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8 何故、今出てきたか

 包帯を持ったまま、しばらく悩んだけれども。

 良い解決法も考えつかない。


 仕方ないので本人にお願いしてみる。


「あの、これさ、巻くんだけど」

「任せる」

「いや、あんたこっち端っこ持ってて」

「腕を動かすと痛いからやだ」


 おい。

 何で怪我した本人が非協力的なんだ。

 諦めたオレはサクヤの背中に回った。

 まず背中で布の端っこを押さえて、こう腕をぐるっと回そうとして……やっぱダメだ、と気付いた。


 このまま巻こうとすると後ろから抱き着くような体勢になる。

 やっぱり前からだ。


 と、前に回ったところで、正面からじっと見つめられた。


「……何? 何か文句あんの?」

「場合によっては触るくらい構わないって言っただろ。そんなに恐る恐るやらなくても」

「そんな許可より手を貸してくれよ」

「……服の上から巻くより、下に巻いた方がずれないと思うんだが」


 何か生々しいことを言いながら、ちらり、と右手でシャツの裾を持ち上げてる。

 布地の隙間から白い腹がのぞいて見えた。


 何、それ。

 めくれって言ってるの、そのシャツを?

 どこまで? 肋骨まで?


 一瞬、頭が沸騰しそうになった。

 それでも見上げてくるサクヤの視線が、ずいぶん興味深そうだったので。

 その瞳の色でからかわれていることに気付いた。


「……あんた、今のはわざとだな」

「ふふん。お前があんまり胸のことばっかり言うからだ」


 ざまあみろ、と笑われてムカついた。

 どうせ何も出来ないと見くびられているようだ。


 オレは、もう無言で。

 サクヤの右胸の上で布の端を上から押さえた。

 当然、手の下に柔らかい膨らみが感じられてしまうけど。

 そんなんでは怯まずにむしろ押し付けるようにした。


「……え……」


 サクヤが小さく声を上げる。

 その声を無視して、キツく布を巻く。

 胸の上の手は、きれいに布を巻く為に。

 何度も離しては、置いて。

 柔らかい感触を、存分に。


「――出来たぞ。あんま動かすなよ」


 布の終端を折り込んで手を離す。

 サクヤはまだ、びっくりした表情でこちらを見上げていた。


 ついでなので。

 その顎に手をかけてやると、ますます目を見開いた。

 このタイミングで何か、かっこいいことを言おうと少し考える。


 ――あんまり男をからかうもんじゃないぜ?

 ――男はオオカミなんだよ、子猫ちゃん?

 

 悩むオレより先に口を開いたのは、サクヤだった。


「……お前、鼻血出てる」

「え!? ――あ、うわぁ! もう、オレのバカ!」


 慌てて拭いながら落ち込んだ。

 その場にしゃがみ込んで、自分の情けなさとはっちゃけぶりに凹む。

 頭上からサクヤがよしよしと頭を撫でてたりするので、更に落ち込む。

 半泣きでその手を振り払ってから、泉へ向かった。


 顔を洗ってから向き直ると、既にサクヤはオレに対する興味を完全に失っていた。

 さっきのでかい生き物の死体の傍にしゃがんで、検分している。

 ちょっと寂しいけど仕方ない。これがこの人のデフォルトだ。

 オレはその隣に立って尋ねた。


「……なあ。何だよ、これ」

「知らないって言ってるだろ」


 それはさっき聞いたよ。

 でもさ、分かってるけど聞きたいんだよ。

 刃を弾き鋼鉄を砕き、爆発を打ち消す、規格外の生き物なんて。


 ――推測でもいいから、何か。


「……そうだな。とりあえずこんな生き物のこと、俺は見たことも聞いたこともない」

「突然変異――だっけ? ある日いきなり進化したとか」

「絶対と言うことは出来ないが。お前、何が突然変異したらこんなになると思うんだ?」


 ――まあ、そりゃそうだ。

 こんな口が4つに裂けるような生き物、何の進化だよ。

 オレだって思い付かない。


「じゃあ、あんたは何だと思うの?」

「古都の国にそういう魔法の研究者がいる」

「魔法?」

「生き物を改造してしまう魔法だ」

「そいつの作品ってことか?」


 サクヤは生き物の死体から指を離して、つまらなそうに「さあ」と答えた。


「俺も、あいつの魔法は数える程しか見たことないし。ここまで複雑にぐちゃぐちゃに作れるものかは、疑問があるな……。何にせよ、推測でしかない」


 そりゃそうだ、確実な答えなんて出ない。


「ポイントはこれが何かってことより――何故今、出てきたか、だ」

「幽霊ってヤツも何か関係してるのかな。お仲間だったりして」

「それならそれで構わない。本物の幽霊じゃなければ怖くない」


 ふとサクヤが眉を寄せる。


「ただ、こんなに大騒ぎした後で目的の『幽霊』が出てきてくれるかどうか……」


 確かに、その点は非常にまずい問題のような気が……しなくもない。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○


 でかい死体を埋め終わった頃には、夜が明けていた。


「埋め終わってから言うのもアレだけどさ……別に埋めなくても良かったんじゃね?」

「……まあ泉を使う町人もいるから、あのままにしとくわけにはいかないだろ」


 魔法でがんがん穴を掘りまくっていたサクヤは、魔力欠乏に陥って少しへたっている。

 そろそろ昼夜逆転生活者としては睡眠を取りたいところでもあるんだけど。


「さて、どこに隠れて寝るよ?」

「幽霊は泉の傍に出るんだから……あの辺が距離的には適度なんじゃないか? 離れすぎても監視できなくなるし」


 サクヤがオレを引っ張って歩く。

 繁みに分け入って泉の方を見ると、確かに。

 こちらからは見えるが向こうからは見えづらい、良い位置だ。


「で、ここに?」

「寝袋出せ」

「あれ? 寝袋入れてたか、あんた」

「え?」


 オレと一緒に荷物の中を覗き込んだサクヤが、小首を傾げる。


「あれ? 入れっぱなしにしておいたと思ったが」

「……ああ! 前回ほら、捨てたじゃん! 破れてさぁ!」


 言われて思い出したらしい。

 茫然とこちらを見た。


「……そう言えば、捨てたな」

「うん。捨てた」

「まあ、幸い今日は寒くもないし」

「戻って今夜は宿に泊まって、寝袋買ってくるって選択肢はないのか?」


 オレの提案に少し考えてからかぶりを振る。


「新しい寝袋はもう香櫻堂こうおうどうに注文してあるんだ。いいじゃないか、こんなに暖かいんだから大丈夫だろ」


 まあ、あんたがそう言うなら、オレは別にどっちだって構わないんだけど。

 サクヤが着ていたマントを脱いで地面に広げる。


 無言のまま視線で促すので、転がると。

 隣にサクヤも寝転んだ。


「……あの。これってもしかして、一緒に寝る感じ?」

「今までだってそうだろ。お前の方が気配感知も寝起きも早いんだから、何かあったらちゃんと起こせよ」

「いやほら。交替で見張りとかした方がいいんじゃない?」

「じゃあ、お前やれ。俺は寝る」


 おい、自分が寝たいだけかよ。

 言い返してやりたいけど、もう眠くて仕方ないサクヤからは、ろくな対応が返ってこない。

 諦めたオレが溜息をついて起き上がろうとすると、シャツの裾をまた掴まれた。


「……何?」

「いや……見張るなら、そこで」

「まだ幽霊怖いの?」

「まだって何だ」


 声はいつも通りだが。

 見上げてきた瞳が微妙に潤んでいる。

 そんなに怖がらなくても、と思うと同時に――。

 ――そういう顔って、結構クるものがある。


「……あんたさ、いつも思うけど、危機感どこに置いてきたの」

「危機感?」

「だから例えばさ、こうやって……」


 サクヤの両手を頭上に纏めて右手で押さえつける。

 そのまま上から伸し掛かった。


「……押さえ付けられたらどうするつも――いっ!? 止めろ、魔法は止めろ! すみませんでした!」


 慌てて手を離して、後退った。

 サクヤさんたら1ミリも動かず1秒も待たず、魔法を発動しようとしてました。

 一瞬で例のバチバチいう火花が散りだしたので、もう本当にどうしようかと思った。


「お前に危機感を語られる筋合いは、ない」

「はい、良く分かりました」


 頭を垂れて返事をすると、サクヤは寝転がったまま右手を出してきた。


「……何?」

「繋いで」

「?」


 良く分からないなりに、言われたとおりその右手を自分の左手で握る。


「じゃあ俺は寝る。お前は見張りするなり寝るなり好きにしろ」

「……え? この手は何なの?」

「馬鹿な犬には鎖が必要だろ」


 ふふん、て顔をしてるけど。

 いや――絶対あんた幽霊が怖いだけだろ!


 と、思ったけど口には出さなかった。

 サクヤさんを連続で2回も怒らせるのは、やはり避けたい。


 あと……ちょっと、可愛いと思ってしまったので。


 宣言するとサクヤは早速目を閉じた。

 繋いだ手が珍しく温かいので、本当に眠いんだと思う。


 さてどうしようか、とオレは迷う。

 サクヤの口振りだと、見張りなんかしなくてもいいって感じではあるが。

 何かあればオレが気付いて起きるだろ、みたいに多分思ってる。

 そんな点を信用されても困るんですけど。

 オレだって寝てる時のことなんか責任持てねぇよ。


 となれば、起きて見張ってるしかない。

 何の変化もない泉をひたすら見張るだけの簡単なお仕事です?

 ……想像するだに眠そうだ。

 溜息をついてオレは泉の方を向いて座り直した。


 ――ちなみに繋いでいた手は、サクヤさんの就眠後5分くらいで、向こうから振りほどかれた。

 何か寝返り打つのに邪魔だったらしい。

 少しキュンとしたオレのときめきを返せ。

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