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季節

作者: たかみかど



それは音もなく舞い降りた。銀色の世界、雪が降り積もった高原。緋色の風を纏うそれは辺りの雪を溶かす。それが降り立った所から艶やかな緑がひろがってゆく。

『おはよう……』

それは呟いた。



同じ頃。

高原から見える大きな山の頂上では、広がる緑がこちらに向かっているのを見る者がいた。全てが凍結された氷の景色。そんな中でただ独りたたずんでいる、彼女。見た者はきっと、彼女が景色に溶け込んでいる様に感じるだろう。

彼女は限り無く憂鬱そうな顔をしている。



それは高原の雪を溶かし尽くし、木々や生き物を起こした。そして、疾風の如く彼女のいる山に駆け上がっていった。



それの名は、春。暖かな橙色の季節。緋色の風を纏った、万物に愛される者。



山の山頂に春が来た事で凍結された景色が動き出す。

今まで雪で真っ白だった樹が芽吹いた。

氷で止まっていた滝がゆっくりと、次第に、激しく流れだす。

そして春は、憂鬱そうな彼女を正面から見据えた。



彼女の周りは凍てついている。春が来ても、それが溶けることは、ない。



彼女は冬。全てを奪い去る、銀色の季節。



『……春か』

何もこもっていない声で彼女、冬は言った。

『冬、春が来た』

『……』

見ればわかるという視線を投げかけながら沈黙する。



春が来た、雪が溶ける。冬は、終わる。



音をたてずに、冬が去ろうとする。動植物がざわめいた。冬が去る事に歓喜を表して。冬はそれを、何の感情も浮かべない瞳に映した。



彼女は独り。冬の周りには、何もない。誰もいない。何故なら彼女は命を奪うから。だから、いつも独り。



『冬』

春が呼び止める。

『何だ……?』

至極つまらなそうに、冬は言った。

『寂しくはないの?』

『……は?』

そこで初めて冬の表情が動く。実に、面食らったように。

『春、お前……』

呆れながら春を見返す。それから暫く、春を凝視していたが、不意に彼女は風と共に舞い上がった。冬が見えなくなる寸前、小さく唇が動いた。

『私に自分から近づく者など、いないだろう……?』

その呟きには、何がこもっていたのか。



彼女が去って見えなくなってから冬は考える。全ての者に受け入れられる、春。全ての者に拒まれる、冬。

『でも、まぁ……』

考えても始まらないと思い、思考するのを止める。

『さぁ、皆、おはよう。春が来た』

春は高らかと宣言した。



いつか、彼女にも寄り添う者ができるだろう。そう春は思っていた。



それが現実となったのは、季節が一度回った後の事。



一年後、彼女は再びその場所に降り立った。



そこにはいつも通り何も、誰もいない筈だった。



『ようこそ。そして、今年もおかえり』

突如、そんな声が響いた。それを言ってくれる相手など、この世界にはいない筈なのに。



それは、大樹だった。年老いて、彼女が次ここに来るときには命が散っているであろう、大樹。彼女を初めて迎えた者。

『あぁ、ただいま……‼』

迎えてくれた者に、心からの言葉を。






……次に冬がそこを訪れるともう彼女を迎えた者は、いない。

『ただいま』

彼女の声に応える者も、いない。



その年の冬は、いつもより寒かった。



次の季節、春がやってきた。春は冬を迎えたという大樹の元へ向かっていた。春がそこにつくと、寿命を迎えた大樹があった。冬を迎える者は朽ち果てていた。



ふと、視線を下に落とす。朽ち果てた大樹の根元から小さな新しい芽が出ている。春は微笑んだ。その小さな芽にかける言葉を探しながら……。



冬が二度目の困惑を受けるのは、もう一度季節が巡った後の事。



その小さな芽が大樹になるまで、数十年。



冬が独りでなくなるまで、後……。



彼女が幸せだと自覚するまで、そう時間はかからない。



そんな、季節の物語。

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