13.返事
調査を終えて拠点に戻った僕達は、医療テントに向かった。邪龍体との戦闘で怪我を負った僕とルカやオリバーさんの治療のためだ。診察の結果、二人は軽傷と見なされた。しかし僕の骨にはヒビが入っており、さらには打撲していると診断されたことから、しばらくは戦闘を控えるように言われた。
「歩けるのなら十分だな。君の本来の役目は邪龍体の捜索だ。それができればいい」
診断結果をロードさんに報告するとそう言われた。たしかにその通りだが、戦えなくても良いと言われたのは少しショックである。それはさっきのエギルの言葉を補足するようなものだったからだ。
報告を終えて食事場に戻ると、既に宴会が始まっていた。二体目の邪龍体を倒したことによるお祝いだった。
ウィストと食事をしようと思い周囲を見渡す。いつもは食事場の隅の方で一緒に食事をしていたのだが、先に来ているはずなのに姿が見当たらない。なぜか今日は中心の方に人が集まっているので見つけやすいはずなのだが、食事場を一周しても見つからなかった。
誰かにウィストの居場所を尋ねようと思い、中心の人だかりに向かう。そこに近づいて、ようやく彼女の居場所が分かった。
ウィストはその人だかりの中心にいた。
「聞いたぜ! 邪龍体を倒したんだろ。しかもエギル抜きで。たいしたもんだな」
「やるねぇ、あんた。こりゃあ報酬もたんまり貰えそうだね」
「違うって。あれは私だけじゃなくて皆で倒したの」
「謙遜するとは人が良いねぇ。やっぱ噂は信用するもんじゃねえな。早いうちにチームに誘っておきゃあよかったよ」
多くの人が、ウィストの周りに集まって話しかけている。おそらく、ウィストが邪龍体を倒したことを聞き、そのときを話しを聞きたくて集まっているのだろう。
似たような状況は以前にもあった。初めてウィストと会ったあの日、ウィストが一人でグロベアを倒したときだ。あのときも、この状況と同じことが起こっていた。場所は違えど、同じことを考える人は大勢いるようだ。
周りの人達はしばらくは離れそうにない。この状況がしばらく続くだろう。ウィストも困っているようだし、何とかして助け出せないか。
そう考えてると「どけ」と背後からエギルの声が聞こえた。
「お前ら邪魔だ。道を開けろ」
エギルに気づいた人達が、渋々と道を開ける。ウィストまでの間に誰も居なくなるとエギルがその道を進んだ。
「来い。ここじゃ飯が食えねぇだろ。お前も来い。ついでだ」
エギルはウィストだけじゃなく、僕にも声を掛ける。ウィストは少し考えた後、僕に視線を送る。どうやら僕の判断に任せたいらしい。エギルの誘いに乗りたくないが、断ればこの状況が続く。仕方ないが受けた方が良さそうだ。
「行こう、ウィスト」
「……ヴィックが良いなら、良いよ」
仕方なさそうに言っていたが、人混みから抜けるとホッと息を吐いていた。やはり疲れていたようだ。それに気づいたのは僕だけじゃなくエギルもだった。
「鬱陶しいだろ。あんなに囲まれてたらよ。俺様が来たお陰で助かったんじゃねぇのか?」
「……」
ウィストは無言で返事をする。前々から嫌っていたが、今回の件で本格的に嫌いになったようだ。
あのとき、ウィストはエギルの誘いを断った。一切の迷いのない「嫌だ」という否定の返事を僕も聞いていた。
だがエギルは断られたというのに、むしろ断られるのが分かっていたかのような余裕があった。
「まぁ今は良いさ。だがいずれ、俺様と一緒にいる方が良いって気づくぜ」
そのときの態度が気に入らないのか、ウィストは未だにエギルを嫌っている。今回も僕が誘いに乗らなかったら、そのまま居座っていたかもしれない。……もしかしたらエギルは、それを見越して僕も誘ったのか? ただの傲慢な男かと思ったが、意外と人を見ているのか?
エギルについて行くと、少し豪華なテントの前に着いた。ここは調査隊の幹部達が食事をしている場所だった。
「しばらくはここで食え。話は通してある」
ここを使えれば気兼ねなく食事ができる。案外気が利くのかもしれない。
「……ヴィックも一緒なら」
「明日からな。今日はダメだ。こいつに用があるからな」
「僕に?」
予想外のことに思わず聞き返していた。ウィストではなく僕に用件とはいったいなんだ?
「ヴィックに何するつもり? 変なことしたら許さないよ」
「せっかく静かに飯を食える場所を用意してやったんだ。それくらい良いだろ。それとも俺様に貸しをつくりっぱなしのままでいいのか」
エギルに借りを残すのは、なんとなく嫌だ。後から何を要求されるか不安だ。僕だけで済むなら良いかもしれない。
「分かった。なに、用件って?」
「ついて来たらわかるさ。お前は一人で飯食ってろ。男同士の大事な話だからな」
「……分かった」
ウィストが渋々と頷いたのを見て、エギルは歩き出した。エギルは拠点の端の方に向かって歩いており、その先には黒色の天幕で設営された大きなテントがある。他のテントから少し離れた場所にあり、周囲には警備員らしき人達が立っていた。
エギルは彼らに目もくれずにテントに入る。僕も続いて中に入ると、テントの中には異様な空間が広がっていた。
テントの中には大勢の男女が居た。怪しげな光を放つ照明が備え付けられ、妙に甘ったるい匂いが漂っている。それらが卑猥な雰囲気を作り出しているせいか、男女の距離が近い。しかも女性は露出の多い服を着ており、男性と肌を密着させるほどに接している。まるで歓楽街にいるような気分になった。
「あの、ここは……」
「見りゃわかんだろ。休憩所だよ。男性限定のな」
エギルが奥に向かって歩いて行く。それについて行くと、テーブルとソファが備えついた場所にまで案内される。他の人達は地面に敷いた絨毯の上に座っているが、ここだけが特別のようだ。
エギルがソファに座って「座れよ」と言ったので、戸惑いながらも隣のソファに座る。このような場所に来るのは初めてだったので少し緊張していた。するとすぐに給仕らしき人が来て注文を聞いてきた。エギルが「適当に持ってこい」と言った後、間もなくして給仕が空のグラスと酒を持って来る。そのすぐ後に、露出度の高い服を着た女性が二人来ていた。ふんわりとした金色のロングヘア―の女性と、ショートボブの黒髪の女性だ。どちらも美人でスタイルが良かった。
「あら、初めて見る顔ね」
金髪の女性が僕を見て言う。
「ここに来るのは初めてだ。優しくしてやれ」
「分かったわ。隣、失礼するわね」
金髪の女性が僕の隣に座る。他の人達と同じように体が密着するほどの距離だった。気恥ずかしさで思わず距離を取ろうとしたが、すぐに詰められてしまう。
すると女性が「かわいい」と言ってくすりと笑った。
「こういうところは初めて? エルガルドに居たときにも行ったことは無いの?」
「な、ないです。誘われたことはありますけど……」
マイルスに居た頃、ノーレインさんやネグラットさんに誘われたことはあった。そのときはアリスさんのしごきで疲れ果てていたので断っていた。だが彼らの話を聞いて、どういうところかは想像できていた。実際は想像よりもかなり刺激的だが……。
「は? 男のくせに行ったこともねぇのか。不能か?」
「そういうわけじゃない。行く必要が無かっただけだ」
「はぁ……。たまにいるんだよな。お前みたいな碌な趣味もない仕事人気取りのつまんない奴。何が楽しくて生きてんだ」
エギルは心底呆れたかのような顔で僕を見ていた。
「ただただ仕事に専念して金を貯めて、何を買うのかと思えば仕事の道具だったり設備だったり、なかには稼いだ金に一切手を付けない馬鹿がいる。普通稼いだ金は飯や女に使うだろ。後はギャンブルか。お前もその馬鹿の一人か」
「お前は僕を馬鹿にするつもりでここに呼んだのか? だったらもう帰るよ」
「ただの世間話になに怒ってんだ。そういうのがつまんないって言ってんだよ」
席を立とうとした瞬間、女性が僕の前に酒の入ったグラスを差し出してきた。笑顔で渡そうとしてくるのを見て、断るのが申し訳なくなってそれを受け取ってしまった。
「用ってのはスカウトの話だ。お前、『英雄の道』に入りたくねぇか?」
口に含んだ酒を吹き出しそうになった。寸でのところで堪えて無理矢理飲み込むと、少しだけ体が熱くなった。
「スカウト? 僕を『英雄の道』に?」
冗談かと思って聞き返すと、エギルは「あぁ」と肯定した。
「お前は雑魚だが基礎は出来てる。真面目そうだし、うちに入れば数年で他の奴らと同じくらいになれんだろ」
「僕みたいなやつは嫌いじゃなかったのか?」
「つまんねぇから遊び相手にならねぇってだけの話だ。駒としてなら十分役立つ」
駒呼ばわりされて不機嫌になった僕を気にせず、エギルは話を続ける。
「本来ならお前程度の奴は入団できねぇが、俺様が言えば楽勝だ。それに俺様の紹介で入ったって言えば、お前に喧嘩を売る団員はいねぇ。優秀って言われてる奴らが多いが、全員俺様に歯向かう根性すらねぇ腑抜けばっかだからな。新参者でもかなり自由に行動できるぞ」
「責任者はロードさんでしょ。そんな勝手が許されるんですか?」
「あいつは俺様に甘いからな。余程のことじゃない限り何も言わねぇよ。一人団員を入れることくらい問題ねぇ」
誰もが入りたがっているエルガルド最強のクランに入団できる。そのうえ活動における制限がほとんどない。『英雄の道』には稼ぎの良い依頼も多いらしいので、生活の質も向上するだろう。話を聞くだけならかなりおいしい話だ。
そう、怪しすぎるくらいに。
「その見返りがウィストということか?」
「話が分かるじゃねぇか」
悪びれることなく、エギルは答えた。
「あいつとのチームを解散。それが条件だ。たったそれだけでお前はうちに入れる。どう考えてもそっちのが得だろ。明日には伝えておけよ。こういうのは早い方が―――」
「嫌だ」
「あ゛?」
エギルが険しい眼で僕を見る。明らかに不機嫌な表情だった。
僕はそれを正面から受けて、再び答えた。
「嫌だって言ったんだよ」




