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1 変なものが入ってたから

 飯を食べ終わって割り当てられた宿屋の部屋の扉を開けると丁度、旅の連れのサクヤが荷物の前にしゃがみこんでいるところだった。


「何やってんだ?」


 声をかけると、びくりと細い肩が震え、わたわたと必要以上に焦った様子で振り向いた。

 紺碧の瞳は大きく見開かれ、無造作に束ねた長い金髪は動揺を示すように、背中でふるふると動いている。

 小さく開いたまま震えている唇は、何を言うべきか考えがまとまらなかったのだろう、結局は何の言葉も返ってこない。


 こんなに慌てているのも珍しい。

 オレは返答を待たずに近付いて、何を見ているのかと手元を覗き込んだ。

 サクヤは血相を変えてソレを自分の背中へ隠してしまう。


 それでも一瞬だけちらりと見えた、ソレは――。

 何なのかは間違いようがない。

 何故ならアレは、オレの持ち物だからだ。


「……あんた、何で人のモノ見てるの」

「え、違……見て――たけど、最初から見ようと思った訳じゃなかった」


 つい勢いで「見てない」と誤魔化しそうになって、姫巫女の第一誓約を思い出したらしい。

 危ういところで言葉を方向転換した。

 いつもの聞き慣れた低い声が、今日は随分と上擦った様子だ。

 声を聞いて、ああ今日は男なんだと、少し安心した。

 こんなモノ女に見られたら余裕で死ねる。例え身体だけの問題だなんて言っても。


「あっぶねぇなぁ。変な嘘つくなよ、怒らないから」


 こんなくだらないことで姫巫女の誓約を破らせて、サクヤの一族をこの世から消してしまうワケにはいかない。


 ――たかが。春画(エロ本)ごときで。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 オレの連れのサクヤさんは。

 奴隷商人なんてヤクザな商売をしているが、リドル族という獣人種族の姫巫女だ。

 その美しさと希少さから、幻の種族と言われるリドル族。ある時、一族まとめて人間にとっ捕まり、今では世界中に散り散りになって奴隷の憂き目を見ているという。

 一族を統括する姫巫女サクヤは、そんな同胞を救う為に奴隷商人として世界中をうろついているのだった。


 問題は、3つ。

 1つ目。姫巫女などと言いながら、サクヤさんは実は男であること。

 2つ目。そのくせ魔法を使ったり、姫巫女の特殊能力「自動再生」を発動させると、女になっちゃうこと。

 3つ目。どっちの時でもうっかり襲いたくなっちゃうくらい可愛いのに、姫巫女の誓約で性交を禁じられてること。


 個人的に今上げた3つはどれも非常に大きな問題で、オレは日々そのどれかに悩まされている。

 本当は姫巫女の誓約は、嘘をつかないこと、純潔を守ること、同胞を愛すること、の3つあるのだけど、オレを困らせるのはいつも2つ目の誓約だけだ。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 隠しても無駄と肝を据えたのだろう。

 サクヤは背中からおずおずと引き出した冊子を自分の胸元に抱え直した。ちらりと冊子の表紙を見てから、口を開く。


「何でお前、こんなもの持ってるんだ」

「あんたこそ何でそんな絶望的な顔してるんだよ。まあ何にせよ、そこはまず、勝手に見てごめん、って言うとこな」

「勝手に見て悪かった。最初は自分のと間違えてお前の荷物を開けただけだったんだが、変なものが入ってたから気になって」


 正直オレ、荷物を開けられたことは大して気にしていない。

 ただ「オレがサクヤを再教育しなければならない」という使命感のようなものがあるから……放っておけないだけ。

 オレの旅の連れたる麗しの奴隷商人サマは、獣人の間で生きてきた為か、世間の常識をご存知ないことが多い。


 その理由として思い当たることは幾つかあって。

 単純に一人旅の期間が長過ぎたせいだとか。

 少年期から『リドルの姫巫女』なんて特殊な地位に着いていたせいだとか。

 この人をひたすら甘やかしたくった上に自分の都合で勘違いを助長するようなヤツがいたからだとか。

 どれもそれっぽいので、結論としてはその複合による屈折なのかもしれない。


 そのくせプライドだけは高くて150年を生きてきた自負がある。人の言うことなんか簡単には聞きゃしない。

 今現在サクヤに対して正面からモノを言って、一番聞き届けて貰える可能性が高いのが、かろうじてオレだ。

 結果としてオレが言うしかない。


 まあ、こうして1つ1つ注意すれば、そのうちサクヤさんも覚えてくれるんじゃないかな、というのが希望的観測。


 素直に謝ってくれたことだし、それ以上は荷物のことに触れないことにした。

 むしろサクヤの方が、すっきりしない、何か沈んだ様子をしていることが気にかかる。


「何なんだよ。オレの趣味があんまり自分とかけ離れてるから、理解し合えないと思って落ち込んでるのか?」

「……いや。お前もこんなものを見る年なのかと思って」


 ――カチンときた。


 何だ、その言い草。まるっきりの子どもに対して言うような言葉じゃないか。確かに実年齢では150年くらいあんたの方が年上なんだろうけど、それにしたって、そんなしみじみ言わなくてもいいと思う。


「見てると何か問題かよ? あんただって持ってるだろうが」

「持ってない」


 即答だった。

 あまりに答えが早いので、ちょっと疑いたくなるくらい即答だった。


「え? 持ってないってどういう――じゃあ、何? あんた、いつもどうしてんの?」

「どうしてる、とは?」

「だから、おかずと言うかネタと言うか……」

「? 何故、食べ物の話になった?」


 単語自体の認識をしてもらえない。

 質問の意図が全く理解されていない。

 ……どうしよう。


 この人、しょっちゅう性別が変化する癖にことあるごとに自分は男だと主張する人なので。

 旅の途中、溜まったなー、と思った時は、自分と同じように連れに気を使いながら処理をしているんだろうと思ってたんだけど。


 いや、もしかしたら、やっぱり処理してるのかもしれないけど。

 そのことを聞き出す為には、今よりさらに噛み砕いて説明してやらないと何を問うているのかすら理解してもらえないっぽい。

 そしてオレにはそんな堂々と丁寧に、恥ずかしい単語を説明し続ける度胸は、ない。


 ――けっ。童貞の純真さを舐めんなよ。

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