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13 そんなに悪くもない

 クルミが運んできたカップには、オーダー通りコーヒーが入ってました。

 嬉しそうに口をつけるサクヤさん。


 半透明の、幽霊じゃない幽霊も、コーヒーに口をつけようと手を伸ばしたが。

 カップに指が触れた瞬間カップも半透明になった。


「ふっふっふ。私が直接触れたものも私の延長とみなされて、透けるのだよ」


 オレの視線を受けて幽霊が笑う。


「興味ない。早くリドルの泉の話をしろ。どこでその存在を知ったんだ」


 サクヤさん。

 あんた、コーヒー出してもらっといて何でそんな偉そうなのよ。


「……ではリクエストにお応えして話を進めようか」

「そうですぅ。早くしてくださいぃ」


 何故か駄目押しでクルミにまで苛められている。

 先程まで女性陣に同じ扱いを受けていたものとして、同情するぜ、幽霊。


「まず古都の国にユズリハという研究者がいる。私と同じく獣人の研究をしている者だが」

「知ってる。あのでかい犬もどきは、やはりユズリハの『作品』か」

「おや、知っているのかね。君も獣人に興味があるのか?」


 サクヤの答えに幽霊は嬉しそうに尋ねる。

 興味どころか。

 あんたの目の前にいるのがリドルの泉を守る獣人の姫巫女です。

 ……なんて、バカ正直に言うワケにもいかないので。

 サクヤは黙って視線で先を促した。


「うむ。ヨミ子は研究対象の獣人――クルミを見張る為にユズリハから貰い受けたものだ」

「またあの男は悪趣味なものを作ったな……」


 サクヤがぼそりと呟いた。

 その耳元にオレはひそひそと囁きかける。


「ユズリハってのはあんたの知り合いなのか?」

「……まあ、そうだな。自他共に認める獣人研究の第一人者だ。情報が集まって便利だから、時々顔を出すこともある」


 同胞達を探して歩くサクヤからすれば。

 探しモノがどこにあるのか、その位置情報は何を置いても手に入れたいモノだ。

 そういう意味で付き合いがあるのだろう。

 このままサクヤと一緒にいるなら、きっといつかはオレも顔を合わせることがありそうだ。


 サクヤが幽霊に視線を戻した。


「じゃあ、泉の話はユズリハから聞いたのか?」

「結果的にはそうなるな。ヨミ子を貰ったことと私がこんな姿になったことと、泉の話を聞いたことは全て同じ出来事に起因している」

「ん? どういうこと?」


 泉の情報の出どころが明確になったので、サクヤは興味を失ったらしい。

 黙ってしまったサクヤの代わりに、オレが話の先を促す。

 幽霊は嬉しそうに話を続けた。


「つまり。ユズリハの実験なのだよ」

「あいつまだリドル魔法の実験してるのか……。不完全ながらも黄昏視ディサピアランスを実現するとはな」


 ちっ、とサクヤが舌打ちするのが聞こえた。

 ああ、一応、話を聞いてはいるんだ。

 コーヒー飲んでるだけじゃなかったんですね、サクヤさん。


「そう。彼の試験中のリドル魔法――黄昏視ディサピアランスかね? それが偶然、私にかかってしまった。かけるのは出来たが、彼も不完全なやり方だから解除が出来ない。そこで、きっと泉の力なら何とか出来るだろうと教えてもらった訳だ」

「あのでっかい犬も同じ起因だって?」

「お詫びにもらったのだ」

「大きなお世話ですぅ。ヨミ子にはしょっちゅうぅ追い回されましたぁ」


 クルミが眉をしかめている。

 いつの間にか自分の椅子を用意して、サクヤの隣にちょこんと座っている。


「でもさ、もう犬は居ないじゃん。クルミも逃げればいいんじゃん?」


 尋ねたオレに、三者から呆れたような視線が返ってきた。


「お前、獣人奴隷が何故、能力で劣る人間に従うと思う?」

「……え? あの犬みたいなのに見張られてるからじゃね?」

「ヨミ子はユズリハの実験体だよ。ただの試作品さ。誰でも持っているものではないし、そもそも完成品とも言い難いね」

「あんなのなしでもぉ、人間どもは私達を支配するのですぅ」

「クルミ、見せてやれ」


 サクヤの言葉にクルミが袖を捲った。

 二の腕に嵌った腕輪は、女の装飾品にしては随分と武骨なモノだ。


「ご主人様の指示でぇ爆発するようになってますぅ」

「こういうのを付けられて、意識を抑えられたり反抗すれば怪我を負わされたり、最悪は殺される。だから従ってるんだ」

「ヨミ子の仕事は単純なものだよ。クルミがサボらないように見張っているだけだ」


 どうやら奴隷の活用方法について、知らないのはオレだけだったらしい。

 そう言えばこれの首輪みたいなヤツ、見たことあるかも。

 悪いね。奴隷なんて普段の生活では縁がないもんで。


「ヨミ子に見張らせるなんて本っ当に最悪ですぅ。変態ですぅ」

「何であんなところにいたんだ? あれがリドルの泉じゃないのはすぐに分かるだろう。何の力もない」

「はあ!? 違うのかね?」


 幽霊がクルミを睨み付ける。

 クルミは、ほぇ? なんて言いながら目を逸らした。


「クルミ。君が何かを感じると言うから、こうして水を採取して成分分析をしているんだぞ?」

「……美味しかったのでぇ」

「味なのかね!? 決め手は味なのかね!?」

「だってぇ、そんな伝説みたいなシロモノを求めてぇ、泉と見れば立ち寄るようなぁ旅から旅の毎日はもう疲れましたぁ。そろそろ諦めて下さいぃ」

「君、私がこんな姿であんな閑散とした泉へ近付くのさえ、夜を見計らってこそこそとしなければならんのだぞ!?」


 唯一の協力者(クルミ)に裏切られていた幽霊の取り乱し方は、酷かった。

 まあ、オレも同情するよ。

 こそこそ近付いてたにしては街で噂になってたけど。


 ――泉に出没する耳が長くて髪の白い幽霊。

 多分、目の前の白衣幽霊とクルミの風貌が混じってそういう噂になったのだろう。


 ちなみに。

 知りたいことを全て知ったサクヤはオレの横で小さくあくびをしていた。

 もう、早く帰りたいらしい。

 自動再生が発動しっぱなしで辛いのかもしれんけどさ。

 ……可哀想だろ、幽霊が。


「で、気持ちは決まったのか? クルミ。この白衣の待遇はそんなに悪くもないような感じはするが」


 確かに。

 さっきからクルミは悪態つきまくりだが、幽霊はさして制止もしない。

 奴隷にしては思うままに振舞っていると思う。


「何でぇ私が迷うかと言うとですねぇ……」

「クルミ。君は私の奴隷を辞めたいのかね?」


 少し慌てたような幽霊にクルミは思い切り舌を出した。


「ご主人様はぁ、私がいないと死んじゃうんですぅ。こんな幽霊状態で人前に出れませんからぁ」

「全くその通りだ。だから考え直してくれたまえ。待遇については多少は相談に乗ろう」

「でもぉ、幽霊状態から戻ったらぁまた苛められるかもぉ。ご主人様はぁそれはそれは鬼畜ですからぁ」

「いやいやいや元から優しいだろう、私は。君にそんなきつい労働を強いたことがあったかね?」

「労働はありませんがぁ。実験だの観察だので変なことをされましたぁ」

「――変なこと?」


 サクヤの声が冷たく響く。

 奴隷というものを良く知っているからこそ。

 クルミの言葉が何を意味しているか想像したらしい。

 怪我はないが、目的がそれ(・・)なら身体が綺麗なのも納得できる。


「はいぃ。体力測定とか言ってぇ100メートル走らされたりぃ走り幅跳びさせられたりぃ」

「――紛れもなく体力測定だろ、それは」


 思わず突っ込みを入れてしまった。


「他にも身体測定とか言ってぇ、身長と体重測られたりぃ」

「……身体測定で間違いないな」


 サクヤでさえ口を挟むレベル。


「ファッションショーみたいに色んな洋服を押し付けられたりぃ」

「君がほしいと言ったんじゃないか!」

「欲しいとは言いましたがぁご主人様の前で着るとは言ってませぇん」


 それはちょっと微妙なラインだな。

 最終的にはクルミの物言いの方がひどいけど。


「いいか、私は変なことなどしてないぞ? 体力測定も身体測定も研究者としては当たり前のことだ。もっと言えば奴隷の健康維持にも役立つぞ?」

「ファッションショーはスルーかよ?」

「……まあ、俺の感覚ではクルミの扱いはかなりマシな方――奴隷とも言えないレベルだと思う」


 同じ獣人として基本的に獣人側に立って発言するサクヤがこう言うなら、もう、それは。


「このままでいんじゃね?」


 オレの提案に幽霊とサクヤは静かに頷いている。

 クルミだけが不満げな顔をした。


「私は納得できませんよぉ」

「何がそんなに不満かね? 3食昼寝付き住環境も整っているぞ!」

「住環境――この洞窟暮らしが不満ですぅ!」


 ……なるほど。

 確かにこのじめじめ感。

 オレだったら住みたくない。


「いつもいつも洞窟とか廃屋とかぁ。もう嫌ですぅ。最初の頃みたいにちゃんとしたところに住みたいですぅ。街で色々お買い物したいですぅ」

「仕方ないだろう。こんな姿で人前には出られないのだ」

「――つまり、それが直れば何の問題もないんだな」


 サクヤが口を挟むと、2人が一斉にそちらを向いた。


「直るのか!?」

「直るんですかぁ?」

「……直る」


 自分で提案しておきながら。

 何故かサクヤは非常に嫌そうな顔で答えた。

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