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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第四章 寄生冒険者

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24.代わり

「こっぴどくやられたなぁ!」


 闘技場の治療室に入って来たユウが、ベッドで横たわる僕に言った。僕が治療室に運ばれてから二時間後くらいだった。ユウの体には真新しい傷や汚れがあったが、彼の機嫌の良さから満足に戦えたということが予想できた。

 一戦目で敗れた僕と違って。


「初めてだから最後まで行けないと思ってたが、まさか一体目でリタイアするとはな。やべぇ個体と当たったんだな」


 レースに出てくるモンスターの種族は同一でも、それぞれの強さまで一緒とは限らない。その強さはピンキリだ。二人の参加者が同日に挑戦しても、一方が弱くてもう一方が強い個体に当たることは珍しくない。レースで上位を目指すには弱い個体を引く運が必要になるとのことだ。


「まぁ気にすんな。一体目で負ける奴はたくさんいんだ。お前に限った話じゃねぇよ」


 らしくなく、慰めの言葉をユウが投げかける。レースで結果を出せなくてショックを受けていると思っているのだろう。

 だがその認識は間違っている。


「僕が落ち込んでるのは、そういうことじゃないよ」


 元々、レースの結果についてはこだわってない。初挑戦で良い記録を出せなかったことについては予想していた事態の一つだった。

 ただただ、自身の馬鹿さ加減に呆れ果てたのだ。


「雰囲気に呑まれて、鍛錬が目的だったことを忘れて舞い上がって、舐めてかかって馬鹿みたいに突っ込んで……自分の馬鹿な行動に心の底から後悔してるからだよ」


 鍛錬のつもりだったから、むしろ弱い個体よりも強い個体を望んでいた。周囲のことや記録なんか気にせず、実戦経験を積むためだけに闘技場に来た。


 しかしあのとき、闘技場の空気に呑まれてしまった。大勢の観客の声援と期待の目が僕の背中を後押しして、その勢いのままに戦いに行った。相手が戦い慣れていたグロベアだったということもあり、いつもなら様子見するところをそのまま突っ込んでいった。その結果がこれだ。

 思っていた以上に強かったグロベア相手にペースを掴めないままグダグダと戦い続け、それに痺れを切らした観客の煽りに乗ってしまって無理に攻め込み、まともに反撃を受けて負けてしまった。審判がいなかったらそのまま死んでいたかもしれない。そして担架で運ばれているときに聞こえてきた落胆や罵声の声で自分の未熟さに気づき、今に至る。


「なにやってんだよ、僕は……」


 今までで一二を争うほどの惨めさだった。こんなことなら闘技場に来ず、いつも通りの鍛錬をするべきだった。何もせずに寝てたほうがマシだったと言って良いほどだ。

 やるべきことをやれない。できたはずだったことができない。本来の力を全く出せずに終わった。馬鹿すぎて自分が嫌になる。

 僕の情けない姿に苛ついたのか、ユウが僕の胸倉を掴んだ。


「ふざけてんのか、てめぇ」


 先程の機嫌の良かった顔から一変、ユウが鋭い眼で僕を睨む。


「ここは闘技場だ。モンスターと、他の奴らと勝負するための場所だ。なのに鍛錬のために来ただと? 笑えねえよ」

「……どう利用しようと僕の勝手だ」

「オレ様がムカつくんだ。真剣勝負の場にふざけた奴が来て、そいつを黙って見過ごす腑抜けじゃねえんだよ」


 ユウが突き飛ばすように僕から手を離す。


「期待して損したぜ。一瞬でも仲間だと思ったオレ様が馬鹿だったよ」


 乱暴な足取りでユウが治療室から出ていく。大きな音を立てて閉まった扉を、僕はしばらく見ていた。

 あのユウが僕を仲間だと思っていた。独りよがりで自分勝手な彼が、誰かに心を許すなんてことは予想外だった。あんなに機嫌が良かったのは、初めてできた仲間に舞い上がっていたからか……。


 心を開いてくれたユウの期待を裏切ってしまった。そんなつもりが無かったとはいえ、ユウを傷つけてしまった。そのことを忘れたくてベッドに寝転んだ。

 寝よう。そして忘れよう。そして朝になったら気持ちを切り替えてまた鍛え直そう。そうすることでしか解決策が思いつかなかった。


 眼を瞑って眠りに着こうとしたとき、治療室の扉がノックされる。今、治療室には僕しかいない。「どうぞ」と入室を促すと扉が開いてノックした人物が入って来た。


「ロードさん?! どうしてここに……」


 遠征が終わって以来のロードさんとの再会だった。意外な人物に驚きて、思わず体を起こしていた。


「用事があって偶然闘技場に来ていたんだよ。そのついでに見ていこうと思ったら君がいたからね。怪我は大丈夫かな」


 ロードさんが心配げな表情を見せながら僕のベッドの隣に歩いて来る。治療室に来るほど心配されていたなんて……。


「たいした怪我じゃないです。ちょっと頭を打ったので一日は安静にしてなさいって」

「闘技場で怪我は日常茶飯事だ。再起不能な怪我を負うことや、死人が出ることもある。それに比べたら君は幸運だ」

「……そうかもしれないですね」


 運が良いと言われても素直に喜べなかった。無様に負けたことには変わらない。その心の傷はなかなか深かった。


「けど実力不足を痛いほど感じました。明日からまた鍛え直そうと思います」

「そうか、ならちょうどいいかもしれないな」

「……何がですか?」

「勧誘だよ。『英雄の道』に入らないか?」


 思わず息を呑んだ。ロードさんの言った言葉を頭の中で繰り返し、五回目くらいでようやく理解した。


「……冗談ですよね」


 以前、エギルにも誘われた。あのときはエギルの態度が気に入らなかった断った。そもそもエギルが本気で勧誘していたのかもわからない。あのときはあれが正解だったと今でも思う。

 だが今回は話が違う。同じ勧誘でも今度はクランのトップからだ。冗談だと疑うのも無理はないと思う。


「いいや、本気だよ。君を私のクランに勧誘しているんだ」


 冗談ではなかったようだ。

 しかしなぜだ? 遠征でもたいした成果を上げられず、たった今闘技場で醜態を晒した冒険者を何で勧誘するんだ。

 理由が分からない。その意図を知りたかった。


「何で僕を誘うんですか? 僕は『英雄の道』に入れるほどの実力じゃないのに」

「そうだな。君は他の冒険者に比べて特に劣っているわけではないが、優れているわけでもない。優秀な冒険者が揃った私の団員と比べたら力も知識も経験も劣るだろう。だがそれでも私は、君を私のクランに入れたい」

「……僕がウィストの相棒だからですか?」


 思いつく理由はそれくらいだった。エギルに誘われた時もそうだ。ウィストを取り入れるために、まずは周りの人間である僕から攻める。そういうつもりなら自然に納得できた。エギルはロードさんの秘蔵っ子だと聞いた。かなり優遇されているようだから、エギルのために一肌脱ごうとしたのかもしれない。

 だがその推測は外れた。ロードさんは「違う」とすぐに答えた。


「エギルがウィストに執心していることは知っている。だがそれはエギル個人の問題だ。私はエギルがウィストと組もうが組まないが関心は無い」


 口ぶりから本当にウィストに関心は無さそうだ。遠征ではそれなりに気にかけていたように見えたのだが、心変わりでもしたのだろうか。だがここまで否定しているところに追及するのは気が引ける。

 だがウィストが関係ないとなるとますます分からない。ウィスト以外で凡庸な僕を誘う理由がどこにあるのだ。


「私が君を勧誘する理由は、君の潜在能力に期待したからだ」


 ロードさんが視線を逸らし、少し懐かしむような表情をした。


「遠征の時、ニャガを相手にした君の立ち振る舞いは見事だった。特に追い詰められてからの動きが素晴らしかった。歳も経験も勝る二人を上手く使い、あと一歩のところまで追い詰めた。止めを刺したのはウィストだが、そこまでの御膳立てをしたのは君だ。あの環境下であそこまで動ける者は、君の歳ではそうそういない」

「あれはルカやオリバーさんのお陰です。それにウィストがいたからできたことです」


 ニャガを倒せたのは皆が僕に協力してくれたからだ。僕だけの力じゃない。


「仮にそれが僕の力だとしても、僕の歳では珍しいって話でしょ。そこにこだわらなければ他にもできた人はいるはずです」

「たしかに経験を積めば君と同じことはできるだろう。だがその力を今持っていることが重要なんだ。彼らが君と同じ力を身につける間、君は別の力を身につけられる。技術や知識は私達が教えられるからな」


 ロードさんはクランを率いる団長という立場のため、多くの冒険者を見てきた。ロードさん自身も優れた冒険者であり、長く冒険者を続けているのでその言葉に説得力はあった。先程の惨敗で卑屈になっていたが、少しだけ自信を取り戻せた気がする。


「それにこれは個人的な事情だが、私は君の成長を見てみたいという願望がある。そのために君を近くに置いておきたい」

「僕の成長を?」

「そうだ。あいつの代わりに君の成長する姿を目に焼き付けておこうと思ってな」

「あいつって……」


 その後ロードさんは、予想外の名前を口にした。


「ジーク・ライザー。君の父親のことだ」


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