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マリファナ

作者:

遮光カーテンからだだ漏れする憂鬱に吐き気を覚える。

車のエンジン音、始発から何本目かの電車の音、それら全てに色をつけるなら黒。

ただの黒じゃない、赤とか青とか緑とか紫とか、この世にある全ての色をパレットの上でごちゃまぜにした黒。その細かい濃淡の裏には微かな色彩が覗く。絶望に飲み込まれ諦め顔をするカラフルな色彩。


僕は物心ついたときから朝が嫌いだった。たわいもない家族の会話、ごみ捨て場で交わされる中途半端な挨拶や噂話、目覚ましの金切声も清楚を決め込むお天気お姉さんも全部嫌い。

真夜中の静かな闇の中、ベッドの上に横たわると、臓器が全部ぐちゃぐちゃに溶けて液体になる。それが重力で深く深く沈む。

8時間という空白の時間が終われば、また朝が来て、僕はまた僕と言う存在に絶望し、夜を待ち望む。夜が来れば、僕は暗闇と一体化し、僕は僕と言う輪郭を曖昧にする。


寝返りを打つと、横には女の子がいた。なんとなく、腕を掴んだり身体を触る。

そのうち彼女はするりと腕のあいだを抜け、ベッドを飛び出して窓を開けた。


ああ、僕たちは昨日、ここで繋がったんだ。

彼女がどんな風に首を傾けて僕を誘ったとか、どんな顔をして僕を受け入れたとか、ブラジャーとパンツの柄は一緒だったとか、そうゆう細かいことはなにも覚えてなくて、僕の脳髄にはべたべたとした罪悪感が張り付いてるだけだった。

二日酔いのせいか、意識がふわふわと宙に浮いている。僕の肉体から離れた僕の意識は、ベランダからの眩しい朝日を浴びて、信じられないくらいキラキラと輝いている。


「学校は?」

彼女はベランダのマリファナを愛でながら僕に言い放つ。

まくらを顔に押し当てたまま答える。


行かない。


僕が下した決断に、彼女は肯定的なのか否定的なのかは、結局わからないままだった。


たぼだぼのスエットから伸びる細くて白い腕。鎖骨まで伸びた黒髪。切りそろえた前髪から覗く端正な目鼻立ち。

口角を少しだけ上げて、膝を抱えてしゃがむ彼女の姿。


ふと、左のふくらはぎに痣を見つけた。

その途端、まぶたの裏から記憶が溢れ出す。僕はたまらず目を伏せる。


僕は昨日、彼女を殺そうとした。


生々しい行為の最中、真っ暗な部屋、僕の吐息が彼女の胸や太ももを包み込む。華奢な身体が、腕がまとわりつくたびに、鼓動が高鳴っていくのがわかった。僕の心は悲鳴をあげていた。


「あいしてる」


彼女の唇が小さく動く。

そしてまさに、二人が重なる瞬間、僕の精神と肉体を繋いでいたプラグが、おおきな音をたてて千切れた。


気づいたら、僕の手は彼女の首を絞めていた。

雪のように白い肌に爪を立て、血が滲むほどにきつく握り絞め、肩や胸に噛み付く。

彼女が小さい悲鳴をあげるたび、息を荒げるたび、僕の腰は速度をはやめる。


このまま壊してしまえたら。心の底からそう思った。

この快感と、背徳感と、支配感に満たされながら言葉の通り彼女を僕のモノにしてしまえたら、どんなに幸せだろうか。

頭のなかで小さく疼いていた塊が、いっぺんに僕を包み込んで、少しずつ確実に理性を溶かしてゆく。


そして、僕の記憶はそこで途切れる。


どこで間違えたのか、なにがいけなかったのか、そんな疑問に答えは出てこない。当たり前だ、全てが正しくて全てに答えを導き出せる人なんてこの世界にはいない。誰しもが正しくて、なにもかもが間違っているんだから。

僕の心をきりきりと痛めつけるのは、一つの事実だけ。変えられない事実。


おはよう、彼女は優しく微笑んだ。その微笑みがまた僕の心をざわつかせる。


その名前、やめたほうがいいよ、マリファナなんて不謹慎だ。


僕はベッドから起き上がり、床に転がる空き缶やらボトルやらをかきわけて居場所を作った。アイスブラストの球体を奥歯で噛み砕いて、ゴミの中からライターを探す。


「虚勢を張るの」

彼女はマリファナの葉を人差し指で撫でる。

「彼の名前はマリファナじゃない。でも、私がマリファナって名付けたら、彼はマリファナになる、誰もが一目置く存在になるのよ。それって素敵じゃない?」


君の考えてること、時々わからなくなるよ。


そして僕は息を吸うように絶望した。

今日の絶望は、歯磨き粉みたいな味がする。



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