14.情報の使い方
ナギリ・アンドウ。それはカイトさんのもう一つの名前、いや、本当の名前だ。カイト・ジンドーという名前の方が、本名を隠すために使っていた仮の名前である。
カイトさんの本名がナギリだということを知っているのは、おそらくだが一部の人間、故郷に居たときの知り合いだろう。その名前で探しているということは、二人は昔のカイトさんのことを知っているのか? いや、二人はカイトさんの顔を知らないと言っている。ということは会ったことが無いということだ。
ではなぜ二人はカイトさんを探しているのか。同じようにカイトさんを探す僕達と協力できるのか。
……判断材料が少なくて決断ができない。少し探ってみることにしよう。
「そのナギリさんを何で探してるの? 知り合いなの?」
「見たことも聞いたことも無い。だがそいつを探してる奴が居て、見つけて欲しいと頼まれた。俺達は邪龍体討伐のついでにその依頼を受けたということだ」
「誰に頼まれたの?」
「それは言えない。そういう約束だからな」
「依頼主は見つけて何をするつもりなの?」
「それも言えないな」
ギンは依頼についての情報を全く出さない。想像通り、こういう約束事はキッチリと守る性格の様だ。
「言えることは、そいつは強い護衛を少なくとも二人は引き連れているということだけだ。道中にそういう奴らと出くわさなかったか? お前らもそれなりに腕が立つのだから、見ただけで自分よりも実力が上か下かくらいは、おおよその判断はできるだろ」
それくらいはできるだろ、と言っているように聞こえてしまい、得意でもないのに「まあ一応」と答えていた。上か下かの大雑把な判断はできるが、自分とどれだけ実力差があるのかを見極めるのは苦手だった。
「ここに来るまでには見なかったですね」
「そうか。そいつらもキョウラクに向かっていると聞いたのだが……どこかですれ違ったか」
ギンが難しい顔をして考え込む。この調子だとあまり情報を引き出せそうにない。もう少し踏み込んでみるか、それとも先に僕達の情報を出してみるか……。
どうすべきかと考えながらハルトに視線を送る。ハルトは目が合うとすぐに視線を逸らした。様子を見た方が良い、そう言っているように思えた。
深追いはせずに徐々に情報を集めよう。そう判断したときに「で、知ってるのか?」とドーラが訊ねてきた。
「貴様らはナギリを見たことあるのか?」
現状維持が僕の出した答えだった。まだ彼らに協力するか否かを判断するのは後回しにし、じっくり考えてから決めようと思っていた。だからこの場では当たり障りのない答えを出してやり過ごす気だった。
だからこそ、この質問の答えは重要だ。もし二人が僕達の目的と相反する依頼を受けていた場合、正直に答えたら僕達の目的の達成が難しくなる。逆に嘘を言えば、嘘が露呈したその瞬間に敵対関係となる可能性がある。
どちらが正解かと悩んでいたが、一番の問題は今のように迷っている時間だった。
「どうした? 簡単な質問だぞ。そんなに悩むことか」
長時間考えこんだら怪しまれる。そう気づいた瞬間に「いえ」と答えていた。
「見たことないです。聞いたことも、無いです」
咄嗟に嘘を言った。まだドーラ達のことを信頼しきれていない。そう思ったからこその答えだった。大きなリスクを孕んだ答えを口にした。
ドーラは僕をじっと見つめる。僕を観察するような目つきだ。ばれたか? 怪しまれたか?
数秒間僕を見続けた後、「そうか」と言った。
「なら良い。吾輩はもう寝る。腹もいっぱいだしな」
そう言ってドーラは僕達の馬車の荷台に乗って寝転んだ。嘘がばれたのか否か、その答えは分からずじまいだった。
だがドーラは僕の言葉を信じ切っていない。それくらいは僕にでも分かった。
次の町であるクラ町には翌日の夕方頃に着いた。そこで宿をとった後、僕達は二手に分かれてラトナを探した。ラトナが先に入国した仲間であることと、彼女ならナギリのことを知っているかもしれないということを伝えると二人は協力してくれた。
組み分けは僕とカレン、ドーラとギンとハルトで分けた。ギンはドーラの監視役を兼ねているから離れられない。そして二人はカイトさんとラトナを知らないのでハルトが付くことになった。最初は僕が二人と一緒に行くことも考えたが、カレンがまだハルトに打ち解けていないと思ったので僕と組むことになった。
「本当のことを話さなくて良かったんですか?」
何人かにラトナのことを訊ねた後、カレンが言った。
「本当のことって?」
「カイトさんのことです。ドーラさんとギンさんに」
昨夜のことを言ってるのだと察した。あのときカイトさんのことを知ってると言った方が良かったというのがカレンの意見の様だ。
「あの二人の目的が分からないからね。相手の狙いが分からないうちにこっちの情報を渡すのは良くない」
それにあの二人は元々人間と敵対しているモンスターだ。ドーラはルベイガンと呼ばれる獅子族のモンスターでヒトを好物としている。ギンは鬼人族で、邪龍を倒すためとはいえ人間を捕まえて食べようとしていた。今は協力しているが、あまり関わりたくない相手だ。
「後で敵対するかもしれない相手だ。だからできる限り情報を出さないで優位性を保ちたい。その間はあいつらも僕達に手を出さないはずだ」
ハルトとカレンも腕の立つ冒険者だが、ドーラとギンには及ばない。もし戦うことになったら負けてしまうことは容易に想像できる。そうならないためにも情報で優位に立ち、相手に手を出させないようにする必要がある。
だから昨日嘘を吐いたことは間違いではない。そう思いたかった。
あれは決してミスではない、と。
「けどあの二人はそんなこと考えてないと思うな。初めて会った私達にも自分達のことを教えてくれたし、依頼で探してるってのも依頼主が身元とか目的を隠すことだってよくあるから……」
『英雄の道』には、たまに身元や理由を明かさない依頼が来ることはある。カレンは僕よりも長くクランに居たからそういう依頼に慣れているのだろう。
「けどここはフローレイではない。僕達が生まれ育った国じゃないんだ。困ったら助けてくれる人は少ない。あの二人が味方になる可能性はあるが、助けが期待できない場所では慎重すぎるくらいに動くくらいがちょうどいい」
「……そっか。ヤマビだと事情が違うかもしれないのか」
カレンが納得したかのように頷いた。実際のところ、二人の依頼主がなぜ情報を出させないようにしているのか、そしてよりによってモンスターであるあの二人に依頼した理由は分からない。だが自国の人間ではなくモンスターに依頼をしたという時点で、後ろ暗い理由があるのかもしれないという推測はできた。
だがまだ情報が少なくて断定できない。合流したらもっと二人から情報を引き出してそれから判断しよう。
「ラトナという人をお探しですか?」
突如、道端で声を掛けられた。目の前にはやや細い体つきの青年が立っていた。黒髪黒目で見るからにこの国の人間だと分かる姿だった。
「知っているのですか?」
この国に来て初めてラトナの名前を聞けた。そのせいか僕の声は少し大きくなった。
「え、えぇ。実はうちの宿に泊まっている方と同じ名前でしたので、もしかしたらお知り合いかなと」
「その人は茶髪で、派手な見た目をしてる女性ですか?」
「えぇ、その通りです」
当たりだ。僕は思わず青年に詰め寄っていた。
「会わせてください。どこの宿ですか?」
「落ち着いてください。案内しますから、こちらです」
そう言って青年が歩き出す。僕はすぐについて行き、カレンも僕の後ろにピタリと着いていた。
青年は時々僕達の方を向いて話しかけながら町の端の方へと進み続ける。徐々に道行く人の数が少なくなり道も狭くなってきた。
こんなところに宿なんかあるのか。そう思っていると青年はさらに狭く薄暗い道へと進んでいく。どの町でもこういう場所はあるんだなと思いつつ警戒心を強めた。
「どうしましたか?」
青年との距離が空いたのを察したのか、青年が足を止めた。先程までは優しそうな印象を持てた表情が、今では薄気味悪く感じた。
「いえ、ちょっと道が狭くて歩き辛いだけです」
「そういう場所ですからね。だからここには人があまり来ないんですよ。お陰で商売がやり易いんです」
「やり易い?」
言い間違えたのかと思ったが、青年は表情を変えずに「はい」と言う。
「だってここなら、多少騒いでも誰も来ないじゃないですか」
直後、頭から鈍い音が響いた。




