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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第四章 寄生冒険者

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27.人の邪龍体

 邪龍と邪龍体の生態は未だに謎が多い。どのようにして生まれたのか、どんな過程で成長するのか、なぜあれほどの強さを持っているのか。それらの謎を全て解くには膨大な時間がかかるだろうと言われている。


 だが長年の研究の成果で判明している点もある。その一つが、邪龍体は己の眷属を作れるということだ。

 邪龍になれる邪龍体は、直接邪血晶を取り組んだ生物だけである。しかしその邪龍体の血を取り込めば、邪龍体と同等の力を手に入れられることが判明している。その場合、眷属は血を分けてもらった邪龍体の支配下になってしまう。遠征の小拠点で襲って来たグルフ達がこれに該当する。

 一体の邪龍体の指示により、統率の取れた動きをする強化されたモンスター達。集団戦を得意とするモンスターに邪龍体の眷属を作られたら、一体だけの強力な邪龍体よりも脅威となりうる。


 しかしこの眷属化を解く方法がある。それは眷属となったモンスターを出血させることだ。

 眷属化は邪龍体の血を取り込むことで発生する。つまり血を取り除けば眷属にならない。眷属の体に傷をつけて出血させれば眷属化を止め、元の状態に戻ることが出来る。ただし、眷属化して間もない頃合いならば小さな切り傷からの出血で済むが、時間が経てば経つほど眷属化を解くために必要な出血量が多くなる。それこそ致死量ギリギリまで出血が必要なケースがあり、研究中に大量出血により死亡した生物もいた。


 つまり、だ。


「もし仲間が眷属化した場合、すぐに出血させなさい。そしてもし手遅れになっていたら躊躇はするな」


 遠征の時のロードさんの言葉が、頭の中に蘇っていた。




 起きたときに気づいたことは、口の中で鉄の味がしたことだった。顔を殴られて口の中が出血したときに同じ味がしたことを覚えていた。

 次に気づいたのは両手と両足が動かないことだ。両手が背中に回された状態で、両手首と両足首がそれぞれ縄で縛られている。木の床に寝転がっており、目の前には木の壁がある。おそらく外地の建物のどこかだろう。


 部屋の様子を見ようと縛られたまま体を反転させる。小さい部屋の中には僕以外に二人の人物がいた。一人はセイラさん。僕と同じように両手両足を縛られている。まだ起きていない。

 そしてもう一人は、反対側の壁の傍に寝ている中年の男性だ。その男性は縛られておらず、全く動かず仰向けで寝ていた。声を掛けて起こそうとしたが、すぐにそれが無駄だと気づいた。

 男の周りには羽虫が飛び、体の上で蟻が歩いている。放置されたモンスターの死骸によく見られる光景だ。遠くからでも生気を感じられない。異臭がしないので、まだ死んで間もないかもしれない。

 部屋には窓は無く、角に別の部屋に続く扉がある。鍵はついてなさそうな扉だ。縄を解ければここから出られそうだ。


「セイラさん、大丈夫ですか」


 声を掛けるとセイラさんの体が動き出す。目を覚ましたのかと一安心したが、セイラさんの様子がおかしい。

 彼女の僕を見つめる眼はどこか虚ろで、意志が無いように見えた。返事もなくただ僕をずっと見つめている。そして微かに感じる邪龍の気配で確信を持った。

 眷属化してる。おそらく先程の子供から血を入れられているのだろう。一刻も早く邪龍の血を体から出さないと手遅れになってしまう。


 何とかして体の縄を解こうとするが、きつく縛られているためビクともしない。誰かに縄を切ってもらうか解してもらわないと無理そうだ。セイラさんも縛られているため、そもそも意識があってないような状態の彼女に解いてもらうのも不可能だ。当然その逆もできない。つまり、この場に居ない誰かに頼るほかないようだ。

 だが誰に? ここに来ているということは誰にも伝えていない。すぐに助けが来るとは思えない。じゃあこの建物の近くに来た人に助けを求めるしかないということか。いや、もしかしたら他の眷属がいるかもしれない。迂闊に声を掛けるのも危険だ。

 出来ることがなにもない。運良く誰かが気づいて助けてくれるのを待つしかない。つまり今は最悪の現況だった。


 それでも何かできることが無いか考えていると、扉の奥から足音が聞こえてきた。それは真っ直ぐ扉の方まで近づいて来て、足音の主はそのまま扉を開ける。部屋に入って来たのは、先程の少年だ。そしてよく見ると、会ったことがあることを思い出した。エルガルドに来た初日、酒場で喧嘩に巻き込まれた外地の子供だった。

 少年からは邪龍体の気配を感じる。邪血晶を取り込めば人も邪龍体になってしまう。おそらく外地に出現した邪血晶を手に入れた彼は、何らかの経緯でそれを口にしたのだろう。

 何を思って邪血晶を取り込んだのか、何をしようとしているのか。考えていることが分からない。一先ず何とかしてこの縄を解かないと。


「……君は前に会ったことがあるよね」


 とりあえず会話をしよう。何を考えているのか、少しでも情報を引き出して推測しないとどうにもならない。

 少年はじっと僕を見て首を傾げる。返事はない。


「酒場で君が喧嘩に巻き込まれた時だ。覚えてない?」

「覚えてるよ。ウィストと一緒にいたよね。ちゃんと覚えてるよ」


 子供特有の高い声。邪龍体になっても意思の疎通はできるようだ。


「元気そうだね。ウィストのことを知ってるのかい?」

「知ってるよ。ウィストは僕達の太陽だから」


 ウィストのことを太陽と称する少年に、ふと自分の影を見てしまう。


「ウィストは僕の日常に光をくれた。絶望の淵に居た僕を救ってくれた人だ。ウィストに救われた仲間はたくさんいる。そして今もウィストを求めているのに……」


 少年は左手にナイフを握っている。それを使って自分の右手の掌に傷をつける。


「お前が現れてからウィストはここに来なくなった。お前は僕達の太陽を奪った極悪人なんだよ」


 少年は瞳の怒りを宿しながら僕に近づいて来る。右手からは血が滴り落ちている。何をしようとしているのか明白だった。


「いつも冒険者の連中が言ってるんだよ。カスには何をしても良いってね。だから僕達も同じことをした。お前からウィストを取り戻すのは当然の権利だ。そしてこれから僕達がすることもだ」

「……何を考えているんだ」

「復讐だよ。この街の冒険者共に地獄を見せてやるんだ」


 少年が僕の顔を掴んで口を開けさせる。


「この血を飲んだ奴は強制的に僕の言うことを聞くようになる。たまにお前みたいに効き目が悪い奴もいるけど、何度も飲ませたら最終的には僕の命令に従うようになる。お前も僕の手下になって、冒険者達に復讐するんだ」


 先程口の中で血の味がしたのは、寝ている間に邪龍の血を飲まされたからのようだ。だが僕がセイラさんのようになっていないからもう一度飲ませようとしている。

 何度も飲んでしまえば完全に少年の支配下に陥ってしまう。その先にある未来は復讐の道具として使われるか、はたまた他の冒険者に討ち取られるか。どちらにせよ最悪の展開しかない。

 どうにかして血を飲まないように仕向けたい。だがそんな名案が思い付く時間があるはずもない。体を動かして必死に抵抗するものの、手足を縛られた状態ではたいして動くことはできず、すぐに体を抑えつけられて少年の左手が僕の口の中に突っ込まれる。


「早く飲んでよ。そしたら一緒に復讐しよう。僕達を虐めてきた冒険者にさ」


 口の中に血が溜まる。吐き出すこともできず、血の匂いが鼻に伝わって来る。早く血を吐き出したいという想いを抱くも、少年は手を引っ込めない。


「さっきはちょっとしか飲ませなかったからね。今度は念のためにもっと飲んでもらうよ」


 徐々に血が溜まっていき口の中に一杯になる。飲まないようにと耐えていたが、少年が僕の鼻を摘まんで呼吸を止めようとする。鼻で息が出来なければ口でするしかない。少年の狙いが分かっていても、それを回避できる術を僕は持っていなかった。

 限界が来た僕は息を求めて血を飲みこんでしまった。


 口に溜まっていた血が喉を通って胃に入っていく。同時に口で呼吸をできるようになったが、血を飲んだことを確認すると少年が僕の鼻から手を離す。そのときの少年は嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「いっぱい飲んだね。流石にそれだけ飲んだらすぐに効果が現れるよ」


 少年の言う通りだった。血を飲んだ後、身体中が熱くなってくる。力が漲ってきて、何でも出来そうな万能感が生まれてくる。もしかしたらこの縄を引きちぎれるのではないか。

 力を振り絞って両腕に力を入れる。僕の体とは思えないほどの力が宿った腕により、縄がぎちぎちと音を立てる。「ふん!」と声を上げると同時にさらに力を入れると、縄を引きちぎることができた。


「え?」


 少年が意表を突かれたかのような声を上げる。少年に何かされる前に、両足を縛っていた縄を同じように引きちぎる。そしてすぐに立ち上がって少年と向かい合った。


「な、なんで? 力は強くなるけどそんなことをするなんて……他の奴は皆大人しくしてたのに」

「知らないよそんなこと」


 眷属化すれば力は増すが、邪龍体の言うことを聞くようになる。だが僕の意識ははっきりしていて、少年の支配に落ちたようには感じない。理由は分からないがチャンスだということは確かだった。


「ウィストの居場所はどこだ。教えないと酷い目に遭うぞ」


 少年は邪龍体だ。本来ならばすぐに討ち取らなければいけない。だがウィストの居場所が分からないうえ、僕は武器を持っていない。見た目は子供だが、その力はモンスターと同じだと思って良い。武器も無しに戦ってしまえばただでは済まないだろう。そして近くには意識のないセイラさんもいる。彼女の安全を考えたら戦うのは危険だ。混乱している隙を突き、ウィストの居場所を聞き出してから逃げるのが最善だろう。


 少年は動揺しているのか及び腰だ。体の重心が後ろに寄っていて今にも逃げ出しそうだった。邪龍体になっても精神はまだ子供だ。危機に対応する能力は低い。

 あと一押しすれば聞き出せるか。そう考えていた時だった。


「うるさい! 僕に手を出してみろ。ウィストのことがどうなってもいいのか! ウィストは―――」


 突如、少年の体が壁に吹き飛ばされた。大きな音を立てて壁にぶつかった少年は、衝突後は重力に逆らうことなく床に落ちていく。邪龍体の生命力なら生きているだろう。

 僕は少年を吹き飛ばした人物に目を向けた。


「今のがウィストを攫った奴、だよな」


 エギルが僕に確認を取るかのように視線を合わせる。僕が頷くと満足そうに笑みを浮かべた。


「やっぱ俺様の勘はあてになるな。このガキを見た瞬間からピンときてたんだよな」


 僕は少年が落としたナイフを拾い、それを使ってセイラさんを縛っていた縄を切る。縄を切ってもセイラさんはまだ意識が朦朧としている。


「……どうしてここに来れたんだ。誰かに教えてもらったのか」

「エリーから聞いたんだよ。お前らがウィストを探してるってな。ちょうど暇だったから俺様も探してたんだよ。そしたらお前らが外地に行ったってことを聞いて俺様もここに来た。そっからは勘だな」


 才能や身体能力だけではなく勘も一級品か。つくづく嫌になるほどの差だ。


「じゃあその勘でウィストの場所を探してよ。聞き出す前に気絶させちゃったんだからさ」

「お前の武器も外の部屋にあったんだ。この辺を適当に探したら見つかるだろ。それかこのクソガキを叩き起こせばいいだけの話だ」

「起こすのはまずいかも。その子は邪龍体だから。……意識を失ってる間に止めを刺した方が良いと思う」


 同じ人間の子供とはいえ邪龍体だ。心は痛むが仕方がない。

 エギルは少し驚いたような顔をして「こいつが?」と言った。


「間違いないよ。今までの邪龍体と同じ気配がしたから」

「こんなクソガキが邪龍体か。だったらしゃーねぇな。ガキだし邪龍体じゃなかったら見逃してやるつもりだったが」


 エギルが剣を抜き、少年の方に振り向いた直後だった。大きな音が出たと同時に、エギルが僕の隣を高速で通っていった。再び大きな音が聞こえたので振り返ると、壁に穴が空いており、その先にエギルが倒れていた。


「……え」


 予想外な展開に呆気にとられた。視線を戻すと、少年が居た筈の場所には別の者が立っていた。


「ワタサナイ……」


 二メートルを超える身長で、闇のような真っ黒な体の生物がそこにいた。


「ウィストハ、ワタサナイ」


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