13.探し人
「まさかヤマビで会うとは思わなかったな」
ドーラは自分で持ち込んできた肉を焚火で焼いた後、それにかぶりついた。今は人間の姿をしており、服装もヤマビの人が着ているような布製の衣類を身につけている。だが動きやすいように気崩しているうえに真っ赤な髪色のため、とてもヤマビの人間には見えない格好だった。
一方、その隣に座るギンは頭の二本の角こそあるものの、それ以外はヤマビの人間と遜色のない見た目だ。衣服もヤマビの者と似ているため、黒髪黒目のため角が無ければヤマビの人間と言われても信じてしまいそうだった。
山道で遭遇した後、ドーラ達は武士達に同行するため一旦分かれた。その後日が暮れて野宿しようとしたときに、モンスターの姿をしたドーラとギンが僕達の所に来て合流した。合流しに来た理由を聞こうとしたのだが、ちょうど食事の準備をしていたため先に夕食をとることになった。
「どうしたギン、さっさと食え。久々の肉だぞ。いらないのなら吾輩が喰う」
「食べるに決まっている。お前が速いだけだ。がっつきすぎなんだよ」
「早く食わねぇと取られるからな」
「ここにはお前の分まで食う意地汚い奴はいない。分かったら落ち着いて食え」
「そうか。だが食う。頂くぞ」
「お前……。俺がじっくりと焼いていたのを……」
「言っただろ。早く食わねぇと取られちまうってな」
「……後で覚えておけ」
ギンはドーラを睨んでから、串に刺してある肉を焚火周りの地面に刺す。細かな位置調整をした後、「よし」と呟いて火元から少し離れた。イメージ通り、完璧主義な性格の様だ。
僕は焚火周りで自分達で用意した食事をとりつつ、二人の様子を観察した。ドーラとギンは焚火を挟んだ僕の反対側にいる。ハルトはドーラの、カレンはギンの隣に座り、焚火を囲むように円の形で座っている。カレンは僕の右に、ハルトは僕の左に居た。
「お主達はなぜ武士達に協力しておるのだ?」
食事をしながらハルトが聞いた。モンスターと人が協力することは無い。疑問に思うのは当然だった。
「邪結晶の捜索のためだ。7つの邪結晶の内の一つがヤマビにある。まだ見つかっていないからそれを探すために、武士達と協力している」
「吾輩達は邪龍を間近で見ている。邪龍体が居たらすぐに見分けがつくから、ヤマビは吾輩達と協力せざるを得ない。奴らには邪龍と遭遇した奴がいないからな」
邪龍体の判別方法は、見た目以外では邪龍独特の空気を感じ取ることだけだ。それは実際に邪龍と対面した者でしか感じ取れない。この二人ならば条件に合致している。
「けど二人はモンスターです。よくモンスターをヤマビの人は快く迎えましたね」
「鬼人族とヤマビは昔から共存していた。俺の村はフローレイにあるが、ヤマビの鬼人族は今でもヤマビとの交流がある。同じ鬼人族だから問題無いと思われているのだろう。こいつは俺が一緒にいるという条件の下で同行を許可されている」
「そのお陰で非常に窮屈だ。貴様からも言ってくれんか。少しは吾輩を自由にさせてくれって」
「ははは……」
愛想笑いでその場をやり過ごす。獅子族は人に多くの被害を与えてきたモンスターで人肉を好む。ドーラは比較的安全な部類だが、それでも警戒するに越したことは無い。監視役としてギンを置くのは真っ当な判断だと思う。
それにしても、こんなところで二人と会うとは僕も思わなかった。ギンは鬼人で、ドーラは獅子族でモンスターだ。鬼人はヤマビの人間と共存していたらしいが、僕の周囲ではモンスターと友好的な人物はいない。マイルスではエンブのレンとよく一緒に居たが、あれは例外中の例外だと思う。だから話が通じる相手とはいえ、こんな風に一緒に卓を囲むことなんて想像だにしなかった。
奇妙な空間での食事を続けていると、「そういうお前達は」とギンが僕の方を向く。
「何でここにいるんだ。ヤマビの邪結晶はヤマビに任せられている。わざわざお前達が来る必要はないはずだ」
カイトさんを探しに来たと言いたいが、カイトさんの身元はあまり話したくない。暗殺とかアンドウの名前とか、そういうのは広めない方が良いと思った。
ではどう説明しようかと考えているとハルトが代わりに答えてくれた。
「ヤマグイを退治しに来た。拙者はエルガルドの冒険者だがヤマビの人間である。故郷のために力を尽くすのは当然のことだ」
「貴様ヤマビの人間だったのか?」
ドーラの疑問にハルトが頷く。この数日で何度目になるであろうやり取りだった。それほどまでに、ハルトがヤマビ出身であることが意外なのであろう。
するとドーラは少し考え込んだ後、「ということは」と言う。
「貴様はアケボノ町の者か」
「……なぜ知っている?」
ハルトの疑問にドーラがふふんと鼻を鳴らす。
「吾輩は様々な町に行ったことがある。当然いろんな町の事情に詳しい。アケボノ町で起こった事も当然知っておる」
そういえば以前、ドーラは人の町に行ったことがあると言っていた。人の姿になれるからこそできることだ。その際に色んな情報を得ており、そこからハルトの素性を当てたのだろう。
しかしハルトがヤマビ出身だという情報だけで、どうしてアケボノ町に住んでたことを当てたのだろうか。
その疑問を口にする前に、ドーラが僕達を見て答えてくれた。
「アケボノ町はヤマビの北海岸にある町だ。昔そこに外国からの船が漂流してきて、アケボノ町の者達に助けられておる。そして本国からの救助隊が来るまでの一年間、ずっとアケボノ町に住み、そこで生活をしていた。救助隊と一緒に帰る者が多かったが、アケボノ町に残って根を張る者もいた。外国の人間を受け入れた町はアケボノ町しかないから、こいつはその子孫だと思った。簡単な推理だな」
「その通りだ。拙者はアケボノ町で生まれ育った。他の町では外国人に対して排他的だ。拙者も他の町に行ったときに冷たくされたことがある。だがアケボノ町の者達は拙者達に親切にしてくれたのだ。その恩を返したい。そのために戻ってきた」
故郷のためとはいえ、危険を冒してまでヤマビに戻ってきたのはそれほどの想いがあったからか。僕はハルトの男っぷりに内心感動していた。同じようにギンも嬉しそうにうんうんと頷いていた。ギンも故郷のために邪龍に立ち向かっている。共感するところがあったのだろう。
「なかなか見所のある男だな。たしかハルトと言ったな。俺の名はギンだ。改めてよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしく頼む。共にヤマグイを打ち倒そう」
「それは難しいな」
二人に水を差すような言葉をドーラが言う。
「難しいとはどういうことだ。此度はヤマビの武士達に加え、冒険者やお主達がおる。それでも確実に倒せるとは言わないが、勝算はあるはずだ」
「その程度で倒せる相手なら、ヤマビが長年苦しめられてはいない。対モンスターとの経験が乏しくても、対人戦闘では一級品の猛者が揃ってるのがヤマビだ。前回は運良く退かせたが、あんな幸運はもう二度と起こらないからな」
「運良くって、前回はどうやって倒したの?」
ドーラに訊ねたが、ハルトが「将軍家のお陰だ」と遮る。
「過去一の戦力を揃えた将軍家が、ヤマグイを早期に発見して打ち倒している。その結果、被害は過去で最も少なくなった」
「違うな。それは将軍家が民衆を納得させるために広めた偽情報だ。あいつらはヤマグイを倒していない」
「では嘘だと言いたいのか!」
ハルトがドーラに怒りを向ける。自分が仕えている国の長が嘘を吐いていたと言われたのだ。怒るのも無理はない。
ドーラはハルトの凄味にひるまず、「半分はな」と答えた。
「被害が過去で一番少なかったのは本当だ。だが倒したのは武士達じゃない。モンスターだ。そいつと戦ったことによってヤマグイは退いた」
「モンスターだと? いったい何を根拠にそんなことを言うのだ。そもそもヤマグイに勝てるモンスターなどいない。いたとしても邪龍か……」
ハルトが突然言葉を止める。そして何か思い当たることがあるのか、ハッとした表情を見せた。
「シグラバミ。十三年前、大陸を横断して多くの町を破壊したモンスターだ。ちょうどヤマグイが出現する時期にシグラバミも発見されている」
名前だけは聞いたことがある。多くの人々を葬り、多くの町を破壊した巨大な蛇のモンスターだ。ドーラはそいつがヤマグイを倒したと言っていた。
「シグラバミとヤマグイの進行経路が一致し、その一致した場所からヤマグイの形跡がない。シグラバミがヤマグイを倒したと考えるのが妥当だ。それを察した将軍家は自分達の手柄にして発表したのだろう」
「……それだけで判断できないだろ」
「そうだな。もしかしたらシグラバミと遭遇する前に倒してるかもしれんし、シグラバミと戦闘もせずに通り去ったのかもしれない。だが二体が戦った形跡があったことを吾輩は知っておる。吾輩の答えが一番妥当だと思うがな」
ハルトは悔しそうな表情をして顔を伏せる。自国の発表が嘘の可能性がある。そのことに少なからずショックを受けているのだ。裏切られたかもしれないという疑念は、心を痛みつける。
「別に悪いことではない。自国民を安心させるためには嘘も必要だ。ヤマグイが退いたことは事実なのだから、その事実をどう使おうがお前達の自由だ」
ギンがハルトを気遣うような発言をする。敵には厳しいが仲間と認めた相手には甘い性格のようだ。さっきのやり取りで仲間意識を持っているみたいだ。
「ドーラ、俺達がこいつらと合流したのはそんなことを突きつけるためではない。そろそろ本題に入ったらどうだ」
「それもそうだな。吾輩もそろそろ寝たい。早く済ませておこう」
ギンとドーラが僕達を見る。やはりただ世間話をしに来たわけでは無さそうだ。
「吾輩達は人探しをしておる。そいつはつい最近、ヤマビに戻ってきたという話だ。そいつに会うためにこの辺の武士達に協力していた」
「俺達はそいつの顔を知らない。だがそいつはエルガルドで冒険者をしていたと聞き、お前達なら知っていると思った。同じ街なら会ったことがあるかもしれないからな」
「……誰を探しているの?」
二人の言葉だけでも心当たりはあった。だがもしかしたら人違いかもしれない、そう思って二人に訊ねた。
「ナギリ・アンドウ。アンドウ家の人間だ」




