20.化物
人に好かれそうな冒険者だな。ルカがウィストに抱いた第一印象がそれだった。
エルガルドに来てから二ヶ月経った頃、四人部屋の最後の一人として彼女が来た。明るくて可愛くて人懐っこい、自分とは真逆な性格、体の線は細く肌は綺麗だった。おそらく常に誰かに守られながら冒険をしていたのだろうと思った。冒険が楽しいとか、冒険者に成りたての素人みたいなことを言っていたので、その印象がますます強くなった。
冒険者の中には見た目や愛嬌を利用して優秀な者に取り入り、分不相応な報酬を得る者がいる。たいして同行者の役に立てず、ただ一緒に居るだけの存在。そのような冒険者は寄生冒険者と呼ばれていた。
冒険者の少ない街や教育に熱心なギルドでなら、育成という理由で受け入れられるだろう。だが冒険者として成り上がろうとする者が多いエルガルドでは、そういう存在は疎ましがられる。しかもエルガルドに来るということは、トラブルを起こして居辛くなって地元を出たのだろうということが推測した。
「ああいうのがいるから、女性冒険者が軽んじられるのよね」
同室のジェーンはウィストのような冒険者を特に嫌っていた。彼女は器用で知識のあり、実力のある冒険者だった。しかしプライドが高いため同行する冒険者と衝突することが多かったので、長くチームを組むことが出来なかった。その一方で愛想だけが良い寄生冒険者がチームを組めている現状を妬み、彼女らのことを目の敵にしていた。
寄生冒険者には女性が多い。しかもマイルスと言えば軟弱な冒険者が多いという話をよく聞いている。ウィストはその両方に当てはまっているため、ジェーンが彼女を敵視するのは必然だった。
「そうだと決まったわけじゃない。早急に決めつけるな」
「絶対そうよ。あのセイラと仲が良いのよ。絶対に同種よ」
同室のセイラが、まさにそういう存在だった。彼女は生まれ育った町ではなくエルガルドに来てから冒険者になり、そこですぐにできた仲間とチームを組んで冒険をしている。それだけなら度胸のある人だなという印象だけなのだが、一度だけ彼女とジェーンと一緒に冒険をしたことがあり、そのときの彼女の動きを見て寄生冒険者ということを否定できなかった。
戦闘に消極的、モンスターや調査に関しての知識量は平凡、体力は人並み以下、荷物持ちすらしない貢献度の低さ、どう考えても寄生冒険者にしか思えなかった。しかも性格が特に良いわけでもないので、どうして彼女のチームメンバーは一緒に組んでいるのか不思議に思うほどだ。
ウィストはそういう人物と仲が良かったので、ルカも内心は同じ存在なのだと見ていた。だからルカはウィストとは最低限の会話だけに留めて、できるだけ関わらないように心掛けた。
だがウィストが来てから一週間経った頃、彼女から冒険の誘いを受けた。「一緒の部屋に住んでるんだから仲良くしたい」という理由だ。ルカ達が距離を取っていることを察し、友好を深めたいがための提案なのだろう。それとも他に寄生先が見つからなかったのでルカ達に狙いを定めたのか。
どちらが理由でも、ルカは断るつもりだった。弱い冒険者と組むのも寄生されるのも嫌だったからだ。そういう人物と組めば同時に自身の評価も下がる。成り上がることを目指しているルカにとって、全く魅力のない誘いだった。
しかし結局はその誘いを受けてしまった。それはルカ以上に彼女を避けていたジェーンが同行すると知り、しかも行先もジェーンが提案するという積極的な働きに不吉な予感があったからだ。
「猫の手でも借りたかっただけよ」
ジェーンはそう言ったが、悪戯っぽい笑みを見てより一層不安になった。ただの同室者でしかない相手だが、危険な目に遭いそうな場面に出くわして見過ごせば気分が悪い。仕方なく同行することにした。
行き先はガットダンジョン。中級ダンジョンの中では比較的楽に攻略できるダンジョンのため、足手纏いが一人いても問題無いと思った。
ダンジョンでは適当にモンスターを対処しながら進んだ。ウィストを最後尾に配置していたため道中は彼女の実力を見る機会が無かった。しかしルカ達が戦っている間、彼女は逃げるような素振りを見せずにいつでも動けるように構えていた。その様子からそれなりに戦闘経験がありそうに見え、少なくとも寄生冒険者ではないんじゃないかと自身の判断に疑問を抱いた。さらに積極的にモンスターの解体や採集をしていたので、今後は態度を改めようとルカは思い始めていた。
「じゃあここの採掘を任せるね」
二階層まで下りて鉱石が採掘できる場所に来たとき、ジェーンがウィストに言った。ジェーンはウィストと同行した理由として、鉱石を得るためだと言っていた。ウィストは二つ返事で了承するとジェーンは続けて言う。
「私達は他に採掘できる場所を探してくるわ。近くにいるから何かあったら呼んでね」
「オッケー」
ルカはジェーンと一緒にその場を離れて採掘場所に向かう。しかしジェーンはすぐに採掘できそうな場所を見つけたが、そこで立ち止まらずに離れていく。
疑問に思ったルカはジェーンを呼び止めた。するとジェーンはくすりと笑った。
「なに言ってんのよ。このまま帰るのよ」
なぜジェーンがウィストの誘いに乗ったのか、この時に理解した。ウィストをここで置き去りにするつもりだったのだ。ルカはジェーンを咎めたが、「大丈夫よ」とジェーンは悪気なく答えた。
「ああいうのは痛い目に遭わないとやめないのよ。それに二階層ならヤバいモンスターはいないし、出口までの道も分かりやすいから無事に帰って来れるでしょ」
ジェーンの言ってることは間違っていないのだろう。しかし一緒に行動したことで、ウィストが寄生冒険者ではなく冒険に夢見がちな普通の冒険者じゃないのかと考えていた。仮に寄生冒険者だとしても、ウィストを危険な目に遭わせる必要性は無い。寄生する方が悪いが、寄生される方にも問題があるのだ。そんな奴らがどうなろうと知ったこっちゃない。
今問題なのはウィストがここで死亡してしまい、その原因となったルカ達の所業がギルドにばれてしまうことだ。ウィストはセイラと仲が良い。もし彼女に今日のことをギルドに報告されたらどうなるか。
ジェーンはプライドこそ高いものの、努力家で尊敬できる一面もあった。彼女よりも愛想が無くチームを組める相手が少ないルカにとって数少ない冒険者仲間だったが、今回のことで距離を置こうとルカは決めた。
ルカはウィストの元に戻ろうと引き返そうとした。そのとき奥の道からモンスターの足音が聞こえたため、先に倒してから戻ろうと考えた。
だがそれが叶うことは無かった。
「グオオオオオオオオオオオオ!」
グラノティルスが大声を上げる。それは威嚇か、怒号か、それとも悲鳴か。モンスターの言葉が分からないルカには本来なら判別できないことだ。だが眼に映る光景が判別を可能にしていた。
あれは怒りだ。自分よりも矮小な生物に対して一方的にやられてる現状に怒っているのだと。
グラノティルスはこの一帯では一番危険度が高いモンスターであるが、最も警戒しているため対策が出来ている相手だ。調査隊には奴を討伐したことのある冒険者は何人もいる。それ以外の者達もグラノティルスの情報を得ていたのでいつでも戦える心構えくらいはできていた。だからグラノティルスが現れたときこそ、多くの冒険者が討伐しようと立ち向かった。
しかし邪龍体となったグラノティルスは、事前の対策をものともしなかった。力も速さも凶暴性も格段と強化されており、何人もの冒険者が返り討ちに遭った。それは選りすぐりの冒険者達が戦意喪失するほどのことでルカもその一人だった。
このまま殺されるのではないか。それほどの恐怖感を抱いていたのだが、今となっては微塵も死の恐怖を感じていなかった。
エギルが、ウィストが、皆の恐怖を打ち消していた。
「同じ人間とは思えないね……」
二人はグラノティルスの巨体から繰り出される攻撃を易々と回避する。そして迂闊とも思えるようなタイミングで斬り込んでいき、容易に攻撃を成功させて反撃をしのぐ。それを何度も何度も繰り返す。危なげなく落ち着いた様子で行われる姿を見て、まるで単純作業をしているんじゃないかという錯覚に陥った。そんなことは絶対にないというのに。
あのときもそうだった。おそらく迷い込んだであろう上級モンスターにルカ達は死の淵まで追い込まれたが、駆け付けたウィストが危なげなく討伐してくれた。
だが二人は大きな傷を負った。自分達が苦戦した相手に、見下していた者が難なくと倒した。一命は取り留めたが、その事実に二人のプライドは大きく傷つけられた。
特にジェーンはこの一件以来自信を失い、少ししてからエルガルドから去った。偶然彼女の住んでいる街に行って再会したことがあったが、人が変わったかのように性格が丸くなっていた。今では地元の仲間と仲良く冒険していると言っていた。
ジェーンの変化に動揺はしたが、じきに納得した。あれほどの才能を目の当たりにして平常でいられる方がおかしいのだ。ルカも一時は冒険者を辞めることを考えてしまった。だが冒険者以外にできる仕事もなく、故郷に帰るのも逃げるみたいでかっこ悪かったのでエルガルドに居続けた。そのお陰で『英雄の道』に入団することが出来た。
暴力的なまでの才能を持つ天才。それは他者の人生を変えてしまうほどだ。だからそんな人物の相棒であるヴィックに興味を持った。
ヴィックとは何度か話したことがあった。ウィストの相棒になるために努力してきたと。彼の実力はエルガルドでも通用するもので、知識量があり戦術も知っている。どんな相手と組んでもそれなりに活躍できるとルカは評価していた。
だがそれだけの冒険者ならごまんといる。彼はいたって普通の冒険者だ。なのになぜあれほどの才能を持つ彼女と一緒にいられるのか不思議だった。
その理由はとても単純で、呆れるようなことだった。
ルカは未だに地面に座り込んでいるヴィックに視線を向ける。彼はただウィストが戦う姿を見ている。同じ天才のエギルと共に戦う姿を、悔しそうな表情で。
彼は見誤ったのだ。ウィストの才能の底を、本来の実力を。だから勘違いをしたのだ。彼女との差を追いつけるものだと。
「無理なんだよ。普通の人間があんな化物と組むなんて」
倒れ伏すグラノティルスを見ながら、あの日ジェーンが言った言葉をルカは呟いた。




