8.大好きなチーム
「ベルク! ベルクぅううう……」
最初に病室に入ったときから、ミラさんはずっと泣いていた。カイトさんを探しに行って解毒剤を持って帰ってきた後も泣いていた。そして解毒剤をベルクに投与した後も泣いている。だが今の涙は悲哀のそれではなく、安堵したが故の涙だった。
ベルクに解毒剤を入れてしばらくした後、ベルクの顔色が良くなって生気が戻り、首回りにできていた紫色の斑点も消え、呼吸もゆっくりしている。素人目で見ても症状が良くなったことが分かった。
「あれほどの症状から急に回復するとは信じられないな。いったいどこで手に入れた解毒剤なんだ。良ければ教えてくれないか」
「いろんな地を渡り歩いている薬師から手に入れたんです。つい最近知り合った人で、今回の症状を伝えたら解毒剤をくれたんです。どこで入手したのかは後で本人に聞いておきます」
医者の質問に、カイトさんはすらすらと嘘を吐いて答える。予め想定していたかのように自然な話し方だった。
「フィネ、呼びに来てくれて感謝してるよ。君が呼んでくれなかったら、このことを知ることすらできなかったかもしれない」
「いえいえ! 冒険者をサポートするのが私の仕事ですから。それに同じマイルス出身なんですから、協力し合わないと!」
フィネの表情に明るさが戻っている。先程までベルクの容態が心配だったから浮かない顔をしていたが、回復したことに安心したようだった。
「ラトナもありがとう。ミラとベルクの傍に居てくれて助かったよ」
「こんな状態の二人を置いて行けないからねー。当然当然」
ラトナもいつものように明るく振る舞っている。医学に通じているだけあって、今のベルクの容態をよく理解しているからだろう。この状態ならもう大丈夫だろう、と。
「だが念のため、数日は入院して経過観察しよう。まだ彼も目覚めていないようだしな」
「分かりました。じゃあベルクの着替えを用意しましょう。ヴィック、手伝ってくれる?」
たかが着替えを取りに行くのに人手はそれほど必要ない。そのことをカイトさんも分かっていて、それを踏まえて僕を誘っているのだ。
僕はカイトさんの意図を読み取って「うん」と頷いた。
「俺はヤマビの人間なんだ」
病院から遠く離れた所で、カイトさんが口を開いた。
病院を出て人通りの多い道を進んでいた。周囲は騒がしく、いろんな方向から声が聞こえてきている。集中しないと話を聞き逃してしまうほどだ。だからこそ、人に聞かれたくない話をするのには適していたのかもしれない。
「生まれと育ちはずっとこの国だ。けど親族は皆ヤマビの人間で、何度もヤマビにも訪れた。子供の頃もヤマビの歴史やしきたり、武術も教え込まれた。だから俺は、物心ついた頃からずっとこの国の人間じゃないことを自覚していた」
ヤマビはフローレイ王国の北にある国だ。独自の文化で発展した国であるが、他国との交流が少ないためヤマビに精通している者は多くなかった。
「俺の家系はヤマビでも特殊な地位にあり、この国にいるのもそれが理由だ。今回の毒のこと知っていたのも、家業でよく使う機会があるからだ」
「よく使うって……どんな家業なの?」
「暗殺だ」
思わず足を止めてしまった。カイトさんは二三歩進んでから止まって僕の方を見た。「止まってたら通行の邪魔になるよ」と言われ、僕は慌てて再び歩き出す。
「あ、暗殺って……本当に?」
「本当だよ。俺の家系は代々暗殺者としてヤマビに仕えていた。表向きはただの外交官だけど、裏では数々の要人や邪魔者を消して来た一族だ。あの毒も一族が使っていたもので、解毒剤も一族しか持っていない。だからカリヤ兄さんの仕業だと分かった」
カイトさんは淡々と自分のことを話していた。その内容は今までのカイトさんのイメージとはかけ離れているもので、あまり現実味が無い。しかしさっきの出来事を目の当たりにしたことから、嘘を言っているようには思えなかった。
「カイトさんもその、やってたの? その……暗殺を?」
「やってたって言ったら?」
カイトさんは前を向いたまま、僕の方を見ずに言った。真顔で言ったその言葉が少し怖くて沈黙してしまった。
なんて答えればいいのかと考えていると、カイトさんがフッと軽く笑った。
「そんなに怖がらないでよ。大丈夫。僕はまだしたことないよ。暗殺業を始めるのは十八歳を超えてからって決められてるんだ。俺はその前に家を出たから」
「そ、そうなんだ」
僕は安心してホッと息を吐いた。僕も仕事柄いざこざが多いが、殺人は一線を越えた行為だ。カイトさんにはそういうことに関わって欲しくは無かった。
「ただ、あの二人は今回を機に連れ戻すつもりだろうね。ヤマグイが出現した理由は不明だけど、呼び戻すにはちょうどいい理由だ」
「そのヤマグイってなんなの?」
「長年ヤマビを苦しませてきたモンスターだよ。ヤマビにしか出現しないからこの国では知名度は低いけど、その脅威は邪龍に匹敵すると思ってる」
「じゃ、邪龍に?」
見たこともなければ名前を聞いたことすらもないモンスターだから、ヤマグイのことは一切知らない。だがカイトさんは憶測でいい加減なことは言わない。それほどのモンスターが相手なら、人手はいくらあっても足りないだろう。毒を使ってまでカイトさんを連れ戻そうとした理由が分かった気がする。
「俺はこの国で冒険者としての経験をそれなりに積んできた。だから兄さんは俺を戦力として呼び戻そうとしている。家族のためなら戻って来るだろうって算段なんだろうな。そのために師匠まで連れてきたんだから、少し焦ったよ」
「師匠って、あの白髪のおじいさん?」
「うん。俺の師匠でトウジって名前だよ。ヤマビで最強の侍で、まともに敵対したら瞬きする間に胴体が真っ二つになるだろうね」
ヤマビでは兵士のことを侍や武士と呼んでいる。つまりあの人はフローレイ王国で言うところのアランさんと同等の実力者だということだ。
それほどの人がカイトさんを連れ戻そうとしていた。その事実にカリヤさんの本気度が窺えた。
だから僕は、聞かなきゃいけないと思った。
「……カイトさんは、ヤマビに行く気なんですか?」
カイトさんを連れ戻そうとしている。それを知ったときから聞くべきことだと思っていた。ベルク達がいない今、僕が聞くしかなかった。
仲間のためにこの街に留まるのか、家族のために戻るのか。どちらを選んでも可笑しくは無い。だが僕は、ヤマビに戻らずにこの街に居て欲しかった。
僕がウィストと離れたように、ベルク達がカイトさんと離れてしまう。僕と同じ想いをして欲しくなかった。
カイトさんは少し間を置いてから、「心配しなくていいよ」と答えた。
「俺は行かない。この街に残るよ」
それを聞いて、僕はまた安堵の息を吐いた。
「確かに家族は大事だ。だがヤマビに戻ってしまったら、ヤマグイを退けてもこっちに帰って来れる保証はない。俺はもう十八を超えてるから、そのまま家業につくことになる。それは避けたい。あとヤマグイは確かに脅威だが、今まででも何とか対処できていた。俺一人行かなくても何とかなるよ」
「そ、そっか。そうだよね。カイトさんがベルク達を置いて行くわけないよね」
「当たり前だよ。それにあのチームには俺がいなきゃいけないし、俺もあのチームを必要としている。誰一人欠けちゃいけないんだ。リーダーである俺が真っ先に抜けるなんてできないよ」
カイトさんは仲間想いで、チームの皆のことが好きで、皆もカイトさんのことを好んでいる。あのチームは僕が知るなかで最高のチームだ。それは僕だけじゃなく、当のチームメンバー全員が思っていることだろう。
だからカイトさんは、堂々と言い切った。
「なんたって俺は、あのチームが大好きだからね」
心の底から言っている。それが分かるほどの笑顔だった。




