12 何なんだ、お前
「へえ、すごい。こんなとこに人って住めるもんなんだ」
ええ、皮肉ですよ。
一時的な潜伏場所とは言え、洞窟の中は暗く壁には苔がびっしり。
オレだったら住みたくない。
何、これ。クルミに騙されてるんじゃないの。
「ご主人様はぁ、変態なのでぇ」
クルミの説明にサクヤが眉をしかめる。
「住環境の好みと変態性欲は無関係だろ」
「じゃあぁ、変人なのでぇ?」
尋ねられても知らんし。
どういうヤツなんだ、そいつは。
「結局、クルミはどうしたいんだ? 俺はどっちでも良いが」
ご主人サマとやらから買い取るべきか否かの選択。
サクヤからすれば、そもそもがリドル情報について確認しに来たついで。
転売すれば多少は儲けが出るし、しないなら手間がかからなくていい。その程度だ。
まあそれ以上に、本人に自分の選択をさせてやりたい、という気持ちがあるのだろうけど。
「……んんん、もうちょっとぉ考えますぅ」
サクヤはどうぞ、と言う風に口の端を引き上げただけで応えた。
しばらく洞窟の中を歩く。
相変わらずサクヤとクルミはいちゃいちゃと絡みながら。
後ろには1人とぼとぼ歩くオレ。
いいもん。寂しくなんかないもん。
「さあ、サクヤ様ぁ。着きましたよぉ!」
洞窟の壁に、腐食しかけた木の扉がついていた。
変なところに扉つけたなぁ。
しかもぼろぼろの。
クルミが扉をノックする。
「ご主人様ぁ! 入りますよぉ!」
「――おお、帰ってきたか」
扉の向こうから男の声がした。
クルミが壊さないように気を使いながら、扉を手前に引く。
――部屋の中には。
男が1人立っていた。
白髪で白衣を着た男の姿。
それ自体はおかしくないはずなのに、どこか違和感を覚えた。
――ん?
あれ、よく見ると。
透けてないか――?
男の身体にダブって向こうが見えていることに気付いた瞬間。
「――――っ!!」
サクヤがこちらに駆け寄って来た。
声も出さずに引きつった顔でオレの腹に抱き着く。
勢いでオレは転けそうになったが、たたらを踏んで留まった。
「――――!?」
腹にくっついたサクヤが、無言のまま見開いた目でオレを見上げてくる。
何か説明を求めたいらしいのだが。
うまく言葉にならずに、口をぱくぱくしている。
おお。オレ、こんな驚いてるあんた初めて見たわ。
何コレ、可愛い。
よしよし、と頭を撫でてやるとちょっと落ち着いた。
「……あ、あれ……何で……」
「――何だクルミ、お客様かね」
「――――!!」
サクヤの声にかぶせるように白衣の男が声を上げる。
その声を聞いてますますサクヤが怯える。
オレの背中に回って、がっちりとオレの腹に腕を回している。
「何あれ、何あれ、何だよあれは!?」
白衣の男を見ないまま喚いた。
……まあ、オレも透けてる人なんて見たこたないけどさ。
ちゃんと会話も出来てる相手をそんなに怖がらなくても。
「ずいぶん騒がしいお客だが――私の研究室へようこそ」
笑う顔に背後の試験管が透けていた。
背中にサクヤをくっつけたまま。
オレは白衣の男と向き合う。
「どうも、お邪魔してます」
「ふむ、君は怖がらないようだね」
白衣の男が半透明のメガネを中指で押し上げる。
その仕草は丸っきり普通の人間だ。
透けてさえいなければ。
「サクヤ様ぁ大丈夫ですよぉ。あれがご主人様ですぅ」
クルミが困惑したようにサクヤに話し掛ける。
オレの背中で押し当てられた小さな頭がふるふると横に振られた。
「無理、無理無理っ」
くぐもった声が密着した身体を響いて聞こえてくる。
うん、本当に嫌いなんだな。幽霊。
「オレの連れが落ち着かないので、先に聞いときたいんですが」
「何かね」
「あんた、別に幽霊とかじゃないでしょ」
白衣の男は透けた頬で、にやり、と笑った。
「良く分かったね」
「まあ、幽霊には部屋も奴隷もいらないでしょうよ」
背後のサクヤがぴたり、と動きを止めた。
ゆっくりと、オレから腕を離して。
オレの脇を抜けて前へ出る。
「……じゃあ何なんだ、お前は」
軽く腕を組みながら問いかける態度は、全くいつもの居丈高な様子に戻っていた。
幽霊じゃないって分かったら復活早いっすね、サクヤさん。
「何で透けてるかって? 少しばかり失敗したのさ」
肩をすくめる男にサクヤは静かに近付く。
何の前振りもなしに。
ひゅんっ、と蹴りをかました。
例の固いブーツにふくらはぎを蹴られて、白衣の男が勢い良く床に転がる。
「痛ぁっ!?」
「――おい、何やってんのあんた!?」
「……実体はある。これは――光の透過の問題か」
いや、確かめたかったのは分かったけど。
「痛い、痛いぞ、君! もうちょっと他の確認方法はなかったのかね!?」
「ええ、おっしゃるとおりです。スミマセン」
言いながら、サクヤの頭を強制的に下げさせた。
どうやら幽霊でないことを確認して、サクヤは落ち着いたらしい。
オレの力に素直に従って頭を下げると――。
上げた時には、もう1ミリたりとも悪いとは思っていない顔をしていた。
「で。誰からリドルの泉のことを聞いたんだ?」
「ちょっと待て、サクヤ。さっきはごめんとか挨拶とか、何で透けてるか先に聞いたりしよう。な?」
「興味ない。どうでもいい。そんなことより、どこから泉のことが人間に伝わったかの方が問題だ」
えぇ……。
ちょ、ひどい。
あんた本当に、人の気持ちに興味なさすぎる。
ほら、幽霊じゃない白衣の幽霊さんもちょっと悲しそうな顔をしているぞ。
「君の興味は分かったが順を追って話さざるを得ないのだよ。知りたいなら我慢して聞き給え」
幽霊さんの言葉にサクヤは非常に嫌な顔をした。
面倒くさいらしい。
ただし、言葉としては何も言わなかったのは、渋々了承した、ということだろう。
「ね、サクヤ様ぁ、その人変人でしょぉ?」
「クルミ、ぼやっとしてないでお客様にお茶を出しておくれ」
「ねぇ? ひどい扱いなのぉ」
クルミがほほを膨らませるが。
そうか? 奴隷にしては割とまともに扱われてると思う。
ついでにオレ達もあんな無体を働いたにしては、丁寧に扱って頂いている。
全然、変人とかじゃないじゃん。
いい人じゃん。
ぼやきながら部屋を出て行こうとするクルミの背中に、サクヤが声をかけた。
「できればコーヒーがいい」
「何さらっとオーダーしてるんだ、あんた!」
あんたの方がむちゃくちゃだ。
どんだけコーヒー好きなんだよ、本当に。