5.組むべき相手
ふらふらと行き先も決めずに歩いていた。空は夕焼け色に染まっている。冒険者が街に帰って来る頃合いだ。道を行き交う人が多くなり進み辛くなっていた。
僕は道の端にあるベンチに腰を下ろして溜め息を吐いた。座ったことで体にのしかかっていた重りが軽くなった気がした。だが視線を上げて目の前を横切っていく冒険者達の姿を見て、また体が重くなった。
少し前までは、皆どこか深刻そうな顔をしていた。邪龍の存在と多くの優秀な冒険者が前線を退いたことが原因だ。その日は生き残れても明日もまた生きて帰れるのか、そういう不安と日々戦っていた。
だがウィストが英雄として活躍してからは冒険者達の顔が明るくなり、以前と同じように活動も活発的になっていた。不安を払拭してくれる英雄がいる。それだけで人々は前向きになれるのだ。
ここでもし、僕がウィストと再びチームを組んだらどうなるだろうか。ウィストは僕に気を遣い危険な依頼に行くことは無く、活動範囲が狭まるだろう。危険な目に遭う冒険者が増えて再び冒険者達に活力が無くなり、英雄としての責任を果たさなくなったウィストに怒りの矛先が向き、彼女の活動を制限する要因となった僕もその対象となる。
チームを再結成するということは、誰もが不幸になる最悪な選択肢だ。選んでしまえば、僕はエルガルド中から糾弾を受けることになる。それが分かっているのに再結成の選択肢は取れないし、ウィストもそんなことを望んでいない。
眼に映る冒険者達の顔から笑顔が消えてしまう。そんなことを考えると我儘を突き通す気が起こらなかった。
僕はまた溜め息を吐いて視線を落とす。この二か月間ほとんど流れに身を任せて過ごしてきたツケか、大事なことを考えると頭が疲れる。少し休んでから部屋に戻ろうと考えていたら、視界の端に見知った顔がこっちに近づいている姿が映った。
再び顔を上げると、カレンが僕の前に来て「こん、にちは」とたどたどしく挨拶をしてきた。
「えっと……見かけたから挨拶をしようと思って……」
戦っているときは堂々としてて勇ましいカレンだが、普段は大人しくて消極的な性格だ。そんな彼女が、偶然街で見かけたとはいえ僕に話しかけてきたのは意外だった。
「そっか。何か用事でもあったの?」
「ううん。ちょっと散歩したかったから……そしたら偶然ヴィックさんに会ったから……」
僕に用事とかではなく、本当にただ単に話しかけに来ただけだったようだ。
カレンは一度自宅に戻ったのか、冒険者用の装備ではなく平服を着ている。地味な色合いだが似合っており、彼女らしい服装だ。今の彼女からは、戦闘で動き回っている姿と結びつかなかった。
「あの、大丈夫ですか? 疲れてるように見えますけど……」
はたから見ると、僕の様子はとても不健康そうに見えるようだ。体力的にはともかく精神的には疲労が溜まっているので、そう思われるのも無理はない。
「大丈夫だよ。少し休んだら元気になるから」
「……私のせいですか?」
「え?」
突然見当違いなことを言われて面を喰らった。今の会話からどうしてそういう結論に至ったのか。コミュニケーションが苦手だと知っていたがここまでだったか。
「私、あまり組んでくれる人が居ないから……なんか変なことしちゃって嫌になったのかなって思っちゃって。いつもパパくらいしか組んでくれないから……」
カレンはあまり自分のことを語らない。最近は徐々に話すようになってきてくれたが、最初の頃はほとんど会話をしなかった。だからこんな風に話してくれるのは初めてだった。
「友達もいないからどんな風に話したらいいのか分からないんです。そのせいで何か変なことを言って気を悪くしちゃったんじゃないかなって。それに私と一緒に居ても楽しくないんじゃないかなって思っちゃって……」
何度も何度も避けられたのだろう。己を卑下する彼女の体がいつもより小さく見える。
だがその小さい体から目を離すことが出来なかった。
「だからその……悪いところがあったら言ってください。私、ヴィックさんと一緒に冒険出来て楽しかったんです。だからまた冒険したいんです。そのためなら、ダメなとことか頑張って直しますから」
不安そうな表情だが、カレンの双眸はじっと僕を見つめている。弱々しい体の中には強い意志が宿っており、それが僕に向けられていた。
こんな目を向けられたことなんてなかったかもしれない。これほどまで僕を求めてくれた人はいなかったかもしれない。これほどまで、僕を頼ってくれた人はいただろうか。
もう、いいんじゃないだろうか。
ウィストは自分の役割を見つけた。カレンがこんなにも僕を必要している。皆はウィストと僕がチームを組むことを歓迎していない。一方でカレンと組むことで喜んでくれる人が居る。
だったらもう、いいのかもしれない。
皆を不幸にしてはいけない。こんなに良い子を見捨ててはいけない。これ以上ウィストに迷惑をかけてはいけない。
頑張らなくていいんじゃないか。幸せな、楽な道を選んで良いんじゃないのか。
もう、夢を見なくても良いんじゃないか。
僕は少し考えて、カレンに聞いた。
「ねぇ、カレンは僕とチームを組みたい?」
カレンは少し驚いた顔をしてから「はい」と答えた。
ガウランさんにも期待されている。当の本人であるカレンもその意志がある。だったらもう、その道を進んでも良いじゃないか。
そう思い至り、僕は口を開く。
「そっか。じゃあ―――」
僕とチームを組もう。それを言おうとした直前だった。
「ヴィック!」
フィネの声が聞こえ、思わず口を閉じていた。フィネはギルドの制服姿のまま走って来ていて、僕の前で止まったときには息を切らしていた。
「どうしたの。そんなに急いで……」
活発的で元気な姿が特徴のフィネだが、ここまで慌てた様子は見たことが無い。しかも制服を着たままここまで来るほどだ。何か一大事が起こったのかと不安に駆られた。
「ベルクが、ベルクが……」
そして、その予感が的中した。
「死んじゃうかもしれない」




