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冒険者になったことは正解なのか? ~守りたい約束~  作者: しき
第四章 寄生冒険者

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20.遠征を終えて

「ねぇ、もう帰らない?」


 ローグダンジョンの三階層に降り、十体目のモンスターを倒したときだった。ウィストは大きなリュックを背負いながら言った。リュックには倒したモンスターの素材がもう入りきらないほど詰め込まれている。


「もう少し行こう。多分あと少しで四階層に続く道があるはずだ。そこを見つけてから帰ろう」

「けどそろそろ危ないよ。荷物が一杯だから動きづらいし」


 僕のリュックにも同じくらいの量の荷物が入っている。激しく動くとリュックの重みに振り回されるので、戦闘の際にはいちいち降ろしてから戦っていた。


「じゃあ荷物は置いて帰りに回収しよう。他に冒険者はいなさそうだから盗まれることは無い」

「そこまでして先に進まなくていいんじゃない。今日は元々依頼のために来たんだから。もう十分でしょ」


 今日ローグダンジョンに来たのは、ギルドで受けた依頼を達成するためだ。ローグダンジョンに生息するモンスター五種類の素材を集めることが依頼の内容だ。ダンジョンに生息するモンスターを調査するための依頼で、そのための素材は既に十分すぎるほど集まっていた。

 だがまだ足りない。僕はまだ帰りたくなかった。


「……だったらウィストだけ帰りなよ。報告は一人で十分でしょ」

「一人で帰るわけないじゃん。三階層とはいえ中級ダンジョンだから、やばいモンスターが出てくるかもしれないんだよ。そんなところにヴィックを残して置いて帰れないよ」


 ローグダンジョンはエルガルド周辺の中級ダンジョンの中でも攻略難易度が高い部類に入る。そこに生息するのは中級モンスターのなかでも上位に位置するモンスターが多く、時折上級並みの強さを持つ個体が発見された報告がある。ダンジョンに入って六時間ほど経っており、重い荷物を背負いながら移動し、何度も戦闘していることもあって疲労もある。ウィストが僕を心配するのもごく当たり前のことだ。


 それでも、ウィストの言葉が胸に刺さる。悪意のない言葉だということは分かっている。仲間である僕を気にかけているが故の言葉だということも理解している。

 しかしあの日以来、僕の中には再びある感情が大きく燃え上がっている。それから気を紛らわせたいがために、他のことに集中したかった。


「それにさ、今から戻らないと馬車に乗れなくなっちゃうよ。流石にここから大荷物を背負って帰るのは大変でしょ」


 ローグダンジョンは多くの冒険者が利用しているため、移動用の馬車の定期便が運行している。最終便に乗り遅れたら野宿になるだろう。僕の我儘に付き合わせてウィストに負担をかけるのは嫌だった。




 馬車でエルガルドに戻ると早速依頼達成の報告をするためにギルドに向かう。その道すがらウィストは、何人もの冒険者や商人達に話しかけられた。


「お疲れ! 今日も大漁だったみたいだな」

「ウィストちゃん。この前はありがとね」

「おつかれさん。今度俺の依頼も受けてくれよな」


 道行く人々がウィストに視線を向け声を掛ける。ウィストは愛想よく彼らの声に応えている。初めこそ戸惑っていたが、今ではすっかり彼らの好意に慣れてしまった。

 足が止まるたびにウィストは僕に申し訳なさそうな顔をする。遅くなればギルドに人が増えて、報告までに時間がかかってしまうことにではない。それもあるが別のことを懸念しているのだろう。三年前のあのときのことを。


 気にしてない素振りを現しつつ歩いてギルドに着くと、道中よりも多くの視線が向けられたのを感じた。受付前で並んでいる間、ウィストは僕の傍にピタリとついて離れない。報告は僕一人でも十分なのだが、一人になってしまった時の事態を考えているのだろう。あのときと同じことが起こるのは僕も嫌だったので、彼女が一緒にいることに対して何も言わなかった。

 依頼の報告を終えると僕達はすぐにギルドから出ようと扉に向かう。そしてあと一歩で外に出られる直前、「ウィスト様!」と初老の男性が大声を出しながら間に入って立ち塞がった。


「お願いです! 儂らを助けてください!」


 初老の男性の表情には悲壮感が見られた。男性の必死な様子に僕達は驚いて足を止めてしまう。すぐに嫌な予感を察したのでウィストを無理矢理連れ出そうとしたが、それよりも早く初老の男性がウィストの両腕を掴んでいた。


「儂の妻が重い病気にかかってしまったんじゃ。それを治すには『ゼンキ草』とかいう薬草が必要なんじゃがどこにも売っとらん。聞くととても危険な場所にあるらしくて誰も依頼を受けてくれんのじゃ。それを取って来てくれんか」


 聞いたことのない薬草だが、男性の様子から嘘を言っているようには見えない。いくら報酬金が高くても危険な場所には行きたがらない冒険者は多い。今回の依頼もその類のものだろう。人の良いウィストなら依頼を受けてしまいそうだ。


 依頼を受けるのは良い。だがそれは従来の手段、つまりギルドを通して掲示板に張り出された依頼書の中から選んで依頼を受けるという方法だ。ギルドを通さずに個人で依頼を受ける者もいて僕達も同じことをしようと考えたがすぐに止めた。

 それは、ウィストの名が売れすぎてしまったからだ。


「ちょっと待て! だったら俺の依頼を受けてくれよ! 報酬金ならたんまり出すぞ」

「私のも受けてよ! うちの夫も病気なの! 助けてよ!」

「情に訴える暇があったら金を出せ! ウィスト、うちならこのなかで一番金を出してやれるぞ」


 老人の行動が切っ掛けで、依頼主らしき人達が大勢詰めかけてくる。その勢いに押されてウィストは壁際にまで追い込まれてしまった。

 個人で依頼を受けるにはある程度の知名度と実績が必要だ。遠征から帰還したウィストはその両方の条件を満たしている。だが人気がありすぎると依頼の管理が必要となって負担が増え、彼女の好きな冒険がし辛くなってしまう。さらに不要なトラブルが発生してしまうので個人で依頼を受けることはしないと決めていた。そのためにウィスト目当てに依頼を出しに来た依頼主にそのことを伝えるようギルドに言っていたのだが、その忠告に効果は無かったようだ。


 何とか場を落ち着かせようと依頼主達に声を掛けようとした。だがその直前に危惧していた二つ目の事態が起こってしまう。


「手が足りないなら俺達が協力してやるよ」


 少し離れた場所から冒険者の男が声を掛けてきた。彼の周りには仲間と思わしき男達がいた。


「どの依頼にもついて行ってやる。お前と俺達ならどんな依頼も達成できるぜ」

「こいつらより私達の方が良いわよ。同じ女同士仲良くしましょ」

「お前らとじゃ足引っ張るだけだろ。俺と行こうぜ。俺なら足手纏いにならないさ」

「ロートルのくせになに言ってんだか。ここは将来有望な僕と行こうよ。何でもやるよ」


 依頼主だけではなくギルドに来ていた冒険者達も集まって来た。ウィストと一緒に行けばどんな依頼も達成できる。つまり労せず報酬金を得られるので、金銭目当ての冒険者達がウィストと組みたがって押しかけていた。

 ギルドの出入り口付近に、ウィストを囲むような人の塊が出来てしまった。通行の邪魔になることはもちろん、普通にギルドを利用しに来た人達の邪魔になってしまう。以前同じことが起きたときには彼らだけではなく僕達も注意を受けてしまった。僕達は全く悪くないというのに……。


 怒りが湧き上がった僕は、強引に人混みを掻き分けながらウィストの下に進む。ウィストの前に着くと、未だに初老の男性が彼女の両手を掴んでいて逃がさないようにしていた。僕は男性の手を力づくで引き剥がしてから、皆に聞こえるように大声で言った。


「依頼は全部ギルドを通してください! それ以外の依頼は受けません! チームの人員も増やす予定はありません!」


 言うべきことを言った後、僕はウィストの手を掴みながら集まった人達を押しのけて脱出し、足早にギルドから遠ざかる。そして人通りが少ない場所まで移動すると立ち止まって息を整えた。モンスターと戦った時よりも疲れた気がした。


「ありがとう、ヴィック。助かったよ」


 僕と同じような疲労を感じたのだろう。ウィストの表情には疲労感があった。


「本来なら私が言わなきゃいけないのにヴィックにさせちゃった。ごめんね」

「良いって。ああいうのを本人がやると角が立つし」


 今やウィストは影響力のある人物の一人だ。彼女の一挙手一投足を注目する人が増えている。迂闊な発言と行動はさせたくない。


「そしたらヴィックが矢面に立つじゃん。それは嫌だな」


 ウィストもそれを理解している。それでも彼女は僕にその役回りをさせたくなかったようだ。


「こういうのは慣れっこだよ。それよりもさ、今日は早めに帰った方が良いよ。またあの依頼主達が探しに来るかもしれないし」

「……そうだね。ヴィックはどうするの。良かったら一緒にご飯食べに行かない? 最近隠れ家みたいな料理屋見つけたんだ。そこなら静かに食事できるよ」

「いや、遠慮しとくよ。まだちょっとやることがあるし」


 この後は鍛錬をするつもりだった。そのための時間を少しでも長く確保したくて、食事は手早く済ませるつもりだった。

 するとウィストは残念そうに「そっか」と答えた。


「分かった。けどまた一緒に食事しようね。フィネとかミラ達も誘ってさ」

「そうだね。じゃあまた明日」

「うん。無理はしないでね」


 ウィストはそう言って人通りが少ない道を進んでいく。その背中を見届けてから、僕は来た道を引き返した。

 おそらくウィストは僕がこれから鍛錬をしようとしていることを知っている。そのうえで食事に誘い、無理だと察してすぐに諦めた。おそらく僕に気を遣ったのだろう。


「調子に乗んなよ。寄生のくせに」


 ギルドからの去り際に、集まった冒険者のうちの一人が言った言葉が耳に残っている。近くにいたウィストにも聞こえていたはずだ。


「ハイエナの次は寄生か……。心配するのも当然だよね……」


 遠征から帰還してから一ヶ月。僕達を取り巻く環境は大きく変わっていた。

 良い方にも、悪い方にも。


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