3 興味は、ある
ふと思ったのだが、姫巫女になった時期が問題なのかもしれない。
姫巫女はほとんど不老不死なので、そこで成長が止まったってことは聞いた。
しかし、その時サクヤは何歳だったのだろう。
「あんた幾つで姫巫女になったんだっけ?」
「……15になる年だったと思うが。突然、何だ?」
なるほど年下に見えるはずだ。
見た目からして、発育が良い方ではなかったと思うから。
もしかすると。
この人、第二次性徴とか来てないんじゃない?
「ちょっと聞きにくいこと聞いてもいいかな?」
「……聞くのは、お前の自由だ」
いつかと同じ台詞だが、今回はおずおずと返事をしている。
まあ、安心しろ。
そんな怯えられるような質問はしないって。
――そもそもオレが恥ずかしくて出来ない。
「あんたさ、脛毛とか別に剃ってるワケじゃないんだよな?」
……いえ、あの。
別に、見たくて見たワケでもないんですよ。
こないだ、あんたがバスローブ着てる時にちらっと見ただけで。
ちらっとね。
まあ、あんたに脛毛があったら、すごいショック受けたとも思うけど。
サクヤはオレの質問に何と答えるべきか迷ってるようだった。
また即答が返ってくると思っていたので、少し意外。
「……迷うってことは剃ってるの?」
「バカか、お前は。わざわざ体毛を剃る男なんか、俺だって見たことないわ。俺が言いたいのは……つまり、こう返すと俺が……」
「ああ、生えてないのがバレちゃうって」
がすっ、とブーツの底がオレの脛に当たった。
図星だったらしい。
「痛い。……つまりあんた、第二次性徴まだなんだ」
「……悪かったな」
まだというか。
ここで成長が止まったサクヤには永遠に来ないというか。
どことなく恥ずかしそうな様子に、オレは質問を続けた。
「別に悪くはないんだけど……そんなんで、春画見て、あの、ぼっ……するの?」
「ぼ? ……何?」
あ、やばい。
こっちの質問の方が聞きづらかった。
ああまた、そんな可愛い顔で小首を傾げるなよ。
単語自体が分からないらしいので、ちょっと言い換えてみる。
「つまり、その、性的に興奮する?」
「……それは答えなきゃ駄目か?」
サクヤは頬を赤らめながら、上目遣いにこちらを見上げてくる。
いつもは一方的にオレが辱められているような気がするので、時にはこういうのもアリだと思う。
何となく、やられたことをやり返す気分で、気持ちがいい。
嘘をつかないという誓約は、こういうとき本人にとっては非常に不便らしい。
選べるのは、答えを返すか、返さないかの選択肢だけ。
そして答えないことで、ある程度、本音が類推できてしまう。
実際に今の回答で、既にオレにはイエスかノーのどちらなのかが分かってしまったくらいで。
それでも、もっと恥ずかしい思いをさせてやろうと、あえて重ねて告げた。
「ダメとかないけど。オレは知りたい」
この人、こういう直球勝負の言葉に弱いんだよな。
屈折しているのに根がマジメなので、気持ちを理解してしまうと、適当を言って逃れるのに罪悪感を覚えるらしい。従ってオレはいつだって、直球の中にいかにして変化球を混ぜるかという組み合わせで、サクヤを説き伏せていくことになる。
「だってあんた、そういう素振り全然見せないし。いつだってオレばっかりどきどきしてて、不公平だ。さっきだってオレの好みを盗み見て、自分は好みなんてないなんて、ずるいじゃないか」
勝手に人の荷物を見たことに、ちょっと罪悪感を煽ってやると、思った通りサクヤは少し眉を寄せた。
気持ちをぐらつかせたら、後はもう、変に喋らない方がいい。
黙ってサクヤを見つめていると、静かに視線を逸らされた。
俯いたまま小さく答えが返ってくる。
「……興味は、あると思う」
顔を伏せていると、うなじが真っ赤になっているのが良く見えて、これはこれで趣深い。サクヤは色が白いから、怒ったり照れたりすると、血が上るのがすごく良く見える。
はは……。いつも無防備に煽って、オレばっかり照れさせてるお返しだ。
「まあ、興味なかったら読まないだろうけどさ。それってどんな興味なの。オレの趣味を確認したいの? それとも女の身体に興味あるの? 自分の身体見ればいいじゃん」
オレがあんただったら、そうするわ。
おっぱい揉み放題だぜ、いぇーいって、さ。
「……両方かな。自分のは全然カウントに入らないだろ。お前だって、男の腹の筋肉を見てみたいと思ったとして、自分の見ろとか言われたら困るだろう?」
「――いや、待って。前提がおかしい。オレ、男の腹筋見たいとかあんま思わない」
どうも興味の方向が違うか、そうでなければ興味の対象が男女限らないのか。
とにかく、オレの思考とサクヤの発想には何か深い溝がある気がする。
「単純に教えて。ムラムラする?」
「その感覚は良く分からない。自分がこうだったらどうだろうと思う。羨ましいと言うか……」
あんた、それは。
やっぱ興味の質が違う。
あんたのは、大人に憧れる子どもの発想なんじゃない?
「腹筋があるのがいいのかよ?」
「……何だこれ、恥ずかしいな。……だから、あの、背が高いとか、腕が太いとか」
「成長したのを揉みたいとかは思わないの? 例えばイオリとかさ」
「イオリの腹筋を?」
違う。違う、違う!
やっぱあんた、男の風上にも置けないヤツだ。
イオリと言えば、あの爆乳なの!
あんな至近距離で擦り付けられて、挟まれて押し当てられて、他に思うことはないのか!?
この人、あんまり性欲とかないんだ、やっぱり。
もともとの気質もあるのかも知れないが、多分そういう方面の成長が遅い上に、成長の止まった年齢が低かったのが、一番のネックだと思われる。
あ、あとは、ストイックにならざるを得ない環境っていうのもあるか。
まあ、おおかた予想はしてたけど。
改めて認識してみると。
……この人が、いつもオレを誘惑するのは。
本人としては何の思い入れもなく、ただ普通に会話してるつもりなようだった。