11.適した戦術
「『戦術』という言葉がある。一言でいえば、勝つために用いる策のことだ」
ダンジョンを進みながら、アルバさんが説明を続ける。僕とラトナはアルバさんの話に耳を傾けた。
「敵味方の戦力、地形、天候、精神状態、あらゆる要素を調査して、勝利のための策を考慮する。そうして考え上げたものが戦術と呼ばれるのさ。優れた戦士はこの戦術を上手く用いることが出来ている」
「僕達はそれができていないということですか?」
「そういうことさ」
アルバさんが自信満々に断言する。だけど僕は、いまいち納得できなかった。
「けど、前々からそうしてます。ドグラフに勝つために、いろんな戦法を試してます。どれも途中までは上手くいくんですけど、最終的には―――」
「それは前提条件が間違っているんだよ」
「……条件?」
「勝つために必要なのは情報だ。戦術を用いるためには、これを正確に把握しないといけない。君達が失敗しているのはそれだ」
「間違った情報で作戦を立ててるから、失敗してるってこと?」
「その通り。君達に必要なのは、敵と自分達のことをよく知り、その情報を元に作戦を立てる能力だ」
思い返せば、上手くいったときのほとんどがそうだった。
レン相手に生き延びたとき、初めてマイルスダンジョン八階層に挑戦したとき、同期の中で一番最初に踏破したとき。僅かな例外を除けば、敵のことを知っていて、適当な戦術を用いたときに成功している。失敗したときはその逆だ。
「じゃあドグラフのことをよく知れば、今度こそ勝てるのですね」
「プラス、自分のこともだ。最適な戦い方を選ばないと勝てない」
アルバさんが訂正して、話を続ける。
「人はそれぞれ異なった個性を持っている。体が大きいか小さいか、能力が高いか低いか、知識が多いか少ないか、容姿が良いか悪いか」
「最後って関係あります?」
「可愛い子の前だと張り切っちゃうでしょ」
否定はできなかった。
「何が言いたいかというと、不得手なことを戦術に組み込むのは危険だということさ。足が遅いのに機動力で敵を翻弄する策や、非力なのに大きな武器を使う策は無謀だ。自分には何ができるか、何ができないかを理解しておくことが大事なのさ」
「何ができるか、できないか……」
僕の個性は何だろう。
我慢強いこと、盾で受け流しができること、一人で冒険していたこと……欠点は言い切れないほど思いつくけど長所は少ない。
「なかなか思いつきませんね」
「そだねー。なんかー、嫌なところしか分かんないね」
意外にもラトナが同意していた。良いところはたくさんあるのに。
「ラトナは色々とあるでしょ。頭が良いし、色んな知識を持ってる。武器や道具の使い方を教えてくれたでしょ。周りのこともよく見えてるし、一緒に戦ってたら後ろにラトナがいれば安心できるんだよ」
ラトナは赤面して「……そ、そんなことないってばー」と嬉しそうに言った。
「それを言うならヴィッキーもだよ。我慢強くて努力家じゃん。勉強とか苦手なことにも頑張れるってすごいんだよ。頼みごとを聞いてくれる優しいところもあって、しかもちゃんとやるっていう責任感もあるじゃん」
「そ、そう?」
「うん。結構頼りにしてるんよ」
真面目な表情から、お世辞じゃないと思えた。面と言われて、少し顔が熱くなった。ラトナも「やばっ、恥ずかしっ」と赤面していた。
「まぁ青春もそこそこにして」
アルバさんが良い感じに空気を壊してくれた。
「つまり君達に必要なことは、情報を正確に知る手段と戦術に必要な力の運用方法だ。敵と己に合わせた戦術を考えるのが、今回の調査での課題だ」
「僕達で考えるのですか?」
「そうだよ。そもそもアリスは、今話したことを全部君達だけで考え出して欲しかったらしいからね。これ以上のサービスは君達のためにならない」
僕はアリスさんの方を見た。アリスさんは「はっ」と短く息を吐いた。
「だから言っただろ。ちゃんと考えろって。それくらい分かれ」
内心は「無理でしょ」と思いつつ、自分に落胆した。
最初からアリスさんはヒントを出していた。かなり不親切だが指導をしてくれて、何度もチャンスを与えてくれた。
だけど僕は、チャンスを活かせなかった。不平や不満を言って、ふてくされていた。
アリスさんは、僕のことを考えてくれていたのに……。
「というわけで、僕が言ったことを意識して戦ってみようか。今まで意識していなかったことを考えながら戦うのって最初は疲れるから、何度もやって慣れていこう」
「もうヒントはやらねぇからな。ちゃーんと考えろよ。救助だけはしてやるから」
アリスさんとアルバさんが進み出す。僕とラトナは「はい」と返事をして二人に続いた。
歩きながら考える。どうすればドグラフに勝てるのか。
今までの僕は、地形を利用して数量差を埋めようとしていた。それはある程度効果があって、ドグラフの一隊の殲滅間近まで追い詰めたことがあった。だけど結局、最後の一匹を倒すことは叶わなかった。
おそらくこれは、アルバさんが言うところの情報が間違っていることにあるのだろう。最後の最後の詰めを誤るのが原因なのだ。
では、何を間違っているのか。相手の特徴か、僕の状態か、それとも二つの情報は合っていて戦術に不備があるのか。
ドグラフの情報を思い出し、自分の力を確認する。どれも間違っていないように思える。他の方法があるのかと疑うほどだ。
もしかしたら情報が足りないのか。だとしたら今考えても意味がない……いや、僕の話を聞いたミラさんが楽勝だと言ったのだ。同じ情報量ならば僕にだって分かるはず。
……ミラさんならどう戦うのだろう―――。
「ん?」
何か頭に引っかかる。くすぐったくてもどかしい感覚が、脳内に残る。
今、とても重要なことを思いついた気が……。
「どしたのヴィッキー」
ラトナが心配そうな目を向ける。
「ちょっと考え事してただけ」
「そっか。それってあたしのこと?」
「なんで?」
「……素で返されると恥ずかしいなー」
ラトナは嬉し恥ずかしそうな顔を見せた。
「さっきお互いの良いところ言ったっしょ。それかなーって思っただけ」
「なるほど……」
思い出してまた照れ臭くなる。あぁも面と褒められることには慣れていなかった。
「ラトナとは結構一緒に行動してるからね。目につくところが多いんだ」
「あたしも同じ。付き合いが長いとさ、そういうところ分かってくるよね」
「うん。ラトナならここでこう言うだろうなって、こういう風に動くよなって」
「相手のことが分かるってやつだね。チームやってるとさ、自然に分かっちゃうもんねー。なんかー、あの人ならこうするだろうなって」
「そうそう。考えが分かってきて連携が……」
ふっと、一つの案が浮かんだ。
とても単純で、だけど難しそうなやり方。だけどこれは、どうすればいいのかわからない僕への最適解の様な気がした。
やってみたい。その想いが強くあった。
「ヴィッキー?」
「……ラトナ。ちょっとやってみたいことがあるんだけど、協力してくれる?」
「もち。どうすればいいの?」
説明すると、ラトナが口角を上げた。
「面白そうじゃん」
その笑みに、どこか頼もしさを感じた。




