諦めてるじゃないか。本当はソランさんみたいな英雄になりたいくせに、他の先祖と同じような生贄の一人として死ぬことでそれを叶えようとしている、情けない選択をしていることに苛立ってるんだよ」

「な、情けないだと?」

「そうだよ。まだやりたいことがあるくせに、夢が叶っていないくせに、それが出来る力があるくせに、周りのことを考えて諦めてるのがかっこ悪いって言ってるんだよ」


 ソランさんが英雄として皆の模範となるような行いをしていたのと同じように、カイトさんも誰からも好かれるように振る舞っていた。今思い出せば、カイトさんはソランさんの真似をしていたのかもしれない。皆に愛される英雄になるために。


「あんなに頑張ってたのに自分達のせいで夢を諦めさせてしまう。それを知った本人達がどんな気持ちになるか考えたことあるのか」

「だったらどうしろって言うんだ。俺がここに来なかったら死ぬんだぞ。見殺しにしろって言うのか」

「頼れって言ってるんだよ! そのための仲間だろ! 家族だろ! 友達だろ!」


 ウィストにチームを解散すると言われた時、僕は心の底から嘆いた。そして後から自分のことを情けなく思った。解散することになったのは、ウィストに苦渋の選択をさせたのは、他でもない僕自身のせいだ。僕が弱かったから、ウィストはあの時解散するという選択をしたのだ。


 たしかに僕はウィストよりも弱い。だけどそれならそうと言ってほしかった。もっと要求してほしかった。もっと強くなって欲しい、もっと頼らせてほしいと。けどウィストは優しかったから、僕が頑張っていることを知っていたから、そんなことを言わなかったのだろう。


 ふざけるな。


「ベルクやミラさんやラトナが頼りなさそうに見えたか? カリヤさんやアヤメが家族を犠牲にしたがる卑怯者に見えたか? 僕がヤマグイを相手にしたら逃げ出すような腰抜けに見えたのか? ふざけるなよ」


 あぁ恐いよ。こんな邪龍みたいな相手と戦うなんてすごく恐い。出来れば戦うことなんてしたくないよ。


 だがそんな恐怖、怒りで全部吹っ飛んだんだよ。


「僕達を甘く見るな。ここでヤマグイを倒してカイトさんが間違っていたことを証明してやる。だからカイトさんも手伝ってよね」

「……ヤマグイを倒すって、本気で言ってるんだな」

「そのついでにカイトさんを英雄にしてあげるよ。ヤマグイを倒せたら英雄って名乗っても良いと思うよ」


 するとカイトさんは「ふっ」と笑って腕の力を弱めた。


「分かったよ。だったら君達の気が済むまで付き合ってあげるよ」

「倒すまでの間違いでしょ」


 僕が剣と盾を構え、カイトさんは刀を抜く。煙が徐々に晴れてきて、ヤマグイのラトナ達の攻撃への反応が速くなっていた。ラトナは再び煙弾を撃って煙を濃くしていた。


「そういえば他の仲間はどうしたんだ?」

「馬で来ている。ドーラに乗れるのは二人までだから。到着にはまだ時間がかかると思う」


 アヤメの手助けにより牢屋から脱出したのは、すでにカイトさんがヤマグイを引き連れているときだった。アヤメが馬を用意していたが間に合わないと踏んだため、僕とラトナがドーラに乗って先行することになった。

 他の仲間が来るまでは、ヤマグイの情報収集に専念することにした。どんな動きをするのか、どこが弱点なのか、それを知るためにラトナにヤマグイの色んな部位を撃ってもらっていた。ラトナの弱い銃弾でも怯む箇所があれば、それが弱点だということは明白である。


「僕達はヤマグイの動きを止める。足を攻撃して機動力を奪うんだ」

「分かった」


 僕達は一番近くの足に向かって接近する。木の幹と同じくらいの太さのある足に向かって剣を振るう。思ったよりも柔らかく、簡単に切り傷はついた。その直後、ヤマグイは切られた脚を激しく動かし始めた。近くに敵がいると気づいたのだろう。歩行とは異なった動きだった。


「攻撃したらすぐに離れろ! それが無理なら盾で受けるんだ!」


 カイトさんの指示を受けて、僕は盾を構えながら後退する。カイトさんは刀を使って別の足を切り落としていた。盾が無い代わりに攻撃に重きを置いたカイトさんの斬撃は鋭い。上手くいけばすべての足を切り落とせるかもしれない。


『シャアアアアアアアアアアアア!』


 突如ヤマグイが甲高い声を上げる。耳が痛くなるような声に思わず耳を塞いだ。その直後、ヤマグイは真上に高く跳び、同じ場所に着地する。すると周囲を隠していた煙が着地の際に発生した風圧により吹き飛んでいた。

 煙が晴れたままだと反撃を喰らいやすくなる。ラトナもそれを察してすぐに次の煙弾を撃った。だがその動きをヤマグイは捉えており、体をラトナとドーラに向けていた。

 ヤマグイの眼は複数付いているため視界が広い。煙を作り出したのもその視界を防ぐためだった。煙が広がるまでの間、別の方法で視界を防がなければ。


「カイトさん、奴の眼を潰して!」


 返事をする前に、カイトさんはヤマグイの正面に跳び上がる。そして刀を振っていくつかの眼を斬りつぶした。全てではないが、あれでそれなりに視界を奪えたはずだ。

 ヤマグイはカイトさんが着地した瞬間を狙って足で攻撃して来る。その間に僕が入って盾で受け流すと、すぐに一緒からヤマグイから距離を取る。ヤマグイは僕達に向かって口から何かを吐き出してくる。緑色の液体を視認して、それが未開拓地のモンスターが使っていた溶解液と似ていたことを思い出すと、盾で受けずに大きく回避した。液体が落ちた地面がじゅうっと音を出し、周囲の雑草が跡形もなく溶けていた。やはり同じ類のものだったか。


 高い機動力、何でも溶かす溶解液、複数の目による視界の広さ。徐々にヤマグイの生態が解き明かされる。ヤマグイの力は確かに上級モンスターの中でも上位に値するほどだ。だがこの程度なら決して倒せないほどの相手じゃない。なのにヤマビはこのヤマグイに長年苦しめられてきた。まだ何か隠しているはずだ。


「見つけたぞ。胴体の裏側、腹の部分だ」


 ヤマグイの真下から出てきたドーラが声を上げる。おそらく真下に潜り込んで腹部を攻撃したのだろう。ヤマグイの動きが一瞬だけ止まったのを僕も確認していた。


「ラトナ、一回交代だ。ドーラ、僕を乗せて真下に潜り込んでくれ」


 すぐにドーラが僕の近くに来てラトナが下りる。交代して僕が乗った後、ドーラは素早くヤマグイの真下に移動して跳び上がった。そしてヤマグイの胴体の裏側近くまでの高さに着いた時、僕はドーラの体を蹴って跳び上がり、ヤマグイの腹に剣を斜めに突き刺してぶら下がった。

 ヤマグイの腹の部分は他と同じように真っ黒だった。その真っ黒な腹に向けて杭撃砲を構えて火杭を撃った。爆発する前に剣を抜いて地面に降りると、それと同時に爆発音が聞こえた。

 これで倒せたらいいが、そんなに上手くいくとは思っていない。だが弱点らしき場所を攻撃したのだ。それなりにダメージが入っているだろう。そしてその情報を軸に戦えば終わりが見えやすくなって、今よりもずっと戦いやすくなるはずだ。


 僕はヤマグイの真下から出て様子を観察した。ヤマグイは思ったよりもダメージを受けていたのか、『ジャアアアアアアアアア!』と苦しそうな声を上げている。思ったよりも耐久力が無いのか? あんなに痛がっているのなら、もしかしたら四人だけでも倒せるんじゃないのか。けどこの程度なら、ヤマビが今まで倒せなかったわけがない。


 距離を取って観察し続けていると、今度はヤマグイがその場で横に回転し始める。同時に何か口から白い糸のようなものを噴き出しているのが見えた。だがそれは僕達に届かず、周囲の地面に落ちていた。

 なんだろうと思って見ていると、再びラトナを乗せたドーラがそれを踏んづけていた。


「ぬっ!」


 その直後、ドーラの動きが止まる。いや、動こうとしているが足が地面から離れないように見えた。よく見ると、さっきヤマグイが出した白い糸がドーラの足にくっついていた。この糸は相手の動きを封じるためのものだったのか。

 今回の作戦にはドーラの力が必要不可欠だ。ここでドーラを失ったら絶望的だ。


 動けなくなったドーラをヤマグイが視界で捉える。そして今度はあの溶解液をドーラに向かって噴き出した。


「どけっ!」

「きゃっ」


 ドーラはラトナを振り落とすと、大きく息を吸って口から炎を噴き出した。溶解液とぶつかって相殺するかと思ったが、溶解液の方の勢いが勝り、吹き飛ばすには至らなかった。ある程度消し飛ばしたものの、いくつかの溶解液がドーラの体にかかっていた。


「ぐぅっ……!」


 ドーラの呻き声を初めて聞いた気がする。それほどまでの威力だったのだろう。そしてまだドーラはその場から動けない。ラトナがナイフで糸を斬ろうとしているが、間に合いそうにない。


「離れろ! がぁっ!」


 ドーラは自分の足元に向かって炎を噴き出した。すると動きを封じていた糸があっという間に溶けていった。


「しゃらくせぇ!」


 さらにドーラは白い糸がある場所にも炎を放出する。それにより地面にくっついていた白い糸は全て溶けてしまった。流石は危険指定モンスターといったところか。その力は普通のモンスターよりも明らかに勝っていた。

 ドーラが怪我を負ったがまだ動ける。今の炎のせいで煙が晴れてしまったが、また作り直せばいいだけのこだ。今一度気を取り直してヤマグイに向き直った。


 そのとき僕は、ヤマグイの生態の一つを新たに知ることになった。そしてこれが、ヤマグイが長年ヤマビを苦しめていたことだと理解する。


「傷が、ない」


 カイトさんに斬られたはずのヤマグイの眼が、何も無かったかのように、傷一つついていなかった。


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