殿様と玉手箱 (箱物語12)
昔のことである。
強い殿様が大きな国を治めていた。
殿様にはかわいい妻と子がいて、すぐれた家来もたくさんいる。宝物もありあまるほどあった。
さらに、だれもが自分に従う。ほしい物はなんでも手に入る。
すべてが自分の思いどおりになった。
ところが殿様、なぜだかこのごろ元気がない。ひとつだけ、どうにもならぬことがあったのだ。
――なぜ、年はとらねばならんのじゃ?
鏡をのぞいては……。
日々年老いてゆくことを嘆いていたのだった。
ある日。
お城に家来たちが集められた。
「みなの者、ワシは年をとり死にとうない。不老不死の薬を探してまいれ」
殿様は家来たちを前にして命令した。
不老不死の薬などあろうはずがない。さりとて殿様の命令とあらば従うしかない。
家来たちは国のすみずみまで探しまわり、さまざまな薬を殿様のもとに届けた。
殿様はさっそくためしてみた。
されど、どの薬もいっこうにきくふうにない。なぜならそれらは、病気を治す薬や元気の出る薬にすぎなかったのだ。
そんなときである。
家来の一人が奇妙な漁師の話を持ち帰った。
三十年も前の嵐の日。
この漁師、漁に出たきりもどらなかったゆえ、海にのまれて死んだと思われていた。ところが最近、ひょっこり村に帰ってきた。
奇妙なことに昔のままの若さだという。
「おそらくソヤツは、どこかで不老不死の薬を手に入れ、それを飲んでいたのであろう」
殿様はさっそく家来たちを従え、その漁師がいるという海辺の村へと向かった。
漁師は粗末な小屋に住んでいた。
すぐさま家来が殿様の前に引き連れてくる。
「これは、お殿様」
漁師はひざまずき、地面につくほど頭を下げた。
「これ、顔をよく見せよ」
漁師がおそるおそる顔を上げるに、その顔は若々しく、シミもシワもひとつとしてない。
「そなた、年はいくつじゃ?」
「へえ、六十でございます」
齢六十にはとても思えない。どう見ても、その半分である。
「三十年ほど前、この村を出たと聞いたが、どこへ行っておったのじゃ?」
「海の底のお城でございます」
「ほう、海の底にも城があるとはのう。で、それはいかなる城じゃ?」
「お殿様のお城ほどもある、それはそれはりっぱなお城でございました」
「して、どうやってそこへ行ったのじゃ?」
「漁をしているときに、船がシケで沈んだのでございます。で、ただ夢中で泳いでいるうちに……」
「知らぬまに着いた、そう申すのだな」
「へえ、気がつきましたら」
「それで三十年もの間、オマエはそこでなにをしておった?」
「毎日、ごちそうを食べては踊り、酒を飲んでは歌っておりました」
「その間、どうして年をとらずにすんだのか、くわしく聞かせてくれぬか」
「それがとんとわからねえんで……。なにせ村に帰ってはじめて、三十年もたっていたことを知ったもんですから」
「なんとも不思議だのう。ワシの城でも毎日のように遊んで暮らせる。だが、悲しいことに年はとってしまう。考えられることはただひとつ、オマエがそこで不老の薬を飲んだということだ。そのようなことでなにか思いつくことはないか?」
「いえ、なにもございませぬが」
「なら、なんでもいい。ほかに思いあたるようなことはないか?」
漁師はしばし考えこんでいたが、首をかしげながら答えた。
「もしや、あの中に……」
「なんじゃ、申してみよ」
殿様が身を乗り出す。
「ついぞ忘れておりましたが、お城を出るとき、お姫様から小さな箱をいただいておりました」
「それに不老の薬が入ってるやしれぬ。ただちに持ってまいるのだ」
殿様の命令に……。
漁師が小屋から小箱を手にもどってきた。
「これでございます。いまだ開けたことがございませんので、わたくしめもなにが入っているかは……」
それは朱色の玉手箱で、美しい錦のヒモがかけられてあった。
「ほしいだけのほうびをつかわしてやる。だからそれを、ワシにゆずってくれぬか」
「ありがたいことでございます」
漁師がうやうやしく玉手箱をさし出す。
殿様はヒモをといて、嬉々として玉手箱の中をのぞきこんだ。
と、いなや。
箱の中から白い煙がモクモクと噴き出して、それはあっというまに殿様をつつみこんだ。
煙の中から赤ん坊の泣き声がする。