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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第四章 寄生冒険者

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26.外地

「そうですか。ウィスト様とは会えなかったんですね」


 ロードさんに勧誘されてから二日後、僕は『英雄の道』の拠点にいた。本来ならば昨日ウィストと一緒に体験入団する予定だったが、ウィストと合流できなかったため一日見送ってもらった。昨日は一日中ウィストを探したのだが結局会うことはできず、今日も同じことを報告しに来ていた。

 ロードさんの秘書であるエリーさんは、僕の報告を聞いて間も置かずに答える。


「では先にヴィック様だけでも手続きをしておきましょう。この書類に名前を書くだけで大丈夫です」


 差し出された一枚の書類には入団の意志を確認するための文言と、名前を記入する箇所が載ってあった。これをギルドに提出して、冒険者がどのクランに所属しているのかを管理している。冒険者が複数のクランに所属することは禁じられているので、それを防ぐために必要なそうだ。


「こちらに署名すれば、一時的ですが『英雄の道』に入団したことになります。今回は体験入団ということですから、一週間を期限としてこちらの書類の返却を可能となります」


 一週間後には正式に入団するか否かの判断を行う。最良の判断ができるようにいろいろと見ておく必要がある。そのためにも上手く活用していこう。もしかしたら、ウィストとの差を埋めるために必要なものがあるかもしれないんだから。


 書類に名前を書いた後、エリーさんからクランと施設の説明を受けた。『英雄の道』は優秀な冒険者が多いので厳しいのではないかと思ったが、ルールの数こそ多いものの内容そのものはいたって普通だ。大概のルールは、法を犯さず、模範的な振る舞いを心掛けていれば守れるものばかりだった。ルールさえ破らなければ施設も自由に使って良いとのことだ。思っていたよりも窮屈な生活はせずに済みそうだ。

 一通りの説明を受けて体験入団に必要な処理が終わった頃、聞き覚えのある声が聞こえた。視線を向けると、そこには大きな木の箱を両手で抱えているセイラさんの姿があった。


「こちら、お届けに来ました。受け取りをお願いしま……あれ、ヴィックじゃん」


 セイラさんが僕に気づいて声を掛けてくる。そういえば彼女はウィストと同室だ。何か知ってるかもしれない。そう思って訊ねようとしたのだが、


「ねぇ、ウィスト知らない? 昨日から見てないし、今日も部屋にいなかったんだけどさ」


 僕同様、セイラさんもウィストと会っていないようだ。


「僕も知らないんだ。昨日から探してるんだけど見つからなくて……」

「最後に会ったのいつ? 私は一昨日の朝なんだけど」

「一昨日の夜だよ。昨日会う約束してたからすぐに帰ったと思ったんだけど」

「昨日は朝起きたときからいなかったから……じゃあ一昨日から帰って来てないってことなのかな」


 セイラさんは受付に荷物を渡した後、「これから暇?」と訊ねてくる。僕はエリーさんに視線を向けると意図を察したのか、「もう大丈夫ですよ」とすぐに返してくれた。

 再びセイラさんに視線を戻して「はい」と答える。


「じゃあ探しに行こ。心当たりがあるから」


 反射的に「分かりました」と答えると、セイラさんが先を歩いて拠点を出る。すぐさま付いて行ってセイラさんの隣に並ぶ。


「心当たりってどこですか?」


 歩きながら訊ねると、セイラさんは前をずっと見ながら「外地」と答える。凛とした横顔を見て、歳が近いということを忘れさせる。


「少し前まではよく外地に行ってたって聞いたの。そこの子供達と遊んでたりしてたって」

「けど二日も、しかも約束があったのにそこに行くなんておかしくない?」

「だけどそれ以外に心当たりないし、行ってみて損はないと思う」


 たしかに他に心当たりがないのならば、無暗に探すよりも少しでも可能性がある場所を探した方が効率的だ。それにウィストとの付き合いは僕よりも長い。彼女の方がウィストのことに詳しいだろう。ここは彼女の提案に乗った方が良いかもしれない。


 セイラさんの言葉に納得して、僕達は外地に向かった。内地から出ると、いつもの街の外に続く道を進まずに横に逸れて、外地の住宅地に入る。外地の住宅街は木造の建物が多い。奥に進むほど脆そうな建物が目につくことが増えてきて、すれ違う人々の視線が鋭くなってくる。そして不気味なほど静かで閑散としていた。


「最近調子はどう? 冒険楽しんでる?」


 静かな道を歩いているとき、セイラさんが聞いて来た。


「まぁそれなりには……」

「そう。あんたが来てからあの子楽しそうにしてたからさ、あんたはどうなのかなって思ったの。あの子と一緒だと大変でしょ」

「そんなことは……」


 ウィストのペースについて行くのはたしかに大変だ。それは冒険中のことではなく、彼女の成長について行くことについてだ。


 ウィストの成長速度は僕とは比べ物にならない。そして彼女は様々なダンジョンを冒険したがる。いずれ上級ダンジョンにも挑むだろう。だが上級ダンジョンに行くには、彼女と一緒に上級冒険者にならなければいけない。

 ウィストならすぐにでも昇級試験に合格して上級冒険者になれるだろう。だが僕が同じタイミングで合格できるかと聞かれたら、答えは「ノー」だ。普通の冒険者が十年以上かけて合格するのが常識な試験に、ウィストと同じタイミングで合格できるわけがない。これでは寄生冒険者と言われても仕方がないのだ。

 にもかかわらず、ウィストは僕とチームを組み続けている。それは彼女の優しさからだ。必死に努力をしてエルガルドに来た僕に対して、彼女は情けをかけてくれている。そして僕はそれに甘えているのが現状だ。


 僕の我儘のせいで彼女に迷惑をかけてしまっている。その現状を脱するべく、一刻も早く強くなりたい。ロードさんの誘いに乗ったのはそのためだった。


「ありがとね。あの子に付き合ってくれて」


 相変わらずセイラさんは前だけを見ている。大人びていたその横顔が少し綻んでいるように見えた。


「あの子、あんたが来るまでどこか寂しそうにしてたからさ。ここに来てたのも、その寂しさを紛らわすためだったと思うの。冒険者じゃない子供なら、あの子のあの変な噂なんて気にしないし、そもそも知らないだろうから何も気を遣わずにいれたんだろうね」


 セイラさんはウィストとは対照的で表情の変化が乏しい。声もぶっきらぼうだったりする。だけど今の彼女の声からは、少し温かみを感じさせた。


「けどあんたが来てからいつも楽しそうにしてたの。最近は外地に行くこともなくなったし、冒険を楽しんでるんだなって。あの子のやりたいことが出来てるから安心してたんだ」

「……僕はただ一緒に冒険してるだけです」

「いいんだよそれだけで。あの子はただ楽しく冒険ができればいいだけなんだから。なんかいろいろと言われてるけど、私はあんたがウィストの相棒で良かったって思ってるよ。あんたは大変かもしれないけど、私としてはもう少し付き合ってあげて欲しいな。そしたらみんなもいずれ飽きて、変な噂も無くなると思うよ」


 冒険者が多いエルガルドでは、人だけではなく情報も多い。僕の噂もウィストの評判も一過性のもので、いずれ他の話題に埋もれてしまうということだ。それまで耐えれば以前と同じ活動ができるだろう。


「私はあんたみたいな体験したことないから良いアドバイスはできないけどさ、話を聞くくらいならできるから。嫌なことは上手く受け流していきなよ」


 上手く受け流す、か。たしかにいちいち真剣に受け止めていたら耐えられないかもしれない。そう思うと少しだけ肩の力が抜けた。


「……そうだね。ありがとう、セイラさん。少し楽になったよ」

「いいよ、お礼なんて。たいしたこと言ってないし」

「いや、助かるよ。少し力が入ってたのかもしれない」


 今回の入団はウィストとちゃんと話をせずに決めてしまった。だけどウィストは何か思うところがあったのかもしれない。これでは以前の二の舞になってしまう。ウィストと会えたらもう一度話をしよう。


 気を改めてウィストの捜索を続ける。だが住宅街の奥に来てから人の気配が少なくなってきている。家の中には居るのだろうが、道中には見当たらない。これでは人を訊ねてウィストを探すことすら難しい。


「人がいないね。いつもこんな感じなのかな」

「いつもより少ないね。たまに仕事で来ることがあるんだけど、そのときはもう少し居たと思う」

「仕事って、冒険者の?」

「鍛冶屋。勉強がてら手伝いをしてるの。この辺にも冒険者がいるから、武器とか装備とか届けに行くのよ。この時間帯なら、冒険者じゃなくて子供とかよく見かけてたかな」

「子供って内地じゃあんまり見かけないよね。たまに店で働いてる子はいるけど」

「ここから出稼ぎに来てる子だね。親がいなかったり、稼げてなかったりする子がよく来てるの。外地にはそういう子が多いのよ。冒険で死んじゃったり、怪我で前みたいに稼げなくなったりする人の子供がよく働いてるの。こっちの方がいろいろと安いから」


 エルガルドに来た当初、ウィストも似たようなことを言っていた。外地の方が生活費は掛からないが、治安が悪いから内地の方が過ごしやすいと。たしかにこの薄気味悪い雰囲気の場所にはあまり住みたくはない。


 しばらく歩き続けると、一つ二つと視線を感じた。近くに人影は見えない。建物の中から僕達を見ているのか。視線を建物に向けると何かが動く音が聞こえた。

 気味が悪い。同じことを感じたのか、セイラさんも周囲を見渡し始める。だが視線の数は減るどころか増えているように感じた。まるで僕達を監視しているかのように。

 昔、似たような状況に陥ったことがある。たしかあれは大量のモンスターに囲まれた時だった。


「ねぇセイラさん。ちょっと戻った方が―――」


 声を掛けると同時に、前方に子供が一人現れた。十歳くらいの男の子だ。その子は道の真ん中で突っ立って、じっと僕達を見ていた。


 その子供と眼が合った瞬間、全身に悪寒が走った。


「セイラさん! 逃げ―――」


 直後、妙に甘ったるい匂いが鼻腔をつく。それはモンスターを捕獲するときに使う睡眠薬と同じ匂いだった。咄嗟に鼻を塞いだが、すぐに意識が朦朧としてくる。


 薄れゆく意識の中で、少年の姿に既視感を覚えていた。


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