3.楽な道
「依頼達成、お疲れ様でした」
エルガルドの『英雄の道』の拠点に戻り、僕達は依頼を達成したことを報告した。受付の職員と手続きを終えると、その場で解散となった。
「じゃあヴィック、考えてくれよ」
家に戻るガウランさんとカレンはすぐに拠点を出た。僕も用事が無いのですぐに出ようとしたが、「ちょっと」とルカに呼び止められる。
「ガウランさんの話って何のことだ?」
さっきの言葉が気になったのだろう。ルカは眼を細くして訊ねた。
「チームの話だよ。カレンと組まないかって。ちょっと考えさせてって答えたから」
「やっぱりか。まぁ、あんたはカレンと相性良いし仲も良いからな。そういう話くらいはするか」
納得したかのように頷いたが、続けてルカは「で?」と再び訊ねてくる。
「なんで保留にしたんだ。あんたには全く損は無いだろ。今あんたは誰とも固定チームを組んでないし、カレンが苦手ってわけでもないんだろ。まさかソロ活動するつもりか」
「そのつもりはないよ。一人で続けられるほど自分の力に過信してない」
「じゃああたしみたいに適当に組んでいくのか。それを考えてるんだったらやめた方が良いよ。盾役ならあんた以上の奴がクランには山ほどいる。今更あんたが入り込める隙間は無いよ」
「知ってるよ。僕程度じゃその人達にとって代われる実力はないってことくらい。一応、何組かと同行したことあるんだから」
退院してからの一ヶ月、カレン以外にもクラン内の色んな冒険者と一緒に活動した。彼らのレベルは高く、要求されるハードルも高い。彼ら曰く、これくらい当然であり、他の盾役の団員は普通に出来ていたそうだ。実際に他の盾役の冒険者を見て納得した。基礎体力や身体能力はもちろん、武器の使い方も巧みであり、知識量や判断力も優れている。改めて『英雄の道』のレベルの高さを実感した瞬間であった。
「だったらさっさと組んどけよ。臨時チームならともかく、わざわざ弱い奴と固定チームを組んでくれるモノ好きはこのクランにはいないよ。気が変わる前に受けた方が良いんじゃないの」
「やけに心配してくれるね。ガウランさんに頼まれたの?」
「……あんたはそういうことを考えるんだね」
ルカは嫌そうな顔をした。
「ガウランさんじゃない、カレンだ。あと頼まれたわけでもない。あたしが勝手な世話をしてるだけだ。そこは間違えないでよ」
「ルカってカレンと仲良かったの」
「普通だよ。ふつーう。ただ今より良い道があるのに進もうとしない奴にむかついてるだけよ。どうせあんたは、まだウィストのこと引きずってんでしょ」
図星を突かれぐうの音も出ない。ルカは短く息を吐いた。
「いい加減楽になりな。あんたはこれまでずっと頑張って来たんだから、そろそろ楽な方に流れていいんじゃないの」
退院してから二ヶ月ほど経っていた。世間はウィストの話題一色で、皆が彼女を英雄のように讃えている。いや、この二ヶ月の彼女の実績を見ればそう評するのも無理はないだろう。
邪龍体の討伐後、ウィストは困っている依頼人を多く助けた。どれも難題な依頼だったが全て達成することで、世間の彼女に対する評価は上がった。誰も受けたがらない依頼が残っていたことに困っていたギルドには感謝され、同行した冒険者を助けたことと友好的な関係を築いたことから、冒険者からも支持を受けている。そしてデッドラインの最高記録を出したことにより、彼女が英雄であることに異を唱える者はいなくなっていた。
一方の僕は、いたって平和な時間を過ごしていた。ウィストとチームを解散してからは嫌がらせは減り、退院後にギルドに行っても誰も僕のことを気にしなくなっていた。
退院してからは『英雄の道』の一団員として活動し、何度も色んな団員とチームを組んで冒険に出かけた。何か他のことをして気を紛らわしたい一心から突発な依頼にも快く引き受けた。そのお陰で団員に認められ、チームに誘われるようになった。
このままチームを組めば、それなりに良い生活を送れるだろう。他の団員と仲良くなり、一緒に冒険し、いずれ来るであろう後輩を導き、引退していくのだろう。冒険者の人生としては上々な人生だ。
その道が目の前にあるにもかかわらず、僕は踏み出せないでいる。原因は分かっている。だけど取り除く術がない。このまま時間が解決するのを待つしかないのだろうか。
「おや、誰かと思えば寄生冒険者じゃないか」
寮へ帰ろうとしていると、正面から歩いてきた集団に話しかけられる。そのうちの一人はあのナッシュだった。
「いや、失礼。元寄生冒険者だったな。ウィストに捨てられたんだからもう寄生できないもんな」
一緒にいる五人の取り巻きが嘲笑する。全員が僕を見下すような視線を向けていた。
ナッシュはあの一件以来、僕とは関わらないようにしていた。ギルドで出くわしてもそそくさとその場を去り、僕の視界に映らないような動きをしていた。だがチームを解散してからは突っかかってくるようになり、出会うたびに僕を嘲笑った。
「なぁにがウィストとチームを組むために来ただ。そんなに大事な相手から捨てられるなんて、どんな気分なんだ」
自然と拳に力が入る。人数差があるうえ、ここには人の目がある。先に手を出したら僕に非があるように見えてしまう。絶対に手を挙げるべきではない。
「今まで頑張ってたみたいだけど無駄な努力だったね。お疲れ様」
以前ならば耐えられた挑発だ。だが今は、ナッシュの一つ一つの言葉が気に障る。
だからナッシュが吹き飛んだ姿を見たときは胸がスカッとした。
ナッシュが建物の壁に激突する。地面に落ちると痛そうにのたうち回り、取り巻きの二人が助けに向かう。残りの取り巻きは僕達の方を睨んでいた。
だがそれ以上に険しいベルクの顔を見て、彼らは一歩後退した。
「こいつの努力をお前が語るんじゃねぇ」
大きな体から出た低い声に連中は後退る。戦意が無いことを確認したベルクは、僕に視線を向け直す。
「ちょっと付き合えよ」
ベルクの表情は、未だに険しいままだった。




