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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第四章 寄生冒険者

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28.想いの強さ

 邪龍体になると例外なく力が増すということが判明している。ただし邪龍体によって強さの上昇具合に幅がある。中級モンスターの邪龍体より、下級モンスターの邪龍体の方が強いという事例がいくつかある。それも邪龍体の謎の一つだった。

 一時期は弱いモンスター程強くなるという仮説が立てられた。だが下級モンスターが邪龍体になっても中級程度の力しかなかったことや、また上級モンスターの邪龍体が危険指定モンスター級の強さを持ったことがあったため、その説に疑問が持たれた。そしてその謎は今も解明されていない。


 しかし今、その謎の答えが分かったかもしれない。


「ワタサナイ、ワタサナイ、ワタサナイ……」


 口から溢れ出る執念。強い意志が込められた双眸。そして己の憎悪を具現化させたような体。

 もしかしたら邪龍体は、強い欲望を持つ生物ほど強くなるのではないのか、と。


「ワタサナイ!」


 強烈な憎悪が拳を振るう。ほぼ反射で横っ飛びで避けると、邪龍体の拳が床に突き刺さる。木造とはいえ、邪龍体の拳は床を貫いていた。

 少年の体は大きくなり、力と速さが増している。元は少年だったが、今はもう別物と考えていいだろう。あれはモンスターと同じだ。しかも上級相当に値する。そして肌に伝わる邪龍体の気配が、今までに無いほどの警報を頭の中で鳴らしている。目の前にいる邪龍体は、今まで遭遇した邪龍体の中で最も邪龍に近い気配だった。

 避けた勢いで部屋を出て別の部屋に移動すると、その部屋の隅で僕の装備を見つけた。駆け寄って装備を身につけると、既に邪龍体が僕の真後ろに近づいていた。振り向いて盾を構えると、殴りかかって来ていた邪龍体の拳を受け止める。


「ツブレロ! ツブレロ! ツブレロ! ツブレロ!」


 邪龍体が何度も何度も殴りかかる。強く速い殴打の連打だ。その度に後退や横に移動しながら盾で受け流す。腕に来る衝撃は思っていたほどではない。受け流しが成功していることもあるが、それ以上に邪龍の血を飲んだことが大きい。あれのお陰で力が増している気がする。いつもならこの邪龍体の攻撃を一撃でも喰らえばひとたまりもないだろう。だが今の僕なら一撃くらいなら耐えれるうえに、それどころか一撃も喰らわない自信があった。

 相手は人型で体格や力が僕よりも圧倒的に勝る。だがアランさんやゼツといった似たような相手と手合わせした経験が僕にはある。そして相手はその二人に比べれば明らかに戦闘慣れしていない。知恵も工夫もない攻撃ならいくらでも捌き切れることができるし隙も突ける。こいつは今までの邪龍体の中で最も邪龍に近い個体だが、今までの邪龍体に比べたら最も戦いやすい相手だった。


 一撃も当てられないことに苛ついたのか、邪龍体が右腕を大きく振りかぶる。隙が大きく軌道を読みやすい攻撃だ。一歩踏み込んで邪龍体の内側に入り込むと、邪龍体の胴に剣を突き刺した。


「ガァアアア!」


 深々と刺さった剣に邪龍体が痛がる。耐久力は低く、我慢強くもない。攻撃だけに特化しているようだ。こういう相手とは相性がいい。邪龍体とはいえ、こいつになら僕だけでも勝てるかもしれない。


 邪龍体が僕を突き飛ばして距離を取る。すぐさま距離を詰めようとしたが、振り払うように腕を振り回してきたので退いて回避する。攻め焦るな。落ち着いて戦えば勝てる。


「違う……勝つんだ」


 ウィストやエギルと同じように邪龍体に勝てれば、誰も僕に文句を言う奴はいなくなる。ウィストに相応しい相方だと認められる。胸を張ってウィストの相棒だと誇ることが出来る。

 その千載一遇の機会を逃してたまるか。


 邪龍体が再び襲い掛かってくる。殴り、蹴りを駆使して攻めてくるが、どの動きも分かり易くて対処しやすい。一撃一撃が重く速いが、動作から推測すれば防御や回避は容易だ。優れた力を持っていても、それに見合う技術や経験が無ければ宝の持ち腐れだ。

 再び隙を突いて距離を詰め、剣で胴体を斬りつける。邪龍体は再び痛がって後退すると、腕を大きく振り回して近づけないようにしていた。僕は安全を取って距離を取りつつ邪龍体を観察する。深手を負わせたつもりだが、また倒れそうな雰囲気はしなかった。


「ボクノ……ボクノジャマヲスルナァアア!」


 突如、邪龍体が大声を発する。同時に黒い靄みたいなものを体から四方に放出する。いつか見た黒い靄とどこか似ていた。

 靄が晴れた後、邪龍体の体が一回り大きくなっていた。


「オマエハジャマナンダヨォオオオオオ!」


 邪龍体が僕の頭と同じくらいの大きさの拳で殴りかかって来る。盾で受け流すが先程よりも腕に来る衝撃が強い。これからはより慎重に戦わないと命を失う。だが命のやり取りは今までに何度もしてきた。これくらいどうってことない。


 それに―――、


「―――見えた」


 邪龍体の周りに浮かぶ黒い靄。これは邪龍体が発したものではない、僕の目にしか見えないものだと感覚で分かった。

 この黒い靄が見えるようになる条件は未だに分からない。だが見えれば戦いやすくなる。利用しない手はない。


 邪龍体が右拳で殴りかかってくると、拳の一部分を黒い靄が纏う。その靄が出た場所に盾をあてて受け流す。衝撃は先程よりもなかった。

 前進すると邪龍体の体にまた靄が浮かぶ。その場所を斬りつけると先程よりも痛そうな声を上げた。


 黒い靄が弱点と戦い方を教えてくれる。積み上げてきた技術と経験を活かせば、さっきより強くなった邪龍体にも戦える。

 だがそれでも油断できる相手ではない。それが邪龍体だ。


「ウガアアアアアアアアアアア!」


 邪龍体が暴れまわり、近くにあった家具や壁を破壊する。この家は脆い。このままだと家が壊れ、隣の部屋に居るセイラさんが巻き添えを喰らうかもしれない。早く止めを刺すか、この家から追い出さないと危険だ。

 近くには窓があった。窓を壊して外に出て、「こっちだ!」と邪龍体を挑発する。邪龍体は即座に反応し、建物を破壊して外に出てきた。


 順調すぎる展開だった。どこかに落とし穴が無いかと不安になるほどだ。だがそれは油断してしまい、些細な異変を見逃してしまうから起きることだ。

 気を抜くな。油断するな。一つたりとも異変を見逃すな。それが出来れば勝てる。これが出来ればまたウィストと一緒に戦える。

 もう二度と、彼女に悲しい顔をさせないために。


「だからごめん。君は助けられない」


 この邪龍体はか弱き子供だった。僕と同じ、未来に夢も希望も持てない少年だった。少年は僕と同じ環境に身を置いていたのかもしれない。だから少年はこの街や冒険者を憎み、ウィストに希望を見出したのだろう。

 同じ立場なら僕も少年と同じだった。少年と同じように彼らを怨み、ウィストに希望を抱いたのだろう。そうと知っていたら、少年に何かできたのかもしれない。


 だが邪龍体になってしまえばどうしようもできない。邪龍体から元の人間に戻る方法は、未だに判明していない。いつ解明できるのかも分からない。時間が経てば邪龍が蘇る。だから少年を殺すしかない。今ここで少年を止める者は僕しかいない。

 僕が、やるしかないのだ。


 何度も何度も、心の中で少年だった邪龍体を殺す理由を見つける。そうしないと、やらなければならないと分かっていても決心がつかないからだ。


「コロォオオオオス!」


 邪龍体の体にまた黒い靄が浮かぶ。心臓の位置に発生する黒い靄を見て、ようやく決心がついた。あそこを攻撃すれば倒せる。

 邪龍体の攻撃を掻い潜って杭撃砲を構える。短く息を吸ってから引き金を引いて火杭を撃つと、邪龍体の心臓に深く刺さる。そして後ろに跳び退いた直後に、火杭が爆発した。


「ガァ! ア、ア……」


 邪龍体の体に大きな穴が空く。いくら邪龍体でも、重要な器官を破壊されたら生きていられない。それは遠征で何度も見てきた。この邪龍体も例外ではなく、力尽きたかのように地面に倒れた。


「か、勝った……」


 体の熱が上昇する。言葉にできないほどの高揚感が体を支配した。邪龍体は七体いる。そのうちの一体を僕が倒したかと思うと、興奮せざるを得なかった。


 念のために邪龍体の死亡確認をしようと近づく。そのとき、なにか動くものがいくつか視界に入った。

 周囲を見渡すと、外地の住人らしき子供達がぞろぞろと出てきた。戦闘が気になって見に来たのかと思ったが、彼らの様子を見て身体に悪寒が走る。


 それは子供達全員から、邪龍の気配を感じたからだ。


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