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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第五章 再起する冒険者

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21.刀の使い方

 自身の刀が守るためじゃなく、奪うために使われていると知ったときには、既に百人以上は殺していた。


 ナギリは幼い頃から、暗殺者としての訓練を受けていた。剣術や格闘術といった戦闘技術だけではなく、敵地に潜入するための体術や相手を油断させるための話術を教え込まれた。ナギリには剣術の才能が有り、師と環境にも恵まれた。そのお陰で周囲からは天才や神童と呼ばれていた。

 だがナギリはそんな周囲の賛美の声に驕ることは無かった。それはナギリにとって出来て当然のことであり、やらなければならないことだったからだ。表向きは普通の子供を演じていたが、内面は常に冷たい心を宿していた。


 そんなナギリに変化が訪れたのは、ベルク達との出会いと長男であるセンキの手紙のお陰だった。

 ベルク達はナギリと同じように将来を期待されていた子供達だった。常日頃周囲からのプレッシャーを受けつつ、家業を継ごうと努力し続ける境遇が自身と似ていたことで親近感を覚え、次第に仲良くなっていった。

 そして兄であるセンキは、マイルスで冒険者になっており、その日常を手紙で知った。手紙に記された冒険譚にナギリは心を躍らせた。何度もセンキからの手紙を読み、更に面白い冒険譚を読もうと冒険者の物語の本を購入するほどだった。特にナギリが楽しんだのは、冒険者の英雄の物語の本だった。強くて逞しい主人公の生き様に憧れを抱き、何度も自分が英雄になって人々を助ける姿を想像したりした。


 だがこの時は、自身が冒険者になることは考えていなかった。それはナギリが自分でも暗殺者という生業に適性があることと、これが人助けになると思っていたからだった。

 暗殺者として様々な町に行く度に、多くの人々が苦労して我慢して、日々を過ごしていることを知っていた。なかには雇い主から理不尽な暴力を受けている者や、仕事が無くて路上で生活している者も多く見てきた。それに比べたら、適性があって十分な暮らしができている自分が恵まれていることに気づき、冒険者になってその生活を捨てることを惜しいと思ったからだ。しかも物語の英雄とは違うが、自分の仕事が人々の生活を守っていることを信じており、そのことに誇りを持っていたからだ。想像していた理想とは異なるが、それなりに叶っている。それがナギリが冒険者になることを考えなかった理由だった。


 ナギリの考えが変わったのは、十八歳になる前の仕事の時だった。

 その時ナギリは、いつもの様に暗殺の仕事を遂行していた。特に変わった様子も無く、暗殺対象を見つけ、人気のない場所に誘導し、騒ぎになる前に殺す。そして何事も無く、いつも通りに仕事は終わった。

 仕事を終えて町から出ようとしたとき、ナギリは暗殺対象の死を嘆く集団を発見した。その集団から話を聞くと、その人物は街の多くの人々に好かれており、支えとなっている人物だった。そして領主の圧政に抵抗する集団のリーダーであることを知った。


 彼らからの情報にナギリは困惑した。暗殺される者は悪人であり、生かしておけば多くの人々に被害を及ぼすから暗殺されることになるのだと教えられていたからだ。ナギリはその教えを信じて正義のために刀を振るってきた。だがその信条が揺らぐこととなってしまった。

 そのことを師に問い詰めると、「間違ってないぞ」と答えた。そして続けてこうも言った。「依頼主にとってはな」と。

 師の言葉の意味を、ナギリはすぐに理解した。つまりナギリが殺してきたのは、世間から悪人と評される人ではなく、依頼主にとっての悪人を殺してきたということだ。その中には多くの人々にとって善人と評されてる人も含まれていたということも。


 この日、ナギリの土台は崩れ落ちた。今まで殺して来たもののなかには悪人はいた。だが同時に善人も居たという事実に、ナギリは自身の行いを悔やんだ。今までやって来たことは人々を守るためではなく、人々から奪うためのものだったということに。


 その事実を知ってから、ナギリは調子を崩し始めた。仕事で失敗することが増え、体調を崩してベルク達に心配された。だけど相談することなんてできずに、悪夢を見る日々が続いた。今まで殺してきた人達が、ナギリに恨み言を言う夢だった。


 そんなナギリを見かねた兄のカリヤと妹のアヤメが言った。「家から出て、自由に暮らしてみたらどうだ」と。

 普段ならばその言葉に従わなかった。だが弱り切っていたナギリにとって、それは救いの言葉だった。

 ナギリは彼らの好意に甘え、家を出ることにした。そして家を出る準備をしている際に、ナギリは昔読んだ冒険者の本を見つけて決めた。


「そうだ、冒険者になろう」


 それからのナギリの日々は輝いていた。一緒にベルク達が冒険者になってくれたことも大きかった。彼らとの冒険の日々は新鮮で、毎日が楽しかった。時には困難な事態に直面することはあったが、皆で協力して解決することにもやりがいを見出していた。

 だからナギリは、心の底から言うことが出来た。冒険者になって良かったと。


 たとえ今から、この戦場で命を落としたとしても。




「そろそろ準備はよろしいでしょうか」


 戦場を見渡していると、後ろに控えていた武士が言った。戦場では多くの武士達が、自身よりも何十倍も大きなヤマグイに向かって槍や剣を振るっっていた。遠くからは弓矢や投石、大砲でも攻撃を続けている。ヤマグイが攻撃を受けていない時間が無いほどの集中攻撃だった。

 だがそれでも、ヤマグイは怯むことなく動き続ける。たまに脚に受けた衝撃で体勢を崩すことはあっても、すぐに立て直してまた動き出している。ダメージを与えれば与えるほど生贄になる数が少なくて済むと聞いている以上、攻撃を続けていることに意味はある。だが全く動きが鈍る様子が見えないことから本当なのかと疑ってしまうほどの頑丈さだった。


「うん。大丈夫。そろそろ行こうか」

「途中までご同行します」


 ナギリが馬に騎乗すると、背後から大きな法螺貝の音色が響く。その音を聞いた前方の武士達が左右に動いてカイトが進むための道を開ける。そしてナギリが彼らの間を進むと、皆を鼓舞するような声を上げた。


「アンドウ家のご登場だ!」

「皆よくやった。これで勝てるぞ!」

「アンドウ様、お願いします!」


 アンドウ家の人間が生贄だということを知っているのは、武士の中でもごく一部である。それ以外の者達は、アンドウ家にはヤマグイを撃退するための不思議な力を持っていると伝えられている。だから彼らは、何の疑念を持たずにナギリを応援している。ナギリは周りに気づかれないように笑みを浮かべた。

 最前線に出たナギリは、ヤマグイに向かって馬を走らせた。ヤマグイはまだナギリに気づいていない。自分の存在を気づかせるために、すれ違いざまにヤマグイの足を刀で斬りつけた。


「こっちだ、ヤマグイ!」


 ヤマグイがナギリに気づいて体の向きを変える。ナギリは軍から離れるように馬を走らせると、ヤマグイがその後をついてくる。ナギリはキョウラクから離れ、人目が付かない山の方に向かった。ヤマグイに喰われる姿を皆に見せるわけにはいかない。そのためにヤマグイと皆を引き離していた。事情を知っている指揮官が、配下の武士達に追いかけないように指示しているはずだ。ついて行ったら戦いの邪魔になるとか、最もらしい理由をつけて。


 ナギリは事前に指示された道から山を駆け上る。事前に整備されているお陰で走りやすい。ヤマグイも後ろから追ってきている姿が見えた。

 そして上り続けると、大きく切り開かれた広場のような場所に出た。周りには木が生えているだけであり、そこが指示された場所であった。ここなら誰にも見られることも無く、喰い殺されることが出来る。


 ナギリは馬から降りると、その場から馬を遠ざけた。戦うためでなく、死ぬためにここに来た。自分以外にこれ以上の命を散らす必要はない。

 間もなくしてヤマグイが広場に入って来る。真っすぐとナギリの方に向かって来ており、そのまま突撃する気だろう。その大きさに怖くなって逃げ出したくなった。だがここで逃げたら意味がない。ここで死なないと、代わりに家族が犠牲になるのだ。既に他のアンドウ家の人間も犠牲なっている。自分だけが逃げるわけにはいかなかった。


 ナギリは覚悟を決めてヤマグイを睨みつける。ヤマグイは何の迷いも無く進み続け、間もなくして衝撃が体に伝わる。だがその衝撃は思ったよりも小さく、しかもヤマグイにぶつかる前に、ヤマグイから逃げるように移動していた。

 一瞬、予想外の事態に混乱した。だが間もなくしてナギリの体が止まり、その衝撃の正体を知ってナギリは怒りを口にした。


「何でここに来たんだ?!」


 ナギリは獅子族のモンスターに乗った男に掴まれて、ヤマグイの突進を避けさせられていた。そのことを咎めると、モンスターに乗った二人が交互に言った。


「そんなの決まってんじゃん」


 ラトナは当たり前のように、


「助けに来たんだよ」


 ヴィックはぶっきらぼうな口調で答えた。


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