4.ユーミルの立ち位置
「ユ、ユーミルでいいです…………けどぉ…………」
シャルから放たれる謎の威圧感に、ユーミルが一歩下がる。
「シャル、初対面の人だよ!? い、いきなり吸血は……」
さっき、シャルに吸血したことは棚にあげるわたし。
しかし、わたしの抗議も何のそのーーシャルは、ぱたぱたとユーミルに近づいていく。
無邪気な猫がネズミを狙う。あえて形容するなら、そんな感じだ。
「検証のために、必要なのですーー吸血がどんな効果を持つのか」
「ふえ……? 検証?」
「ユーミルはここに来るまでに、他の人に吸血したり、されたりはしましたか?」
「してないです!」
ぶんぶんと首を振って否定する。
まぁ、ソロプレイみたいだしーー始まってすぐの今なら、当然だ。
「私も吸血は……姉さんにされましたが、したことはありませんーー私がユーミルを吸血すれば、ある程度検証できます」
「……なるほど。吸血によって強くなれるか、とか?」
「そうです……今、レイスを倒したのが【固有スキル】によるものか、吸血によるものか……」
もしシャルがユーミルを吸血して強くなるなら、吸血はかなり有用だということになる。
確かに、面白そうな検証ではあるけれど。
「嫌なら、無理にとは言いませんけれど……?」
「……嫌じゃないです……」
ぽつり、とユーミルが言った。
もじもじするユーミルを見ると、なんだかイケナイ気分になる。
「理由はわかりました……ボクも興味がないわけじゃないですし」
ユーミル、ちょっとMかな。
ふと、どうでもいいことが頭に浮かんだ。
「では、いきます……」
シャルがユーミルの目の前に立つ。
ユーミルは目をぎゅっとつぶって、首元を晒していた。
だけどユーミルのほうが背が高い、吸血できない。
「……ちょっとだけ、屈んでください」
「あ、そうですね!」
言われて気がついたのか、ユーミルが膝を曲げる。
シャルが、ユーミルの肩をつかみーーぐぐっと力をこめたみたいだ。
ユーミルの首元に、シャルの唇が吸い寄せられる。
どきどきどき。
妹の、なんだかヤヴァイシーンを見ている気分だ。
いや、これは検証!
VRゲームの検証実験なんだから……じーっ!
「……姉さん、あんまり見ないで? 気になる……」
「……そ、そう?」
視線をそらしたフリをして、視界の端で見ちゃう。
「……うぅ…………はう…………」
おお、反応がシャルと同じだ。
というより、ユーミルってボーイッシュなんだよね。ぱっと見ると、性別はわからない。
そういう子が、恥ずかしがって……悶えてるのはーーいいよね…………。
「……はぁ……はぁ……!」
リアルで接するのはお医者さんや看護士さんだけなので、年下の子と接することはほぼない。
チャットでも限られた人としか話さないので、ユーミルみたいな子は久しぶりだ。
「…………あ、あのっ!」
ユーミルが、見るからに慌ててる。
見ると、シャルの手がユーミルの胸をさりげなく揉んでいた。
なぜ揉む、妹よ。
血を吸いながらなんて、業が深すぎる。
お姉ちゃん、心配だよ!
「んむ…………女の子でした……」
ゆっくりとシャルが離れて、つぶやいた。
おいおい、確認のために揉んだのかね。
「うっ…………」
ユーミルは涙目だ。
「ごめんなさい、ユーミル。協力ありがとう」
シャルがユーミルの頭に手を伸ばして、撫で撫でする。
ユーミルは、黙って撫でられていた。
……セクハラからの甘やかし。
アメと鞭かな!?
高度な技を使うシャルが、ちょっと怖い。
そういえばリアルでも、なんかのリーダーとかやってたっけ……。
「で、結果は……?」
「う~ん? 特に、なにもない……」
「……ボクもですね~」
「吸血損です。がっくり」
「ええっ!? ひどくないですか!? 胸まで触っておいて……!」
「ユーミルは着痩せするタイプでした」
「何を言ってるんです!?」
ユーミルのほうがシャルより年上だけれど、そんな風には感じられないやり取りだ。
……ユーミルは押しに弱い。
覚えておこう。
「結局、吸血には特別な効果はないのね……わたしだけ、効果が違うんだ」
「そうみたいですね……ほっ……」
ユーミルは安堵していた。
このパーティーだと、ユーミルの立ち位置が弱い……と思う。
特別な効果がなければ、ユーミルも吸血されないだろう。
わたしが言い出さなければ。
「じゃ、チュートリアルクエストをさっくりクリアしようかな……」
「それなら、ボクの【ブラック・ウィング】を使いましょう! 建物を飛び越えていけますし……!」
「お、いいね! 空飛んで行こう!」
背中にぱっと黒い翼を出したユーミルに、わたしとシャルはつかまった。
片腕でひとりずつ、釣り下がる。
仕方ない、他につかまる場所がないんだし。
普通なら腕が抜けるけど、VCでは大丈夫だ。
ぶらーんぶらーんとユーミルの腕につかまり、ビルを飛びこえる。
「なんというか、便利なスキルだね……」
「屋外ではそうですね~。助走なしに飛べるのって大きいです」
飛行機に乗ったり、鳥みたいな視点で飛べるVRは数あれど、人につかまって飛ぶのは初めてである。
ひょいっと区画を飛び越しながら、ショートカット。楽チンだ。
「……あ、なんか人が集まってるね」
視線の先に、広場らしきものがあった。
といってもぼろくて、倒壊した噴水があるぐらいだけど。
舞い上がる土煙のせいで、奥が見通せない。
土煙の前には10人くらいが集まっている。
空を飛びながら見ていると、黒い蒸気が土煙から吐き出された。
それは、数人を巻き込んですぐに消えたけれどーー巻き込まれた人は、白い灰になって消えた。
……あっさり灰になっておられる。
VCってすぐ死ぬよね。
復活もすぐするから、いいんだろうけど。
土煙から、くすんだ色のーー巨体がせりだしてきた。
3階建ての建物に匹敵する大きさだ。
しかし、肉がなさそうな……。骨……?
土煙が晴れて、徐々に全身が明らかになっていく。
わたしは、その体つきをみてびっくりした。
「お~……あれはいわゆるーースカルドラゴンってやつ?」
いかにもなドラゴンの骨組みが、ぎしぎしと動いている。
いきなりデカくない!?
驚いていると、広場の人たちが銃を撃ったり殴りかかっていく。
しかし青い光を発している人は、誰もいない。
しばし、スカルドラゴンは何の反応も示さなかった。
けれど、ひとりが頭に登ろうと飛び上がった瞬間ーースカルドラゴンはまたもや黒い蒸気を吐き出した。
飛び上がった人も含めて直撃した数人はーーまとめて灰になるのであった。