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15 認識を改めろ

「……で、……が魔力に干渉することで、……の……に斥力が働くから、服が消えるんだ」

「……ああ。分かった」


 さっぱり分かんねぇことが分かった。

 結果として服が脱げるってことだけが、分かった。

 元々良くもない頭だけど、その恰好のあんたの前だと更に悪くなることが分かったよ! くそ!


 とりあえず、いつも通りマントを羽織ったサクヤさんは。

 裸マントという新し過ぎるファッションのまま先程の魔法の効力について解説してくれています。


 でも魔法理論なんて解説されても分かんないから。

 そんなことより結果として消えた服を何とかしてほしい。

 具体的には――何か着て。マントだけじゃなくて。


「へえぇ、さっぱり分かんないですぅ!」

「……こっち来るなって言ってるだろ」


 近づこうとするクルミに、サクヤがマントの前を合わせながら牽制した。

 何でクルミから逃げてオレのとこ来るんだよ……。


「サクヤ様ぁ、女同士なんだからいいじゃないですかぁ」

「良くない。俺は男」


 ワケの分からない言葉にクルミがきょとんとしている。

 事情を知らないのだからしょうがない。

 ――いや、いやいや。事情を知ってるオレにもワケが分からない。


「あのさ、サクヤさん……」

「何だよ」

「あんたが自分を男だと思ってても、オレにはそうは見えないんだけど」

「知るか。そんなのはお前の認識を改めろ」


 えぇえぇぇ……。

 無茶言うなよ。

 そんで早く離れてくれよ。


「クルミ、止めたまえ。その人は私の恩人になるのだよ」


 もう幽霊じゃないただの白衣のおっさんは嬉しそうだ。

 ユズリハとやらに半透明にされた身体は、泉の魔力で完全に戻っている。


「君、本当にありがとう。この感謝をどう表せば良いか……」

「そんなに言われるようなことでも――」

「――あの。できたらこの人に着替えとか貰えると、感謝の気持ちが良く伝わるんだけど」


 サクヤの言葉を遮って、オレは白衣のおっさんに提案した。

 おっさんは鷹揚に頷く。


「よろしい。着替えを持っていきたまえ」

「あのぉ。私の服を差し上げますぅ?」

「いや。この人スカートとか履かないから。おっさんのでいい」


 さすがにサクヤもこのまま外をうろつくつもりはなかったらしい。

 オレが勝手に話を進めても特にお叱りはなかった。


 まあ、この姿だと変態だしな。

 やーい、痴女だ、痴女。


 ……自分で言っておきながらアレだけど。

 痴女って、何かそれはそれでちょっといいなぁ。


「こんなのでぇよろしいですかぁ?」


 クルミが差し出してくる服をサクヤは受け取らない。

 というか、クルミの視線から隠れる為にオレの背中から出てこない。


「はい、ありがと。……ほら、サクヤ。着替えて来い」


 オレが代わりに受け取って、サクヤに渡した。

 クルミの方をちらちらと見つつも。

 受け取った服を胸元に抱えてサクヤは部屋を出て行った。


「女同士が恥ずかしいなんてぇ。変わった人ですねぇ」

「あいつの頭の中では女同士じゃないんだってさ」

「まあ、世の中には色んな人間がいるものだよ。人を半透明にしてしまう人間、自分の性別が分からない人間、獣人を本気で好きになってしまう人間……」

「そうですねぇ。色んな人がいるもんですねぇ」


 ふと。

 その会話を聞きながら。


 本当に世の中には色んな人間がいる、と思ったが。

 オレは何も言わなかった。


 きっといつかクルミが自分で気付くだろう。

 その時にはあの腕輪も外されているに違いない。


◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇


 憧れの街暮らしの計画を立てる凸凹主従に別れを告げて。

 洞窟を出た時には夕方だった。

 ぶかぶかのシャツをチュニックのように羽織って、すべすべしたナマ足で短パンを履いたサクヤが、こちらを見上げてくる。


「どした?」

「――いや、ちょっと昔のことを思い出した」


 サクヤの様子に、ふと、頭の片隅をかすめるものがあったが――。

 口に出すのは難しいのでそのまま無視した。


「なあ、あんたさ、あの魔法を前にも使ったことあるだろ?」

「……何で分かった」


 怪訝な様子で声をひそめるが。

 別に大したことじゃない。


「あんた『俺なら直せる』って断言してただろ。そんなの結果が確実じゃないとありえないからさ」


 だって、嘘をつくと一族郎党消えてしまうのだから。

 この人が言葉を選ぶ時にどれくらい真剣かなんて、嫌というほど知っている。

 サクヤは納得したように息を吐く。


「丁度今、そのときのことを考えてた」

「いつのことだ?」

「姫巫女になって、2年目」

「随分と昔の話だな」


 大体サクヤはリドルの島での話をする時は楽しそうなんだが。

 どうやら、この思い出は楽しくない思い出らしい。

 眉をひそめている。


「その時も今日みたいに脱げちゃったのか?」

「……答えたくない」


 図星らしい。

 どうせ今日みたいに、男達よりも女の前で裸になったことが嫌な思い出になってるのだろう。

 オレに見せるのは割と平気そうだったもんな。


 確かに、オレだって。

 自分だけが服を脱ぐとしたら、男よりも女に見せる方が恥ずかしい。

 まあ、エイジ辺りだったら女の前で脱ぐ方が楽しいと答えるんだろう。


「それで、何考えてたんだ?」

「俺の義姉あねがクルミと同じようなことを言ってたな、と。――『女同士なのに何が恥ずかしいの』って」

「まあ、こればっかりはな。感覚の問題だから言われたからって切り替えできるかどうかは別だし」

「……うん」


 義姉イワナの話は時々聞くが、サクヤさんは割とシスコンの気があると思う。

 ねーちゃんに言われたこと、すごく気にするもんな。


 ふと思い出して尋ねる。


「あれ? それってその時もどっか怪我してたのか?」

「怪我?」

「だって女同士って言われたんだろ」

「魔法使ったから直後は女同士だった。でもしばらくしたら元に戻って……」

「……いや。それは全然女同士じゃない」


 心底、同情するよ。

 あんたのねーちゃん、マジで鬼だわ。


 しばらく歩いたところで、サクヤが足を止めた。

 オレもそれに合わせて歩くのをやめる。


「どうした?」

「……聞いておきたいんだ」


 紺碧の瞳がオレをまっすぐに見つめた。

 その表情が真剣なので。

 オレは、頷きだけを返す。


「俺はお前の好きな巨乳じゃないし。大体は男だし。今日だってもうすぐ戻るだろうし」


 サクヤの頬が赤いように見えるけど。

 これは、夕陽のせいだろうか。


「……第二誓約があるから、多分お前のしたがってることは出来ないし」


 甘い声が沈んだように小さくなる。

 何を聞きたいのか、何となく想像出来たので。

 どう答えようかと今から少し悩む。


 オレの答えがまだ定まらないうちにサクヤは真剣な顔で言い募った。


「お前こんなことしてていいのか? 将来とか人生設計とか、もうちょっと真剣に考えた方がいいんじゃないか?」

「……え、そういう言い方する? ちょっとひどくない?」


 予想より斜め上から質問された。


 オレの予想では「こんな私でいいの?」的な可愛いことを聞かれると思ってたんだけど。

 それに合わせて、色々答えのパターンも用意してたんだけど。


 あっそー、そういうこと言うの。


「――じゃあ答えるけどさ」


 言っておいてから、考えていたパターンの中で一番ひどいヤツを提示した。


「そのちっちゃいのでいいから。ちょっと揉んでみてもいい?」

「――ふざけるな!」


 即座にサクヤが脛に向けて蹴りを放ってきたが。

 その攻撃は予想済みだ!


 うまくタイミングを合わせて足をあげる。

 すかっ、と空振ってサクヤは悔しそうな顔をした。


 ……あ、でも今この人いつものブーツ履いてないわ。

 さっき白衣のおっさんに借りた柔らかい靴を履いてるんだった。

 避けても大して意味なかったな。


「例えば今ので、もしあんたが『いいよ』って答えてたらどうなると思う?」

「……揉まれる?」

「分かってないな。そこで終わりになんないって」

「どうなるんだ?」

「あんたは分かんないだろ? だから、そんな人を1人でうろちょろさせらんないワケ」


 サクヤの頭に手を置きながら。


「だからまあ、見守っててやるから安心しろ」


 答えてやると、その唇が少し緩んだ。


 何となく。

 夕陽が当たってて良かったな、と思う。

 サクヤの頬は光の照り返しでこんなに赤い。

 向こうから見れば、オレは逆光になってどうせ表情なんて見えないだろう。


 こんな簡単な言葉だけで。

 納得したサクヤはいつものように先に立って歩き出す。

 オレはその後ろ姿を見ながら。


 ――さて、オレの言葉はどこまで本当だろうと、考えた。


 オレには誓約なんてないから。

 嘘をつくのも真実を語るのも、自由だ。

 自分でも嘘をついてる自覚もなしに誤魔化したり。

 虚偽のはずが、いつの間にか言葉に真実が混じったり。

 何て曖昧で、境界のない言葉ばかり使ってるんだろう。


 でもさ。

 どこかが嘘だとしても。

 そこに真実も混ざってるから。


 とりあえず、今はそれでいい。

 例えそれで、自分もあんたも騙すことになってても。


 少し先でサクヤが振り返って待っている。

 その紺碧の瞳に笑いかけて。

 オレは長く伸びた自分の影を踏みつけるように、歩き出した。

最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。

また、どこかでお会いできることがあれば、幸いです。

ここまでお付き合い頂いたことに、感謝致します。

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