16.未開拓地の最弱モンスター
ワンキーの討伐後、僕等のグループはモンスターに襲われることはなく、そのまま調査を終えて小拠点に戻った。小拠点には僕達以外にも二つのグループが活動している。三つのグループの内の二つが捜索に出て、残りの一グループが小拠点の防御を行うことになっていた。僕達が帰還してしばらく待った後、捜索に出ていた残りの一グループが戻って来た。
そして三つのグループが揃うと会議が行われた。本拠点には会議用の施設があったが、小拠点には無いので食事場を使っていた。
会議に参加しているのは、警備を担当している数名の冒険者以外全員だ。そこでは調査に出ていたグループの調査報告と今後の調査計画について話し合った。僕達のグループの調査報告はルカが行った。
「俺達のところと似たような目に遭ったんだな」
ルカがワンキー達に襲われた時のことを話すと、今日調査に出ていたもう一つのグループの一人が言った。名前はガウラン・オーズ。今回で遠征に七回目の参加になる上級冒険者だ。中年の男性、長身で筋肉質の体格、髪は金色で短く刈り上げている。眼は緑色で、右頬には右眼の横から口元までの大きな切り傷がついていた。
「俺達のグループも群れに襲われた。ワンキーではなくネルグルリだったがな。十匹程度の群れで倒した奴を調べてみたら、そっちと同じように体重が軽かった」
ネルグルリはチュールのような体型で獣型のモンスターだ。皮膚の硬さを利用して坂道を転がって移動したり、鋭利な爪で木登りすることができる。食欲旺盛なため、食料を求めて色んな土地に移り住むのが特徴だ。
「ネルグルリもワンキーと同じように好戦的だが、危険を察したらすぐに逃げる性格だ。普段なら二三匹倒したら逃げ出していたが、今回は最後まで戦っていた」
ガウランさんのグループを襲って来たネルグルリも、同じようなモンスターだったらしい。普段なら逃げ出す場面で逃げずに最後まで戦う。しかも空腹状態で。
話を聞いていたロードさんが腕を組んで頷いた。
「やはりこの近くに邪龍体がいそうだな。明日は今日襲ってきたモンスターが縄張りとしていた場所を探し、そこから邪龍体の痕跡を調べるとしよう」
その後は作戦の詳細を話し合って会議は終わった。その間は僕が口を挟む余地はなく、作戦の内容を聞くだけだった。
会議を終えた後は料理人が運んで来た料理を食べ、食事を終えるとすぐに食事場から出た。警備は各グループが交代で行う。この後は僕達のグループが警備をする予定だった。
小拠点の周りは腰くらいの高さの柵で囲まれており、出入り口用に一部だけが空いている。その両脇に警備を行う二人の冒険者がいた。
そのうちの一人が僕に気づくと嬉しそうな顔を見せた。糸目で少し長めの青髪の青年、ユーリ・バウンドだ。
「お、そろそろ交代の時間か。もう一人は?」
「オリバーさんはまだ食事中。もう少ししたら来るよ」
「そっか。じゃあ先輩、先に行っててください。代わりの人が来たらすぐに行くんで」
「おう、悪いな」
先輩と呼ばれた男性は出入り口から離れ、食事場に向かう。入れ替わるように僕が出入り口の傍に立つと、ユーリが「なぁなぁ」と声を掛けてきた。
「ヴィックはさ、ウィストと付き合ってんの?」
「違うよ」
即座に答えると、「そうなの?」とユーリが意外そうに驚いていた。
ユーリはグループ外の数少ない話し相手の一人だ。お喋り好きで人懐っこい性格のため誰とでも仲良くなれる。僕もそのうちの一人だった。
だが野次馬根性が強く、他人に聞かれたくないことを遠慮なく聞いてくるのが少々ウザったい。ユーリと知り合ったのもウィストのことを聞いて来たことが切っ掛けだった。ただそれを除けば良い奴なので、それ以降は普通に接していた。
「女の子と一緒のチームで、しかも二人っきりでしょ。そういう関係にならない? それとも女の子として意識してなかったり?」
意識していないと言えば嘘になる。ウィストは可愛いし性格も良い。以前腕に抱き着かれた時はドキドキした。フィネと付き合ってなかったら、そういう関係になっていたかもしれない。
けど僕にはフィネという恋人がいて、ウィストも僕とフィネとの関係を応援してくれている。だからそういうことは意識しないように心掛けている。そしてもちろん、そんなことを言うつもりはなかった。
「ないよ。そういうユーリは意識したりするの?」
「めっちゃする」
躊躇うことなくユーリは答える。
「めっちゃ意識する。特にかわいい子だったら尚更だよ。かっこつけたいなーとか、深い関係になりたいなーとか、どさくさに紛れて触りたいなーとか」
「性欲強くない?」
「周りに男だけしかいないとそうなるわ! 俺のチームは野郎しかいないからさ、遠征でなら女の子と一緒になれると思ったのに野郎ばっかりでがっかりしたよ」
「一緒にしたら影響が出そうだしね……」
ユーリはがっかりした様子で、肩を落として下を向く。グループ分けを担当した人は、ちゃんと冒険者の素性を調べているようだ。女性と一緒だと本来の力を出せなさそうだ。
「ユーリの場合は冒険者以外の相手を見つけた方が良いんじゃない? 待ってくれる人が居るってのは励みになるよ」
「なんだ、その知ったかぶった発言。そういう相手がいんのか」
「……まぁ、一応」
「は?」
糸目のユーリの眼が大きく開かれる。黒い眼を向けられて、「ユーリの眼の色ってこんな色だったんだ」と呑気に考えていた。
「お前彼女いるの? いないって言ってたじゃん」
「ウィストじゃないって言ったんだよ。エルガルドにいるよ」
「お前最近マイルスに来たばっかって言ってたよな。そんなすぐに彼女作ったの?」
「いや、マイルスに居たときに。で、こっちまでついて来てもらった」
そう答えるとユーリの眼が元に戻って細くなった。ただ人懐っこい表情は消え、どこか険しく見えた。ユーリのこんな顔を見るのは初めてだった。
「どしたの、ユーリ」
「お前とは絶交だ」
「えー……」
いきなりの宣言に困惑の声しか出なかった。
「チームに女がいる上に、それとは別に恋人を作ってやがる。これは裏切りだ。俺達独り身に対する裏切りだ」
「いや裏切りっておおげさな」
「うるせぇ。女欲しさに遠征に来た俺を舐めんな。お前とはもう話さない。話しかけてくんな……いや待て。やっぱ絶交は無しだ。その代わり女の子を紹介しろ」
「紹介って……来たばっかの僕にそんな人いないよ」
「彼女がいんだろ。その子から彼氏が欲しいかわいい子を紹介してくれ。お前言ってたじゃん。待ってくれる相手を彼女にしたらって。その子ならそういう知り合いが多いんじゃないの」
「それはそうかもしれないけど……」
「頼むよぉー。もう男ばっかで生活すんのは嫌なんだよー。生活にメリハリが欲しいよー」
ユーリは地面に膝をつき、両手で僕の腰を掴みながら必死に懇願する。動機はともかく、ここまでされたら何とかした方が良いのかなと考えてしまう。あとこんな姿をあまり見たくないというのも理由だ。
エルガルドに帰ったらフィネに訊ねてみるか。そう考えていた時、小拠点の外から物音が聞こえた。
「ユーリ、立って」
「お願い聞いてくれるの?」
「違う。外だ。今物音がした」
「マジか」
ユーリはすぐに立ち上がって武器を手に取った。ユーリは両手で槍を構えて周囲を見渡し始める。僕も盾と剣を持って音がした方に視線を向けた。するとすぐに茂みが揺れる音がまた聞こえた。だが辺りが暗いせいで、その姿はまだ見えなかった。
「音は小さいな。小型、せいぜい中型か」
音を聞いたユーリが分析を始める。僕と年齢は近いが、ユーリは様々なダンジョンを踏破している冒険者だ。知識と経験値は僕以上だろう。
音がだんだん近くなる。おそらく昼間なら姿が見えるほどの位置にまで来ているだろう。しかし足音は小さい。大型モンスターはもちろん、中型でも足音が聞こえる距離だ。なのに聞こえないということは小型、または小型に近い中型モンスターの可能性が高い。そして音の数から単独のモンスターだと予測できた。
「小型で一頭だけなら、皆に報告するほどじゃないかな」
体の小さいモンスターのほとんどは、群れることで力を発揮する。単独ならば僕達だけで対処可能だ。
「せめてモンスターを確認してから判断しよう。一匹でもヤバい奴かもしれない。邪龍体の可能性もあるんだから」
だが数少ない例外の可能性もある。だから姿を確認するまでは油断できない。ユーリも「それもそうだな」と再び集中しだす。
音の正体を確かめようと、じっと音がする方向を見続ける。音が次第に大きくなっていることから、こっちに近づいていることは間違いない。迂闊に攻めずにここで待ち続けていたら向こうから姿を現すだろう。そう判断して待ち構えていた。
そしてとうとう、そのモンスターが姿を見せた。同時にユーリがふぅと息を吐いた。
「なんだ、グルフか。びっくりさせやがって」
黒くて深い毛皮の獣型モンスター、グルフ。マイルスダンジョンでも遭遇した下級モンスターだった。
「うん。しかも一頭だけみたいだね」
グルフは集団で狩りを行うモンスターだ。だがその能力はワンキーやネルグルリに劣る。そのため未開拓地では最弱クラスのモンスターとされていた。しかもここにるのは一頭だけ。過去に複数のグルフを相手取って勝利した僕はもちろん、中級冒険者のユーリでも勝てる相手だった。
モンスターの正体がグルフだと知って、体の力が抜ける。グルフは獰猛な性格なので油断していたら危険なのだが、今まで戦って来たモンスターに比べたら明らかに格下だったため、緊張が解けてしまった。
「けどま、油断せずいこうか。余裕ぶっこいて怪我なんかしたらダサいしな」
そう言ってユーリがグルフに近づく。僕もすぐについて行ってユーリの横に並んだ。下級モンスターとはいえ油断すれば怪我を負うかもしれない。再び怪我をして足を引っ張るのは勘弁したかった。
僕達はグルフから注意を逸らさずに距離を詰める。グルフも僕達から目を逸らさず、一歩ずつ近づいて来ていた。その動きには一切の躊躇いが感じない。自分よりも大きな相手が二人もいるというのに。その堂々とした姿に違和感を抱いていた。
未開拓地には厄介なモンスターが多い。それらに比べたらグルフを相手取るのは容易であり、それはモンスターからしても同様だろう。そのためグルフは未開拓地では最弱クラスとされていた。だからグルフが未開拓地で生き延びるには、集団で行動するのが必須であった。
しかしこのグルフは今日遭遇したワンキーやネルグルリのように弱っているようには見えない。むしろマイルスダンジョンの個体よりも大きい。そして未開拓地には自分達よりも強い生物しかいないはずなのに、怖気づくことなく敵に向かって来ている。しかも集団ではなく、たった一頭で。
そしてまた一歩距離を詰めた瞬間に、あの空気を感じ取った。邪龍と対面した時に感じた、異質な存在感を。
しかも目の前だけじゃなく、その周囲から。
「ユーリ、退いて―――」
言い切る前にグルフが飛び跳ねる。それは僕が知っているグルフとは、比べ物にならないほどの速さだった。




