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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第四章 寄生冒険者

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29.目覚め

 邪龍体が眷属を作る理由としては、現在判明していることは弱い個体が生き残るためということだ。いくら邪龍体でも弱い個体だと他のモンスターや冒険者に簡単に討伐されてしまうからだ。遠征で戦ったグルフがその例にあたる。

 少年が眷属を増やしていたのも同じ理由だと思っていたが、周囲の子供達の様子を見て違和感を抱いた。子供達は僕に向かってこず、倒れた邪龍体の方に集まっていく。そして自分達の手を刃物で切ると、そこから出てきた血を邪龍体の体に落としていく。集まった子供達が、皆同じようなことをしていた。


 異様な光景に驚いて、数秒思考が停止する。彼らの行動の意図は全く読めない。だが今までに無いほどの胸騒ぎがした。


「何をしてるんだ。危ないから離れて―――」


 彼らに声を掛けながら近づいた。すると近くにいた数人の子供達が僕の方を振り向き、道を阻むかのように進み出る。その眼はセイラさんと同じように生気が無い。

 嫌な予感がして剣を構えようとしたが、その直前に彼らが跳びかかって来る。一瞬、剣で斬りつけることが頭をよぎった。だがまだ眷属化して間もなければ助かるかもしれないという思考が手の動きを鈍らせた。結果、剣を振る前に彼らにのしかかられて地面に押し倒されてしまった。


「は、離れろ!」


 のしかかった彼らをどかそうとするが、体勢が悪いうえ、かつ力が弱いとはいえ数人がかりで押さえつけられたら身動きができない。訴えかけても彼らが動いてくれる気配もない。


 どうにかして脱出する手段を考えていると、一際強い邪龍の気配を感じ取った。気配がする方に視線を向けると、先程倒したはずの邪龍体が立ち上がっている。致命傷を与えた筈なのに、なぜ……。

 邪龍体の周囲にいる子供達は、皆腕から血を流している。彼らは皆眷属だ。もしかしたら眷属の血を浴びると邪龍体は復活できるのか。


「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 邪龍体の雄叫びが一帯に響く。空気が震えるほどの声に耳が痛くなる。心なしか、先程よりも迫力が増しているような……。だが今の叫びのお陰で、ここにモンスターがいることを周囲に知らせてしまった。ここは冒険者の街だ。近くに居る冒険者達がじきに向かってくる。そうなれば討伐は可能だ。


 そのことに少し安心していると、雄叫びを止めた邪龍体が近くにいる子供達を見下ろす。彼らはずっと邪龍体を見上げていた。

 そして邪龍体が彼らのうちの一人の体を掴むと、大きな口で首元に喰らいついた。


「……え?」


 小さな体から血が噴き出ている。邪龍体はそんなことを気にする様子もなく子供の体を食い千切る。体の一部を失った子供がその場に倒れると、邪龍体は近くにいる別の子供に噛みついた。

 異様な光景に目を奪われる。邪龍体が眷属を食している。仲間のはずなのに、味方のはずなのに、なぜだ……。


 邪龍体が眷属を食べる様子を見続けていると、ふとした変化に気づいた。邪龍体の体が大きくなっている。さらには邪龍の気配も強まっていく。食べるごとに少しずつ、少しずつ。

 もしかして、眷属を食べるごとに強くなっているのか。眷属はただの仲間ではなく、自らを強化するための餌ということなのか。

 だとしたらこのまま放っておくのはまずい。なんとしてでも邪龍体の食事を止めなければ。


「いいかげんにどけ!」


 渾身の力を込めるが、彼らが動く様子はない。なにがなんでも邪龍体を止めたい僕と同じように、彼らも僕を止めようとしているのだ。そう易々と動いてはくれない。

 だが今邪龍体を止められるのは僕しかいない。僕がやらなきゃだれがやるんだ!


「がぁああああああ!」


 声を上げながら体中の力を引き出す。少しだけ彼らの体が浮き上がる。その一瞬を見逃さずにさらに力を入れる。邪龍体の血を飲んだお陰か、普段よりも体力が残っている。残りの体力を振り絞るくらいの勢いで腕に力を込めた。右腕が抑えつけていた子供の手を振りほどき自由を得る。そのまま左手を抑えつけていた子供を突き飛ばすと、続けて身体と足を抑えつけていた子供達も押し退ける。体の自由を取り戻すと、すぐに立ち上がり邪龍体の方に向かって走り出した。

 だがそのときには、邪龍体の体が先程よりも比べ物にならないほどにまで巨大化していた。同様に邪龍の気配も濃くなっていた。


 脳裏に鬼人の村であった邪龍を思い出す。あのときの邪龍ほどではないが強い威圧感を放っている。近づくとその強さに怖気づいてしまい、足を止めてしまった。


 ちょうどその瞬間、邪龍体が僕の存在に気づいて視線を向ける。邪龍体と目が合い、思わず硬直してしまった。

 直後、邪龍体が大きくなった腕を振るっていた。






 何か大きな声で目が覚めた。目の前にはさっきと似たような木の壁と、その壁に空いた大きな穴が見える。記憶を掘り起こしながら体を起こそうとすると、体中に痛みが激痛が走った。痛みを感じたのはいつぶりだろうか。それほどまでに久しぶりの感覚だった。

 痛みと共に何があったか思い出し、同時に舌打ちをする。油断はあった。邪龍体と言えど、あんな小さな子供があれほどまでの速さと力を持っていたとは思わなかったからだ。その驕りがこのような失態を生み出した。


「クッソだせぇな……」


 穴の先にはいくつかの建物が見える。どうやらかなり遠くまで殴り飛ばされているようだ。体を動かして状態を確認する。少し動かしただけで、いくつかの骨が折れていることを感じ取った。


 いくらエギルでもこの状態ではまともに戦えない。どうやって助けを呼ぼうかと考えていると、モンスターの雄叫びが聞こえた。先程の邪龍体か? だがさっきの小柄な体から出された声とは思えない。別種か、はたまたさっきの邪龍体が強化されたか、どちらにせよヴィックに勝てそうな相手ではないだろう。だが今の声で他の冒険者達が駆け付けるだろう。そのときに見つけてもらえば助けてもらえる。格下の冒険者に貸しを作ってしまうことになるが仕方がない。エギルは大人しくここで待つことを選んだ。


 そうと決めると気持ちが少し落ち着いた。周りを見渡すとどこかの民家のようだ。棚やベッドが近くにあり、部屋の隅に人が一人座り込んでいる。何でそんなところにいるんだと疑問に思ったが、その姿を見て納得した。


「……起きたんだね」


 部屋の隅にいるウィストは、両手を縄でまとめて縛られており、壁に繋がれている。足は縛られていないが、エギルのいるところまで来るには縄の長さが足りない。じっとあそこでエギルが起きるのを待っていたようだ。


「大丈夫? 動けそう?」

「……死ぬことはねぇ。だが出来れば歩きたくはないな」

「そっか。じゃあ待ってた方が良いかもしれないね」


 そう言ってウィストは黙り込んでしまった。明るい性格だったはずだが今は覇気がない。何やら落ち込んでいるようにも見えた。

 だがその理由を聞く程エギルはお人好しではない。エギルは腰に下げていたナイフを抜き取った。


「こいつをやるから縄を切れ。それでこっから出てさっさと助けでも呼んで来い」


 エギルはナイフをウィストの方に投げつけた。ナイフはウィストの横の壁に刺さる。あの位置なら腕を動かすだけで縄を切れるだろう。

 だがそれでもウィストは動こうとしなかった。


「おい、なにぼーっとしてんだ。早く助けを呼びに行け」

「……ごめんね」


 ウィストがなぜか謝りだす。なにについての謝罪だと問い詰めようとしたが、その前にウィストから話し出した。


「こんなことになったの私のせいだから。私がしっかりしてたらこんなことにならなかったの。なのに巻き込んで……ごめん」

「何の話をしてんだ」

「それ、レイにやられたんだよね。黒髪の男の子に」


 あの場にいた邪龍体と思わしき子供は黒髪だった。多分そいつのことを言っているのだろう。


「ちょっと前まで、その子とよく一緒に遊んでたの。他にもこの街の子供達とも。だけど最近は全然会わなくて、そのせいで気を病んじゃって……」

「それが原因で逆恨みされて、こんなところに捕らえられたってのか」


 ウィストは肯定も否定もせずに黙り込む。同意する言葉だけは口にしたくないのだろう。偽善者らしい振る舞いだ。


「邪龍体になることを選んだのはそいつの意志だ。そいつが弱いからそうなった。いちいち気にすることじゃねぇ」

「違う、私のせいだよ。私がちゃんとしてたらレイも、みんなも、あんな風にはならなかった。私がずっとここに足を運んでいたらこんなことには……」


 理由はよくわらかないが、ウィストは今回のことに責任を感じているようだ。あの子供が邪龍体になった事やそれに関することは、自分が原因だと思っているようだ。


 エギルは大きくため息をついた。馬鹿すぎる。たった一人の人間ができることは限られている。その逆にたった一人の人間が及ぼす影響も限定的だ。ウィストがなにかしていても、遅かれ早かれ似たようなことになっていた。それが弱い人間の特徴だ。

 弱い奴はいつもそうだ。強い人間の足を引っ張る。心配させる。困らせる。それがどれほど足枷になるのか分かっていない。強いから大丈夫だろうと思っているのだろう。実に身勝手な存在だ。害しかない。


 だからこそエギルは弱い奴を振り落として来た。ストレスの原因にしかならないものは排除するに限る。邪魔者は消す。それがエギルが学んだ生き方だった。これがエギルの最高の生活だった。

 だがウィストは真反対の性格だ。才能があるくせに弱者を気にかける。弱い奴と一緒にいようとする。助けようとする。お人好しの善人だ。生き辛い性格で、エギルには決してできない振る舞いをしていた。


 そういう性格だから、ロードが目を付けたのだろう。


「お前の言ってることにはまったく同意できねぇ。だがお前のせいだっていうなら、責任を取ればいいだけの話だろ」

「……どうやって? もう手遅れになってるのに、なにをしたら……」

「じゃあこのまま放っておくのか。聞こえてんだろ。あの声が」


 今でも遠くからモンスターの声が聞こえる。戦況は分からないがまだ討伐できていないことは確かだ。


「あのままだと被害が広がるぞ。近くには一般人もいる。いずれ死人が出て取り返しがつかなくなるだろうな」

「……それはダメ。そんなことになったら、私は、あの子は……」

「だったらやることは決まってんじゃねぇのか」


 このままここでただ待つか、それとも責任を取るのか。ウィストがどちらの選択肢を選ぶのか、その答えを聞く前にエギルは言った。


「さっさとあいつを倒してけじめつけてこい」


 少しの間を置いて、ウィストがゆっくりと立ち上がる。その顔には先程と打って変わって弱さが無い。

 覚悟を決めたかのように、凛としていた。


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