2.新しいチーム
冒険者のチームのほとんどが、同じ等級のメンバーで組まれている。それは異なった等級だとダンジョンで得た報酬が下がったり、入れなくなってしまうダンジョンがあるためだ。前者は他のメンバーよりも上の等級のメンバーがいるとき、後者は下の等級のメンバーがいるときだ。そのためチームで昇級試験を受けて一部のメンバーが合格しても、全員が合格するまで昇級を断るケースもあった。だからチームを組むときは、同じ等級で揃えることが基本となっていた。
だがダンジョンに関すること以外にはデメリットは無い。依頼の報酬やその際に討伐したモンスターに関しては通常の稼ぎを得られることが出来る。そして稼ぎを度外視している場合は等級を無視してチームを組むことがある。
例えば、下の等級の冒険者を指導するため、とか。
「下がって!」
僕の指示の直後、ワーウルフと肉薄していたカレンが瞬時に後退する。入れ替わるように僕が前に出て、反撃してきたワーウルフの攻撃を盾で受け流す。そして隙が出来たところにワーウルフの腹部に剣を突き刺した。
ワーウルフに止めを刺そうとしたが、右からやって来たもう一体のワーウルフの姿が見えたので、剣を抜いて振り返り盾を向ける。素早い連撃に隙は無く、盾で受け続ける。その間にルカがワーウルフの後ろに回り込んで大剣を振り下ろした。ルカの大剣がワーウルフの後頭部を切り裂き、一撃で絶命した。
「奥から二体来てるぞ」
ガウランさんが落ち着いた声で言う。森の奥を見ると二体のワーウルフが走って来ている。これで七体目、確認されてるワーウルフは八体だから、あと一体がどこかに潜んでいる。いつ奇襲を受けても対応できるように、周囲にも気を配る必要がある。目の前の敵に集中しつつ、かつ、のめり込まないように。
「ルカは右を」
「おう」
ルカが右を、僕は左のワーウルフに立ち向かう。そしてお互いがワーウルフの攻撃を受けて僕達二人に意識を向けさせる。そしてさっきと同じように、カレンが二体のワーウルフの後ろに回り込んでいた。
カレンが鎖鎌の分銅を右のワーウルフに投げつける。それはワーウルフの首に巻き付き首を絞める。同時に左のワーウルフに跳びかかり、鎌で首を切り裂いた。その直後、ルカが動きを止められていたワーウルフに一太刀浴びせていた。
「あと一体……」
カレンが倒れ込むワーウルフから跳び下りると同時に、僕はカレンに駆け寄った。直後カレンの背後の茂みから最後のワーウルフが出てきてカレンに襲い掛かる。着地した直後だったこともあり、カレンはすぐに動けない。ワーウルフが鋭い爪でカレンを切り裂こうとする直前、僕はカレンを跳び越えながら盾を前に出した。
盾に爪が触れた瞬間、軌道を変えながら受け流す。ワーウルフの攻撃が僕とカレンから逸れて大きな隙が出来た。僕はワーウルフの前に着地し、すぐさま剣で胴体を斬りつける。
「ギャウン!」
悲鳴を上げて後退するワーウルフ。体勢を整えたカレンが僕を追い越し、ワーウルフの首を鎌で切り裂く。致命傷を受けたワーウルフだが、最後の力を振り絞って再び襲い掛かる。だがカレンはそれを読んでいたかのように落ち着いて回避し、今度は腹部を斬りつけた。
それが止めになったのか、ワーウルフが血を吐き出して地面に倒れた。動くワーウルフが居なくなったことに、僕は大きく息を吐いた。
「これで依頼達成だね」
「あぁ、良くやったな」
ガウランさんが大きく頷く。
「じゃあ適当に素材をはぎ取って、とっとと離れようか。他のモンスターが騒ぎを察して来るかもしれないし」
ルカの提案に、僕は「そうだね」と返す。
「けど全部は多すぎて無理だから、高く買い取って貰えそうなところだけ持って行こうか。カレン、分かる?」
カレンは「うん」と小さく頷く。激しく動いたせいか髪が乱れており、いつもは前髪で隠れている右眼が確認できる。ガウランさんと同じ緑色の瞳だった。
髪が乱れていることに気づいたのか、カレンは慌てて髪を手櫛で整える。小さい体でわたわたと動く姿は小動物を連想させた。そして髪を整えると再び「うん」と呟く。
「大丈夫、分かる……。けど間違えるかもしれない、から、見ててくれる?」
不安そうな表情をするカレン。僕は安心させるために間を置かずに「いいよ」と応えた。カレンはほっと一息吐いた。
カレンがワーウルフの素材をはぎ取り始める。ワーウルフを倒せるほどの実力ならばそれなりに経験を積んでいるはずなのだが、その手つきはたどたどしい。大事な素材に傷をつけてしまわないかとひやひやした。
素材を採取し終えると、僕達はすぐに森を出て村に戻る。そこで依頼が達成されたことを報告した後、帰りの馬車に乗ってエルガルドに向かった。エルガルドに戻るには丸一日かかるため、夜になると馬車を止めてテントを張り、そこで一晩過ごすことになった。夕食後カレンはすぐに眠ってしまい、ルカも一緒にテントに戻った。最初の見張りは僕とガウランさんだった。
「なかなか良い連携だったな」
焚火を囲いながら適当な会話をしているときだった。ガウランさんが右手で薪をくべ、右手で細かい位置を調整する。その間、ずっと火を見つめていた。
「ワーウルフは身体能力が高く知能も優れている、集団戦もそれなりに得意なモンスターだ。そいつら八体を相手に、俺の力抜きで三人で倒せたのは見事だった」
ガウランさんの体は大きく、顔もいかつい。その見た目から豪快な印象を持たれるが、穏やかな声と普段の会話から感じる高い知性から最初に抱いた印象は消えていた。今も落ち着いた声で話している。
「あの二人のお陰ですよ。分かりやすい動きをしてくれるし、二人も僕の意図を察してくれるからやり易いんです」
「それもあるだろう。だが俺はお前の功績が一番大きいと思っている。特にうちの娘をあそこまで合わせられるのは俺以外では初めてだ」
カレンはガウランさんの娘だ。遠征から帰って来た直後の時期に冒険者になった。つまり、冒険者になってから三ヶ月ほどしか経っていない。まだ知識も経験も足りていない下級冒険者である。
しかしその腕前は既に中級冒険者の水準に達していた。話を聞くと幼い頃から冒険者に憧れを抱き、自主的に鍛錬をしていたということだ。そのため、小さい体にも関わらず体力や戦闘技術は相当あった。ガウランさんの子供であることと、その実力をロードさんから認められたことから、冒険者になる前から『英雄の道』に入団することが決まっていた。
不幸なのは、団員の中でカレンと組める人物がいなかったことである。その要因の一つが彼女の武器によるものだ。
カレンの武器は鎖鎌だ。鎌の持ち手に分銅付きの鎖が付いている、あまり見かけない武器である。その武器に対する知識が周囲に無いため、戦闘で彼女になかなか合わせられない。それどころかカレンの投げた分銅が味方に当たってしまうという事故も何度かあった。そう言った連携し辛いという武器を使っているのが、彼女とチームを組みたがらない人が多い理由の一つである。
だがそれだけならばさほど問題ではない。意志を疎通しつつ、何度も練習をすれば、いずれは何とかなる問題だからだ。初めて組む相手とは誰でも行うごく当たり前の解決方法だ。
そこで二つ目の要因がある。それは彼女が非常にコミュニケーションを苦手としていることだ。
親であるガウランさんの言葉によると、カレンは今まで友達という友達がいなかったらしい。一人で本を読んだり、練習したりすることに時間を割くことが多く、もともと大人しい性格だったこともあり、他人とあまり関わることが少なかったそうだ。そのせいが彼女の発言は少なく、そのうえ遅い。チームを組んだ冒険者が彼女に意見を聞いても、彼女の要領を得ない発言から意図をくみ取れなかったり、またその返答に要する時間が遅かったことが何度もあった。
連携がし辛い、そのうえ意思の疎通も難しい。実力があってもチームとして活用できないという理由から、カレンはチームを組めないでいた。そしてクランの間でその認識が広まってからは、カレンは父親であるガウランさんとしか行動をしていなかった。
僕と組む前までは、だ。
「皆が言うほど合わせにくいって思わないんですよね。大体の位置が分かれば何をしてくれるのかって分かりますし、逆にカレンも僕の動きや短い言葉だけで意図を汲み取ってくれるので」
思い返せば、カレンの動きはウィストに似ていた。ウィストと一緒のときは常に彼女の位置を意識し、合わせやすいように戦っていた。カレンと組んでからは、僕はウィストと戦っているときと同じことをしていた。
「そういえば娘はウィストと似たような戦い方をしてたな。その経験のお陰で娘とも合わせやすいということか」
ガウランさんはしばしの間沈黙した後、火に視線を向けながら言った。
「お前さえ良ければ、うちの娘とチームを組まないか?」
予想していなかったといえば噓になる。そういう提案だった。
「僕がカレンと相性が良いからって理由ですか?」
「それは理由の一つだ。だがそれだけじゃない。お前の人となりを信頼しているからだ」
一つ目の理由は納得した。現状、クランでカレンと上手く連携できるのは僕しかいない。だからいつかこういうことを提案されるのだろうと思っていた。
だが二つ目の理由は意外だった。
「お前が今まで相当苦労していたということを知っている。そして苦難を乗り越えるために努力をしていたということもだ。そういう冒険者はえてして人に優しく、気遣いが出来る。欠点がある人間にも心が広いというのが俺の経験則だ。だから娘を預けても良いと思ったんだよ」
「……そういう人は僕以外にもいますよ」
「だが全ての条件を満たしている奴はお前以外に居ない。お前が一番適任だと俺は思っている。出来れば俺も同行したいが……」
僕はガウランさんの左腕に視線を向けた。ガウランさんの左腕は肘から先が無い。エルガルドに現れた邪龍体によって、彼は左腕の半分を失っていた。
「下級なら単独でも倒せるが、中級モンスターは難しい。しばらくは右腕だけでも戦える術を身につけることに専念したかった。だがその間、娘が一人になってしまうからそっちに注力できなかった。しかしお前が娘と組んでくれたら、その問題が解決できる」
ガウランさんは長年上級冒険者として活動していた。上級冒険者の稼ぎは大きい。おそらく働かずに余生を過ごせるほどの貯えはあるはずだ。怪我をしたのも引退する切っ掛けになる。それでも冒険者を続けるというのは、余程冒険が好きであるということなのだろう。
ここでガウランさんの提案を受ければ、彼に大きな恩を作れるだろう。誰もが組めなかったカレンとチームになって活躍すれば、皆が僕の実力に一目置くことになる。もしかしたらクランの中での立場が良くなるかもしれない。これは僕にとって好条件すぎる提案だった。
「少し、考えさせてください」
にもかかわらず、僕の答えは保留だった。これはいきなりの提案だったからでもなく、条件が見合わないからでもない。
ただただ、僕の中で踏ん切りがつかなかったからだった。




