14.パートナーの条件
「頭おかしいのか? どっちが得か、そんな事すら分かんねぇのか?」
僕の答えを聞いて、エギルが馬鹿にするかのような態度で言う。エギルの中ではこれで僕からウィストを奪い取れる算段だったのだろう。
だけど僕とウィストの絆はそんな浅いものではない。
「どっちが得とかどうでもいい。僕はウィストのパートナーだ。彼女の隣に立てる冒険者になるために頑張ってきて、ようやくここまで来たんだ。それを自ら放すことなんて絶対にしない」
「あの女に惚れてんのか? だったらやめとけ。お前程度じゃ相手にならねぇよ」
「そういうんじゃない。ただ僕が、そうしたいと思ったからだ」
あの日から僕は、ウィストと共に冒険することを願って努力してきた。そのためにいろんな人達に助けてもらい、応援されてきた。今はまだ、道の半ばだ。まだまだ彼女との冒険を楽しみたいのに、それを手放す馬鹿がどこにいる。
そもそも、だ。
「それに仮にチームを解散したとしても、ウィストがお前の物になるとは限らないぞ。ウィストはお前のこと嫌ってるからな」
元々エギルのことを嫌っていたが、今日のことでそれが悪化している。素直なウィストが親切にされても礼を言わないくらいなのだ。万が一僕が条件を呑んでウィストにエギルとチームを組むように説得しても、あの様子じゃあとても叶いそうにないほどだった。
「お前ほどの実力者なら、他にチームを組みたいっていう人もいるはずだ。その中にはウィストよりも優れた人が居るかもしれない。そういう人を探したらどうだ」
それでもウィストを狙う可能性があったので、狙いを逸らさせようと試みた。世の中には大勢の冒険者がいる。もしかしたらウィストよりも優れた冒険者がいるかもしれない。そう思わせたかった。
しかし、そう簡単に思い通りになる男ではなかった。
「嫌われてようがどうでもいいんだよ。そんなのはどうにでもなる。それにあんな逸材はそういねぇ。逃す気はねえよ」
「何でそんなに固執するんだ。正直なところ、お前は一人でも十分戦えるだろ。チームを組めば狩りは楽になるけど、稼ぎは半分になるし衝突も増える。デメリットの方が多いだろ」
チームを組む利点は、安全に狩りを行えることだ。だが最強の冒険者と言われるエギルからすればその利点は薄い。現時点で苦も無くモンスターを狩れるからだ。
少なくとも戦闘においては、エギルがチームを組む利点は無いと思う。利点を得るために組むのなら、それは戦闘以外でエギルを補助できる者が適任だ。だがウィストはそれに当てはまらない。彼女の戦闘以外の能力は、他の冒険者と遜色ない技量だからだ。
だからエギルが、ウィストと組みたがる理由が分からなかった。もしあるとするならば……。
「それとも、お前こそウィストのことが好きだからチームを組みたいんじゃないのか?」
「俺様が? はっ。ありえないな」
嘲笑するかのようにエギルが言った。
「あんなガキ臭い女対象外だ。俺様のタイプは魅力的な体とツラの良い女だ。ここにいる女のような、な」
「じゃあ何が理由だ。チームを組む利点もない、タイプでもないウィストと組みたがる理由は何だ」
「そんなの決まってんじゃねぇか。あいつが俺様と同じ天才だからだ。それ以外にねぇよ」
エギルは呆れたかのように笑っていた。「そんなことも分からねぇのか」とバカにしているようにも感じる。
「たったそれだけの理由か。ただ単にウィストが天才だから。そんな理由でウィストと組みたいのか」
「あぁそうだ。あいつは俺様と同じ世界が見える唯一の冒険者だ。今までは雑魚に足を引っ張られて苛ついてたが、あいつとならストレスなく戦えそうだからな」
「結局は自分のためか。ウィストのことは全く考えてないんだな」
「あ゛? 自由こそが冒険者の醍醐味だろ。いちいち他人の気持ちなんか考えてられっか。お前だってそうだろ。お前の理想をあいつに押し付けてんじゃねぇのか」
「僕がいつそんなことをした?!」
「今がそうだろ」
エギルの声のトーンが少し下がった気がした。
「お前はあいつと一緒に居たいって言ってたな。そのためにお前は相当な努力はしたんだろうな。で、あいつはその想いを汲んで今は一緒にいる。本当ならもっといろんな場所に行ける実力があるのに、お前に合わせて力を抑えて制限してるじゃねぇか。お前に押し付けられた理想を実現するために」
「勝手なことを言うな! お前に何が分かる! ウィストのこと、何も知らないくせに!」
自然と声を荒げてしまう。大声を出したせいで、同席していた女性が驚いていた。だがそんなことに気を配っている余裕もなかった。
「確かに今は何も知らねぇ。だがそれはお前も同じだ。あいつがどれだけ抑圧されてるか、お前は全く分かってない。そのときになってからだと後悔すんぜ。あのとき俺様の誘いを受けときゃよかったってな」
怒る僕とは対照的に、エギルはにやついている。全く話が通じない。これ以上話し合っても無駄だと思った。
僕は今度こそ席から立ち上がってその場から離れた。
「お前のためにもなるんだ。ちゃんと考えろよ」
その言葉は、ただの挑発にしか聞こえなかった。
休憩所から出ると、中の音は全く聞こえなくなった。防音性のある素材で作られているのだろう。テントの生地は見たことのない素材でできていたので、その類の物だと推測した。
少し歩いて休憩所から離れると、遠くから賑やかな声が聞こえた。まだ食事場で宴会をしているのだろう。静かな場所に居たくて、反対方向に向かって進んだ。今は静かに時間を過ごして怒りを抑えたかった。
しばらく歩くと拠点を囲む柵が見えた。そこまで歩いてようやく周りの音が気にならないほどまで静かになる。柵に背中を向けて座り込んでもたれかかり、大きく息を吐いた。
疲れたわけではない。ただ単に息を吐きたかった。体の内にある嫌な気持ちを、少しでもいいから外に出したかった。
ウィストは天才で、僕は凡人だ。それでも彼女に追いつくために、アリスさんや色んな人の下で指導を受けて強くなった。今の僕は、昔よりもウィストを支えられていると思う。
だがそれは昔の僕と比べたらの話だ。今のウィストがどう思っているのか、彼女は本心はどうなのか、本当に力になれているのかと今でも疑問は抱いている。
その疑念は遠征が始まってから強くなっていた。
ウィストが戦う様子を後ろからずっと見ていた。ウィストはオリバーさんやルカと上手く連携してモンスターを倒していた。エギルからも認められ、邪龍体も討伐した。その姿を見て、消したはずの感情がふつふつと沸き始めていた。
初めて会った時に芽生えた、あの黒い感情を。
「……駄目だな。僕は……」
己の未熟さを自虐する。僕とウィストは違う。それを理解し、自分が凡人だという事を自覚したはずだった。それでもまだ湧き出てくる。
嫉妬。人と自分を比べ、相手を妬み、嫌う感情。普通に生活していたら誰しもが抱く、ごく当たり前の感情。だが僕は、これが一番嫌いな感情だった。
もう一度大きく息を吐いて心を落ち着かせる。するとこちらに近づいて来る足音が聞こえた。足音の方を見ると同時に、物陰から音の主が現れる。
「あ、そんなところにいたんだ」
ウィストが僕に気づいて近づいて来る。僕を見つけたとき、ホッとしたような表情を浮かべた。
「探してたのに見つからなかったから、どこに行ったのかと思ったよー」
「うん……ちょっと散歩してた。もうご飯食べたの?」
「ううん。やっぱり気になったから食べる前に出てきちゃった。あいつに変な事されなかった?」
今までのこともあって、エギルにはそういうイメージを持っているのだろう。この印象からウィストがエギルと組むとは考えにくかった。
「大丈夫。たいしたことじゃないよ」
「ほんとに? ヴィックは我慢しがちだから信じられないなぁ。言ってもいいんだよ」
「ありがと。けどほんとに大丈夫だから」
「そう……だけど言いたくなったら言ってね。私達はチームなんだから」
そう言ってウィストが微笑みかける。
「お互いに支え合う。それがチームだから」
胸のつかえがスッと消える。ウィストの言葉で、心の中に残っていた黒い感情が小さくなった気がした。
自然と胸の奥から別の感情が込み上がる。
「そうだね。僕達はチームなんだね」
確認するようにウィストの言葉を繰り返す。ウィストは「そうそう」と肯定する。
「だから一緒にがんばろー。まだ邪龍体を二体倒しただけで、まだ調査は終わってないんだからさ。これからが本番だよ」
「うん。その通りだ。もっと頑張ろっか」
自分に言い聞かせながら立ち上がる。その際、顔をウィストに見せないように気を使う。
上がりっぱなしの口角を見せるのは、さすがに気恥ずかしかった。




