15.人攫い
意識を取り戻しても、辺りは真っ暗だった。一瞬まだ意識が戻っていないのかと思って体を動かそうとしたが、手足が自由に動かせず、縄で縛られているせいだと気づいて現実であることを理解した。そして周りを見ると僕が幌付きの馬車に居て、僕以外にも数人いることが分かった。荷台の後ろの方で手足を自由に出来ている男が一人、御者台に二人、そして僕と同じように手足を縛られているのが四人いて、そのうちの一人がカレンだった。
僕が意識を取り戻したことに気づいたのか、荷台で唯一動ける男が僕に視線を向ける。そいつは僕をじっと見た後、すぐにまた荷台全体を見渡すように視線を戻した。僕よりやや大きい体つきで武具を身につけていた。
外を見ると真っ暗で夜だと分かった。荷台には明かりが前方と後方の一つずつしかないうえに灯りが弱いため薄暗い。隣と灯りに近い人物の顔くらいしか視認できなかった。
「……ここはどこなんだ。この馬車はどこに向かっている」
荷台に居た男に訊ねた。男は僕に視線を向けると「さぁな」と素っ気なく答えた。
「俺達は一般的な街道から外れた道を移動している。だから今走ってるここがどの地域に属しているから知らない。行先がキョウラクだということは言えるがな」
「そんな道を夜中に走ってるのか」
「真昼間に走ってたら人目に付くからな」
「何の目的で僕達を攫った?」
「売るためだよ」
男ははっきりと答えた。自分のやってることがあたかも普通のことのように。
「お前達、ヤマビの人間じゃないだろ。そういう奴らは金持ちに売れるんだよ。俺達と違って目や髪の色が違うから物珍しさにな。俺達はそいつらを調達して売りさばいている、一種の商人みたいなもんだ」
人攫いが一端に商人を名乗るな、と言いたくなったがここで挑発して怒らせても損しかない。僕は言葉を吞み込んでから冷静にまた周囲を見渡した。
荷台で見張りをしている男は簡易な防具を身につけ、腰に刀を提げている。御者台には二人の男がいて、一人は坊主頭で僕と同じような体格で、見張りの男と同じような装備を身につけている。もう一人は見覚えがあり、クラ町で僕達に声を掛けた青年だった。馬車の後ろにはもう一台別の馬車が走っている。そっちの荷台には幌が付いておらず、荷台には荷物ばかりが載っており、御者台には一人しかいなかった。
そして僕の前に同じように縛られているカレンは小さく縮こまっている。寝ているのか、寝ているふりをしているのか、全く動いていない。攫われた他の三人のうち一人は僕の隣に座っている。僕よりも少し若そうな青年で目に生気が無い。カレンの隣に座る女性も同じような顔つきだった。そして荷台の前の方に座っているのは黒髪の女性だ。体を丸めているせいか顔は見えない。彼女も体が動いていないため寝ているのかもしれない。
「いつまで走り続けるんだ? 休憩は無いのか」
「さっき言ったが昼間は目につくからその間は適当なところで止まる。用を足す以外はほとんど走りっぱなしだ」
つまり人攫い達の監視が緩むのは昼。それまでは大人しくした方が良さそうだ。
僕は座り直す動きをしながら手を縛る縄の縛り具合を確かめる。
「モンスターの中には道具を使ってくる奴もいる。棒とか石とかで攻撃してきたり、捕らえた獲物を縛ったりな。その時のための練習だ」
こんな技を使う機会なんてあるのか、そう思いながら過ごしたアリスさんとの修行の日々を思い出していた。
一夜を過ごして陽が上り、また陽が沈んだ。昼間は馬車は人目がつかない場所で止まり、人攫いが交互に見張りを交代して休んでいた。監視の目が緩んでいたので、その間に縄を緩めて手を自由に動かせるようにした。足を縛っている縄は、結び目を見たところ簡単に解けるものだと分かったので素早く解けそうだった。
夜になると再び整備されていない道を進み出す。相変わらず道は荒れており、ガタガタと馬車が揺れる。昨夜と同じように、僕達を乗せた馬車が前で御者台に二人で見張りに一人、後ろの荷物を積んだ馬車には御者台に一人乗っていた。
馬車が森の中を進む。より一層人目がつきにくくなる場所だ。動くならこのタイミングだ。
僕は馬車が大きく揺れたときに乗じて左手で馬車の床を叩く。音に紛れたことと僕の体が死角になっていたことで、見張りは僕の動きに気づかない。だが僕の前に座っているカレンは気付き、伏せていた顔を上げていた。僕は見張りに気づかれないよにハンドサインを送る。マイルスにいた時から使っていたサインで、サインの内容はカレンにも教えていた。
「一人引きつけて」
サインで指示を出すとカレンは小さく頷いた。
「あ、あの……」
カレンが見張りに声を掛ける。「なんだ」と見張りが訊ねた。
「と、トイレに……」
そう言うと見張りは御者台の仲間に声を掛ける。すると馬車がゆっくりと減速してから止まる。御者台の一人が降りてきてカレンの足の縄を解くと、荷台から降りてカレンと一緒に茂みの中に入っていった。
そして森の方から、大きな茂みを揺らす音が聞こえた。音に気が取られたのか、見張りが森の方に視線を向ける。その隙に僕は手早く縄を解いた。
「―――っ!」
僕が動いたことに見張りが気づく。だが先に動き出した僕の方が早く、見張りが刀を抜く前に殴り倒した。不意打ちだったこともあり、見張りは碌に受け身を取れず、馬車から頭から落ちていた。上手くいってれば気絶、悪くても脳震盪は起こしているはずだ。すぐには動けない。
「お前!」
「何を―――」
御者台にいた坊主頭と後ろの馬車にいた仲間が迫ってくる。僕は馬車から降りて見張りの刀を抜き、それを後ろから来た男に投擲する。投擲した刀に男は驚いて大きく避ける。その隙に一気に距離を詰めて顔面を殴りつけ、続けて胴体を蹴り飛ばして距離を取った。
男と距離が離れたタイミングで坊主頭が間近まで接近し、大きく刀を振り下ろす。その軌道は読みやすく避けやすい。回避した後すぐに距離を詰めて腹部を殴打する。殴打で動きを止めた瞬間に刀を持った腕を取り、背負い投げで地面に叩きつける。痛みで悶絶する坊主頭の顔面を殴りつけると、頭を強打した坊主頭は白目を向いて気絶した。蹴飛ばした男がまた来ることを予想して備えたが、そいつは地面に仰向けで倒れている。おそらく転倒した際に後頭部をぶつけて気を失ったのだろう。
後はカレンを連れていった男だけ。だがカレンなら僕の行動を想定して、男から逃げ出してくれるているだろう。
僕は男が馬車に戻ってくることを想定して、坊主頭の刀を手に取った。その瞬間、茂みの方から音が聞こえた。
「動かないでね」
僕達を攫った青年が、カレンの頭に銃口を突きつけながら茂みから出てきた。カレンの体に土や葉っぱやらが付いている。逃げ出そうとしたが捕まったのか。
「こんなこともあろうと持ってて良かったよ。良い脅しになるね」
青年の指が引き金にかかっている。迂闊に動けばすぐに引き金を引かれるだろう。カレンの顔が恐怖で引き攣っていた。力はあってもカレンは僕よりも年下だ。こういう修羅場に慣れていない。
「さぁその刀を置いて膝を着くんだ。仲間の命が惜しいのならな」
僕は一息吐いた後、刀を持った右手を前に出して地面に置こうとする。青年はずっと僕の動きに注目している。僕の動きさえ封じればなんとかなると思ってるのだろう。僕の仲間が一人しかいない、他に攫った人達が縄で縛られていると思っているのなら至極当然の判断だ。
だからこそ、僕は行動に移すことができたのだ。
「それ、返してよね」
青年の後ろに黒髪の女性がいた。彼女は青年の銃を持つ手を払い落とすと、すぐさま顔面を殴りつける。
「はがっ?!」
青年の体がよろける。その隙に僕は接近して青年の顔面に向かって渾身の力で拳を振るう。まともに拳を受けた青年は殴り飛ばされて地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
辺りを見渡して状況を確認する。動ける敵は誰もいない。それを確認すると一息吐いた。
「やっぱりその銃、君のだったんだ」
「覚えてたんだ。うれしー」
「そりゃそうだよ。一年以上、一緒にあの修行を受けた仲なんだからね」
髪を黒色に染めたラトナがにかっと笑った。




