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14 あっち向いてろ

「この幽霊状態を直す方法が、何かあるのか?」


 オレが尋ねると、サクヤはコーヒーカップを置いて立ち上がった。


「ユズリハが言ってただろ? リドルの泉があれば直るって」

「泉がどこにあるのか知っているのかね!?」


 そりゃあ知ってるに違いない。

 泉の守り手たる姫巫女本人なのだから。

 しかし、サクヤがそれを人間に教えるとは思えない。


「泉自体に辿り着く必要はない。泉の力でリドル魔法の魔力を押し流せばいい」

「ふへぇ。それに泉は必要ないんですかぁ?」

「どういうことかね、君?」


 いや。

 姫巫女は泉の魔力を自由に使える。

 つまりサクヤがいれば、泉から遠く離れた場所でもその力を受けることが出来る。


「色々な事情があって。俺ならお前を直せる」


 前半は非常に省略されていたが。

 後半は珍しく断言だった。


「――本当かね!?」


 声が裏返る程の真剣さで幽霊が確認する。

 サクヤは頷き返した。


「ならば――ならばお願いする! 対価が必要なら出来る限りはしよう」

「対価と言うより……条件が3つある」

「何かね!?」


 サクヤが人差し指を立てた。


「あの犬。あれは俺が近付いた途端に現れた。獣人の匂いに反応するようにしつけたんだろう?」

「そうだ。正確に言えば、私の意にそぐわない獣人を嗅ぎ分けるんだ」

「折角育てたんだと思うが、あれを――いや、もう今更遅いんだが。殺してしまったので許してほしい」

「殺した!? ヨミ子を!?」


 幽霊の声は怒りと言うより驚きの色が強かった。


「ヨミ子の外皮は魔力も剣も弾くんだぞ? 腹に魔法を飲み込むことも出来るという、むちゃくちゃなキメラだ。どうやって倒した?」

「物理攻撃は内臓には効いたらしい、とだけ」


 事実を言えば。

 物理攻撃に近い力で刺し貫くタイプの魔法を口の中に突っ込んだワケだ。

 多分、師匠だったら普通に口から刀を突っ込んで切り裂いたんだろうな。

 そこに気付くまでにちょっと手間がかかるけど。


「2つめの条件だが」


 サクヤが親指を追加する。


「施術の場にクルミは同席させないでほしい」

「えぇ!? 仲間はずれですかぁ?」

「困ったことになるから」


 サクヤの言葉で。

 夢の中の出来事を思い出しそうになった。

 そう言えば――何か――。


「最後の条件だ。この半透明状態が直ってもクルミを大切にしてやると、約束してほしい」


 サクヤが3本目の指を立てながら小首を傾げる。


「……守れるか?」

「よろしい。全ての条件を呑もう。私ももう、こんな状態は飽き飽きなのだ」

「わぁいサクヤ様ぁ! これで私も憧れの街暮らしに戻れますぅ!」


 抱き着いてくるクルミを軽く押さえると、サクヤは立てたままの3本の指で、扉を指した。


「じゃあすぐに始めよう。クルミは外へ」

「さあ出ていたまえ、クルミ。一刻も早く戻りたいのだよ」

「ちぇ、私だけ見れないなんてぇ。でもでも我慢しますぅ」


 クルミは残念そうにちらちらとこちらを見たが。

 結局は憧れの街暮らしを優先したらしい。

 最後は黙って部屋を出て行った。


「次はどうするのかね?」

「えー……あっち。あっち向いてろ」


 幽霊に部屋の奥を向かせる。

 幽霊は嬉々として指示に従った。


「さあ、次は!?」

「黙って目を閉じてろ」


 幽霊が指示に従うと。

 サクヤは片手でマントを外し、オレに向かって投げてきた。

 オレが上手くキャッチしたのを見て、左手を幽霊の背中へ掲げる。


 サクヤの髪が、リドルの姫巫女たる白銀に変わる――。


「光脈の主、汝、偽りを従える者よ

 車輪の王の指さす彼方

 慟哭の釜に 繻子の帳に

 駆れ 撓む蔓を引き摺る愚者よ――」


 バチっと火花が散って、ふと気が付いた。


 あ。この呪文。

 強制解除。

 これを使うと次に何が起こるか、オレは知ってる。

 夢の中、これを使う姿を見たはずだ。

 あの時も同じように、幽霊(・・)に向けてこの魔法を放って――。


「――幻影解除ビウィッチメント


 幽霊の後頭部から足元まで白い光が包んだ。

 同時に、物凄い逆風がこちらに向かって吹き荒れる。


 風が強すぎて目を開くことが出来ない。

 ごうごうという風の音が徐々に小さくなっていき、ゆっくりと目を開こうとして……。


 ――即座に、顔を背けた。


 ちょ、待って待って、待って!

 今、何か見ちゃいけないものがいた!


「……カイ、マント返せ」

「返す、返すからこっち近付いて来るな!」


 微妙に恥ずかしそうに自分の両肩を抱いていたのは見たが。

 慌てるオレの姿を見て調子に乗ったらしい。

 ふふん、と鼻で笑う声が聞こえる。


「何だ? こんな小さいのはお前の興味の対象外じゃないのか?」


 理性を総動員して、そっちを見ないようにしてたのに。

 ……その楽しそうな声に。

 つい、ちらりと、見てしまった。


 片手で自分の胸を持ち上げながら。

 少し前傾した姿勢から、こちらを見上げてくる。

 裸の(・・)サクヤを――。


「あれぇ。何でサクヤ様、マッパなんですかぁ?」


 扉の方から間延びした声が聞こえてきた。

 それと同時に。


「――っきゃー!!」


 絹を引き裂くような悲鳴を上げたのはサクヤだった。

 勢い良くオレに抱き着いてくる。

 柔らかい身体がぴったりとオレに密着した。


「っ!? バカ、何でオレにくっつくんだよ!?」

「っや、やだ、やだ! こっち見んな! クルミ、外出てろって言っただろ!」

「あらぁきれいなおしりですねぇ。いいなぁ細くてぇ」


「……君ら何をしてるのかね?」


 それぞれに大わらわのオレ達に対して。

 呆れたような声を投げかけたのは、もう半透明じゃない元幽霊だった。

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