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7 何か問題があるか?

「幽霊が怖いから、付いてきて欲しかっただけか……」


 ちぇ。オレと一緒にいたいのかと思って、少し期待したオレがバカでした。

 拗ねたいような気になるが。

 いつだって人の気持ちなんて考えないサクヤさんは、今日も可愛らしく小首を傾げている。


「だったら、何か問題があるか?」


 そう問われれば、問題という問題はない。

 オレが勝手に期待しただけだ。


「まあ、あえて言うなら、最初から素直にそう言えばいいのに、ってとこかな」

「ナギのいる前でそんなこと言ってみろ。爆笑されるぞ」

「そうだな。あの人、性格最悪だから」


 一度弱みを握られると、最低でも1ヶ月はそのネタでからかわれる。

 オレも何度それで怒りのメーター吹っ切りそうになったことか。


「この辺りが目的地になるはず――ああ、あれか」


 確かに、月光をきらきら照り返す何かが前方にある。

 近付いてみると、岩の間から湧き出る水がちょろちょろと流れ出し、大きな水溜りを作っていた。


 サクヤがオレのシャツを強く握る。

 ほとんどオレの後ろに隠れるような状態で、周囲を見回している。

 オレもぐるりと一周見てみたが、特に周辺に気配はないようだ。

 背後のサクヤに肩越しに話し掛けた。


「誰もいないなぁ」

「……いないらしい」


 いないと分かって、少し肩の力が抜けたようだ。

 シャツを掴んだまま、少しだけオレの先に出て、泉の傍に膝を突いた。


「何のことはない、ただの泉だ」

「そりゃそうだ。あんたの守る泉と一緒にするなよ」

「いや……幽霊の噂が立つくらいだから、もっとおどろおどろしいものかと」


 右手を水に浸けながら、こちらを見上げてくる。

 どうやら実物の泉を見て恐怖も少し薄れたらしい。

 ようやくいつものペースが戻ってきた。


「さあ。この辺で、隠れて見張るか」


 勢い良く立ち上がったサクヤがオレの背中を押す。

 頷き返して、歩きだそうとした瞬間――


 ――ガサリ、と前方で音がした。


 即座に反応して、サクヤの身体が跳ねる。

 オレのシャツの背中を掴んで、そのまま強く引いた。

 引っ張られてたたらを踏むオレを背後にかばい、前方を睨み付けている。


 結局、こうやって庇われるのかよ。


 情けないが、彼我の実力差を考えれば致し方ない。

 遅れてオレも剣の柄に手をかけた。


「そこにいるのは分かってる。出てこい」


 低い声が森に響く。

 オレとサクヤの見ている先は同じ。

 オレも同じ気配を感じている。

 一瞬前までなかった気配が、何故か。今はそこにある。


 ――誰か――何かが、いる。


 音を出して、気配があるなら生き物だ。

 サクヤも同じように考えているから、恐怖がないのだろう。


 がさがさ、と大きく繁みが揺れて。

 何か、黒くて大きい物が飛び出してきた。


「――っ!?」


 慌てて隣でサクヤがナイフを引き抜いた。

 すぐに、ぎぃん、と鈍い音がして、抜いたナイフが弾け飛ぶ。

 飛び込んできた黒い生き物が、ナイフを弾いた勢いのままに、サクヤの身体を押し倒した。


「何だ、これ!? 犬?」


 動きが止まったところで、ようやくその生き物がきちんと見えた。

 しかし、見えたところで何なのかは分からない。


 巨大な黒い毛皮の四足の生き物。

 クマではない。

 オオカミでもない。

 間抜けな顔の犬のようにも見えなくはないが、こんな犬見たこと無い。

 毛は全身真っ黒で、尻尾が猿のように細く小刻みに震えている。


 いや待て、これ、本当に野生動物か!?


 上に乗っかられているサクヤですら、それが何だか把握しかねている。

 それでも魔法で倒そうと唇を開いた。

 呪文を唱えようとしたとき――突然、生き物の頭がかぱっと4つに裂けた。

 裂けた内側には鋭い牙が生えていて、それが『口』であることをオレ達は否応なく理解した。


「な、何だ、これ!?」

「ぐっ……俺が知るか! ――氷刃グリーミングブレード!」


 のしかかられた重さに呻きながらも、呪文とともにリドルの姿に変わったサクヤが魔法を放つ。生き物の真横から現れた透明な刃が、横っ腹に突き刺さる勢いで飛ぶ。

 ところが輝く刃は、がぎっ、と耳障りな音を立てて、生き物の腹で止まってしまった。


「――くそ、装甲が硬い」

「なあ、こんな生き物、野生にいたっけ!?」

「今そんなこと言ってる場合か! 俺の記憶にはないっ!」


 大きく開いた『口』が、サクヤの首元を狙っている。

 気付いたサクヤが右手を突き出した。


 右手を犠牲にして、時間を稼ごうと言うのだろうけど。

 オレは駆け寄って、抜いた剣を横に振り抜く。

 がいん、と反響するように『口』に生えた牙を剣で止めた。


「バカ、右手ごと呑まれるぞ!」

「よし、そのまま支えとけ! ――火焔珠フレアジェム!」


 剣の隙間から、口の中に火焔珠フレアジェムを叩き込む。

 着弾と同時に爆散するはずのその魔法は――生き物の腹に収まって、何も動きを起こさなかった。


「――消された!?」


 サクヤが叫ぶのと、がっちりと噛み込まれたオレの剣の刃が破片になって砕けるのが同時だった。


「やばい! サクヤっ」

「――ああ、くそっ! 氷結槍フリージングジャベリン!」


 サクヤを噛み込もうと、再び開いた生き物の口の中に、氷結槍フリージングジャベリンを差し込む。

 5本の透明な槍は、狙い違わず口の中から生き物を串刺しにした。

 さすがの生き物? もこれにはどうしようもなかったらしい。

 貫かれた身体をびくりと大きく震わせて、横倒しになった。しばらく痙攣をしていたが、徐々に動きを止めた。


 倒れた生き物の下で、サクヤが顔を顰めている。

 高い透き通るような声で、オレを呼んだ。


「重い――カイ、早く――」


 生き物の死体に下敷きになっているので、圧死しそうになってるらしい。

 死体の方にうっかり気を取られていたが、慌てて駆け寄って引きずり出した。

 圧迫を逃れた途端、ごほごほと咳き込んでいる。

 やはり、かなりの圧がかかっていたようだ。


「大丈夫か?」

「……骨が、いってると思うけど。多分それくらい」

「どこだ? あばら?」


 左の脇に手を差し込むと、「――ひ」と、小さく声が漏れる。

 ああ、ここか。

 生き物が倒れる時にサクヤの左半身を下敷きにしていたから、あの衝撃で折れたのだろう。

 荷物の中から厚手の布を出して、胸に巻こうとして、少し悩んだ。


 この骨折で。

 この人、女になってるんだけど。


 あの、師匠せんせい……。

 出来るだけおっぱいに触らないように、布を巻くにはどうすればいいでしょうか?

 想像の中の師匠は意地悪く笑っただけで、何も答えてくれなかった。

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