17.カイトの拒絶
翌朝、ナンラク町を出て馬車でキョウラクへと向かった。結局、ナンラク町ではカイトさんを見つけることはできず、ハルト達とも合流できなかった。
だが逆に言えば後はキョウラクだけとも言える。キョウラクに行けばカイトさんと必ず会えるし、ハルト達も必ず来るはずだ。そしてヤマグイもキョウラクへ向かっているとのことなので、そこで全ての決着がつく。今一度気合を入れ直して馬車を進ませた。
キョウラクまで続く街道は整備されており、広くて綺麗だった。途中に町こそ無いものの休憩所のような施設が所々に存在し、そこで休んでいる人も多かった。途中でキョウラクの方向から来た人と何度もすれ違った。逆に僕達と同じキョウラクに向かう人達は、前にも後ろにも見えなかった。おそらく近いうちにキョウラクにヤマグイが向かうからだろう。キョウラクから避難する人はいても、この時期に向かう人はそうそういない。
いくつかの休憩所を通り過ぎる度に、すれ違う人達も増えて来る。彼らはこのタイミングでキョウラクに向かう僕達を珍しそうな目で見ていた。だから休憩所の人達も、キョウラクに行く人達のことをよく覚えていた。
「ついさっきもねぇ、お偉い方々も向かっていったわ。アンドウ家の方らしいのよ」
少し大きめな休憩所だった。そこでカイトさんらしき人達が休んでいったそうだ。しかも数時間前ということは、もしかしたらナンラク町にいたのかもしれない。急げば今日にでも会えるか?
ラトナと話をした結果、馬車のペースは速くするが会うのは明日にすることになった。もし夜に遭遇したら土地勘のある相手の方が有利だ。万が一戦闘になったら、こちらが不利になる材料だ。僕達が十全に動ける昼に会うのが最適だというのがお互いの認識だった。
そして日が暮れた頃にキャンプをし、夜が明けて間もない時間に出発した。早めに出ればカイトさん達との距離と縮められると踏んでいた。カイトさんも僕達が追ってきているとは考えてもいないだろうから、昨日までと同じ速度で進んでいるはずだ。
その選択が正しかったのか、陽が真上まで昇る前、遠くにキョウラクの街が見える場所だった。
「あれだ」
僕達の前を進む馬車が一つだけあった。それはエルガルドの外でカイトさんが乗り込もうとしていた馬車と同じだった。
「どうするの?」
カレンが僕とラトナに訊ねる。僕達は一呼吸してから同時に言った。
「突っ込む」
僕は手綱を強く振って馬を走らせた。馬は加速して前の馬車との距離をぐんぐんと縮めていく。
そして間もなく後ろに着きそうになったところで、荷台から降りて来る人物がいた。
「何をしに来た! ヴィック、ラトナ!」
手綱を強く引いて馬を止める。馬は足をばたつかせてから止まり、ぶるぶると不機嫌そうな声を出す。急に走ったり止まらせたり、馬からすればたまったものじゃないだろう。
僕が手綱を離して御者台から降りると同時に、ラトナも馬車から降りていた。ラトナは馬に労いの言葉を掛けてから前に出る。僕もラトナについて行って、カイトさんとの距離と詰めた。
近くで見たカイトさんの顔は、少し苛ついているようだった。眉間に皺を寄せ、眼つきが険しい。先程の声も怒っているように聞こえた。
「連れ戻しに来たに決まってんじゃん」
「なぜそんな無意味なことをしに来たんだと言ってるんだ!」
近くに居るのに大声でカイトさんが言う。それほどまでに来てほしくなかったのか。しかもその怒りをラトナにぶつけている。カイトさんがこれほどまでに怒っている姿を見るのは初めてだった。
「俺は帰らない。手紙にも書いたし、ヴィックにも伝えた筈だ」
「知ってる。けど関係ない。あたしはカイっちとまた一緒に冒険したいし一緒に遊びたい。ベルるんやミラらんも同じだよ」
「俺はもう冒険者じゃない。それにもうすぐここにヤマグイが来る。危険だから早くエルガルドに帰るんだ」
「そのヤマグイもなんとかするよ。ね、ヴィッキー」
話を振ってきたラトナに対し、僕は「うん」と答えた。
「今回のヤマグイは邪結晶が関係しているかもしれない。だから僕もヤマグイの討伐に参加するよ。僕以外にも、少ないけど加勢してくれる人達がいる。皆僕より強い人だ。きっとヤマグイ討伐に役立つはずだ」
ギンやドーラはモンスターであるが、ヤマグイ討伐に対しては貴重な戦力だ。人間ではできない戦い方ができるという点から、ヤマグイ討伐にあたり役に立ってくれると踏んでいる。力を合わせればきっと討伐できるはずだ。
そのことを伝えようとした直前、「無駄だ」とカイトさんが否定する。
「何人集まっても関係ない。ヤマグイを撃退できるのは俺達アンドウ家の人間だけだ。それ以外の人間が集まっても意味がない」
意味の解らない反論だった。アンドウ家の人間しか倒せない? いったいどういう理屈だ。
「何を言ってるんですか。特定の人達しか倒せないって、そんなモンスターがいるわけないでしょ」
「君達は知らないだろうが、ヤマグイは代々アンドウ家の人間が退けてきた。それ以外の戦力は、俺達がヤマグイを撃退するまでの御膳立てをするために用意しているだけだ。そのための戦力は既に十分揃っている。だから君達は不要だ。帰れ」
「そ、そんなの納得できないよ!」
「そうだ。そんな一部の人間しか倒せないモンスターなんているはずがない」
僕もラトナに同意するように言った。強すぎたり特異な性質のモンスターが相手のときには、実力が足りてない者や対策できていない者を戦わせないことはある。だが特定の人物達しか倒せないというようなモンスターが居るなんて聞いたことが無いし考えられない。
「僕にはカイトさんが何らかの理由をつけて、僕達を遠ざけようにしようとしか思えない。少しくらい頼ってくれてもいいんじゃないですか」
「君に何ができるんだ、ヴィック」
カイトさんが僕をじっと睨んだ。
「何もかも諦めた君が、どうやって俺を助けられるというんだ」
「っ―――」
顔の熱が急激に上がる感覚がした。
「僕が好きで諦めたと思ってるのか! 仲間を捨てた君には、僕が自らの意志で諦めたように見えたのか!」
「もし諦めてなかったら、こんなところに来ていないだろ。今でも必死に彼女を追っていたはずだ」
「そ、それは―――……」
「あたし達のためだよ」
言葉が詰まった僕の代わりに、ラトナが答えた。
「ヴィッキーだってあたし達が解散することを望んでないの。だからあたしを助けに来てくれたの。友達のチームがこんな形で解散するなんて、誰だって嫌でしょ」
「自分のことより優先することか?」
「ヴィッキーはそういう人だよ。カイっちだってそうでしょ。あたし達のためにいつも頑張ってくれてたじゃん」
はたから見ても、カイトさんは仲間のために力を尽くしていた。誰よりも知識を蓄え、リーダーとして皆を引っ張り、仲間を支えてきた。あのチームの中心はカイトさんだった。そしておそらく、一番チームを解散したくないと思っていたのも……。
「もうその辺で良いじゃろ」
馬車から一人の老人が降りてきた。白髪で姿勢が良く、腰に刀を提げている細身の男性だ。カリヤさんと一緒にいた、トウジという名前のはずだ。
「この者達はお主を追ってここまで来たほどじゃ。ちょっとやそっとじゃ退くことは無いじゃろ。良い仲間じゃな」
「師匠……」
「さてしかし、儂らもナギリの身柄が必要じゃ。こやつがおらなければ多くの者達の命が失われる。儂らも譲る気は無い。故に―――」
トウジさんがゆっくりと刀を抜いた。鍔のない、綺麗な銀色の刀身が輝いている。武器に詳しくない僕でも、それが名刀だということは肌で感じた。
「斬り伏せるしかなさそうじゃのう」
冷たい殺気が全身を刺す。これほどまでの殺気は今まで感じたことが無い。いつの間にか手が汗で濡れていた。
戦ったら負ける。戦う前から確信に近い直感を得ていた。
「ま、待ってください。僕達は争いに来たわけじゃ―――」
「お主達がナギリを連れ戻そうとする以上、この流れは避けられないことじゃ。儂らとてナギリを渡すわけにはいかんからのぉ」
「師匠、仲間にはもうこれ以上手を出さない約束でしたよね」
「安心せい。殺しはしない」
トウジさんが一歩踏み込む。戦うことは避けられないか。覚悟を決めるしかないのか。アランさん達並みの腕前を持つこの人と。
手だけじゃなく、全身からも汗が出ていた。ラトナもトウジさんの強さを肌で感じたのか、表情が強張っている。トウジさん並みの実力者が味方に居れば話は別だが、僕とラトナとカレンだけじゃ太刀打ちできない。
一旦退くことを考えていたそのとき、遠くの方から大きな物が倒れる音が聞こえた。その音にカイトさん達が視線を向けるのを見て、僕達も音がした方を見た。
街道から大きく離れた場所に広い森があった。音はそこから聞こえてきて、今も似たような音が聞こえ続ける。木々が大きく揺れており、何本かが倒れるような動きを見せていた。
間もなくして、音を立ててた元凶らしき生物が森から出てきた。大きくて、全身が真っ黒で、六本足で蜘蛛のような形をした生物で、真っ赤な眼がいくつも付いている。
「っ―――」
それを見て僕は、邪龍に遭遇した時のことを思い出していた。
「来おったのぉ、ヤマグイめ」
これはモンスターじゃない、と。




