2.強モンスターもワンパンで
「すごいこと……?」
わたしは、こてっと小首を傾げた。
「姉さんは、すごい動けるでしょ? 私、ここでも宙返りとかできないし……」
どきっ。わたしはさっき、逆立ちしながら階段を上がっていたのだ。
シャルもVRはかなりやっているはずだけど、できないみたいだった。
「そ、そうなの? 身体能力的にはできるでしょ?」
「……イメージができないの。リアルでできるか、運動系VRによほど慣れてないと無理っぽい」
「なるほど、それは意識してなかったや……」
わたしのVR人生も、妙なところで役に立つみたいだ。
さて、チュートリアルクエストの場所はここから少し離れている。
廃ビル密集地帯の外、低層住宅のスラム街が目的地だ。
足に力を入れると、透明感のある青の光が出て、ものすごいジャンプができる。
ぴょーんぴょーんと廃ビルの屋上から屋上へと、どんどんと飛びうつる。
話しながら、クエストの場所まで移動するのだ。
まだ、身体の熱ーーシャルから流れこんできたなにかは治まっていないけど。
「……この青い光がマナの力?」
「そう、VCだとプレイヤーの能力値はほとんどわからなくて……。体力のHPとマナ――魔力みたいなものかな、MPだけ。あとはスキルくらいだけど……。マナを使うと、さらに身体能力が強化されるの」
たしかに、視界端にある青いMPバーがちょっとずつ減っている。
青い光が出ると、MPが減るみたいだ。
「HPはよくある、なくなると死んじゃうやつね……」
「VCで死ぬと、身体が灰になるんだ」
「ヴァンパイアらしい死に方だ……!」
「他にいろいろ機能はあるけれど、重要なのは【ステータス】と【ボックス】かな……他は、チュートリアルが終わると出てくるよ」
ありがとうっ! かわいい妹よ!
じゃ早速、【ステータス】
ぴっ……とタブレット状のステータス画面が目の前に出てくる。
ふむふむ、本当に能力値はHPとMPしかない。
覚えることが少ないほうが好みだから、いいけどね。
「で、【ボックス】は…………?」
【ボックス】
手にした品物は【ボックス】に登録することができます。
登録した品物は虚空から出し入れ自由となり、盗難・紛失することはありません。
【ボックス】の容量には限度があり、一定以上を収納することはできません。
また、品物はいつでも【ボックス】の登録から解除することができます。
【ボックス】は便利機能だね。
「そういえば……死ぬとなにかペナルティとかあるの?」
モンスターとかもいるみたいだし、知っておきたい。
「う~ん、【ボックス】以外のアイテムをなくしちゃうのが最大のペナルティかな? あとは10秒待ってその場で復活か、リスタートポイントから復活か…制約としてはそのくらいだよ」
飛び移る廃ビルが、段々と低いビルになっていく。
最後は3階建ての廃墟から、地面へと飛び降りた。
摩天楼がかなり近くなった。目をこらすと、ビルを飛び回るドローンが見える。
今いるのは、さびれたスラム街だった。
「……ここからはフィールドだね。モンスターが出てくるよ。死んでも、すぐ復活できるけど……」
雰囲気としては、暗いのは当然として人の気配もない。
街灯も、ほとんどが消えている。
たまに点滅している街灯があるけれど……逆に不気味だ。
「モンスターって、なにが出るの……?」
ひとりだと、けっこう怖い所かもしれない。
腰を抜かさないよう、心の準備はしておこう。
「私が見たのは、幽霊やゾンビ……あとは大きな野犬……」
「お、おう……」
街中だからかな?
現代テイストなモンスターたちだ。
「あとは、たまに強めのモンスターが徘徊してる……。もう、このあたりは闇の世界に侵食されているからだって」
その時、スラム街の先から悲鳴がした。
話をすれば、なにかキタ!?
「ああ、もうしつこい~! 来ないで~!」
街区画の角から、だぼっとした服装の少年がわたしたちの方へ走ってくる。
プレイヤー……かな?
ヴァンパイアだからよく見えるけど、数百メートルはまだ離れていた。
深い海色の髪で……シャルと同じ中学生くらいだ。女性っぽい顔立ちで、中性的なかわいらしさがある。
「なに、あれ……幽霊っ!?」
少年の10メートル後ろから、青白い人型の、いかにもな幽霊が宙に浮きながら飛んできていた。
幽霊はかなり大きい、2メートルくらいだ。
「キエエエッッ!!」
幽霊は叫び声をあげながら、少年へと迫っていた。
暗いスラム街なので、リアルな幽霊モンスターは心臓に悪い。
……目の前に突然現れたら、絶叫しそうだ。
シャルが、わたしの袖を引っ張った。
「レイス……!! 姉さん、逃げよう!」
「……強いの、あれ?」
「うん……もう何人も灰になってのを見たよ! あれが、徘徊してる強いモンスターなの!」
いまなら、レイスは少年を追いかけている。
回り右してやりすごせばいいだけだ。
でも、ただ逃げるというのもなぁ……。
少年とレイスは、ぐんぐんこっちに近づいてくる。
わずかずつだけれど、少年とレイスの距離が縮んでいる。
まもなく、少年はレイスに追いつかれるだろう。
「……シャル、一発だけレイスを殴ってみていい?」
「え……姉さん!?」
「幽霊なんでしょ? どんなもんかなぁって」
あっけらかんと、わたしは言った。
モノは試し、それがわたしだ。
それに目の前で困っている人を、いきなり放置するのも気分がよくない。
やるだけやって、1回は死ぬほうがいい。
それに死んだときのペナルティは、それほど重くないみたいだし。
【ボックス】以外にアイテムも持ってない。
ぐっ、とシャルが勢いよく、拳を振り上げた。
「姉さん、仇はとるからね……!」
どうやら、わたしと一緒に突っこむことにしたらしい。
さすが、わたしの妹。
「ありがとう、でもシャルこそ……逃げてね?」
「ううん、死ねばもろとも……みたいな!」
ふんす、とシャルが気合を入れる。
「ああ~、そちらの人たち、逃げてください~!! 巻きこんじゃいますぅ!」
少年が慌てながら警告してくる。お~、いい子だ!
距離はもう、100メートルくらいになっている。
ぐぐっと、足に力を入れて、拳を握りしめる。
イメージとしては殴り抜けて、そのまま反対側へダッシュする感じだ。
そうだ……飛びうつるのと一緒で、マナを集中させてみようかな。
……ついでに、シャルから受け取った身体の熱も叩きこむ。
ぎゅぅぅぅ……!
と右手に力を入れると、どんどんと青い光があふれだしてきた。
よしよし、いい感じだ!
レイスと少年は、もうかなり近い。
「幽霊って、どんな感触がするんだろう……ね!?」
ぐわっと風のように走り出す。
そのまま、少年に迫るレイスの顔面にーー思いっきりパンチした。
手応えはないんじゃないかーーと思ったけど、柔らかいクッションを殴るような感触があった。
「ギャアアアア!!」
そして、レイスは粉々に霧散した。
わたしのMPは、半分以上減っている。
身体の勢いを止め、わたしはつぶやいた。
「ありり……? ……倒しちゃった?」
「すごいよ、姉さん!」
きゃあきゃあ言いながら、シャルが近寄る。
どうやら、本当にすごいことらしかった。
「あわわわわ……!」
少年は、腰を抜かしたように地面に座りこんだ。
あんなリアルな幽霊モンスターに追い回されてたんだから、仕方ない。
「……ええと、大丈夫?」
わたしは少年に手を差し出す。
はっとしたように、少年が手を取って立ち上がる。
すぐさま、少年はぴしっと一礼した。
……礼儀正しい!
「はいっ! ありがとうございます! ボクはユーミル、あの……おふたりは……?」
「あ、わたしはマイ……そっちの子が、シャルだよ。……ユーミル君って呼べばいいかな?」
がーん! と、ユーミルがショックを受けたようだ。
もじもじしながら、ちょこんと片手をあげる。
「…………よく間違われるんですけど、ボクは女の子です…………」
「ああ、ごめん……!」
ボーイッシュな女の子だった!
にしても、相当にかわいい……なんというか、VCの性質だろうか。
アバターが良くできすぎている。
中性的で、ひっぱられる魅力があった。
ものすごく、そそられる……。
ごくり。
いや、いくらなんでも、初対面で吸血のお願いなんてしないけどね!
……血の味はすごく気になるけれど。
「…………姉さん、ここでも……」
「えっ!? なにが……?」
「ううん、姉さんからは目を離せないなぁ……って。深い意味は、ないからね」
にこっと、シャルは笑うのだった。