桜霞
桜が舞い散る坂を俺は上って行く。
あれから8年・・・俺は大学生になっていた。
念願のT大学の受験に合格し、今日は大学初日のオリエンテーションだ。
あれから随分、自分は変わった。
晴と出会ってから何もかもが変わっていった。
あれからずっと晴と一緒にいた。
毎週の休みは必ず晴の友達とバスケをした。
そのおかげでだいぶ腕が上がった。
晴には遠く及ばないが、晴の友達とは試合ができるようにはなった。
・・・そもそも晴に釣り合う実力の奴はそうそういないのだ。
そのおかげで自分に自信がついた。
体力だけでなく、何事にも関心が持てるようになってきた。
晴が強引に誘った美容院で髪を切って、
晴行きつけの店で生まれて初めて服を買った。
そして、初めて自分の容姿も思っていたほど悪くないんだと思えた。
知らない奴でも声を掛けられるくらいの自信がついたし、
晴を通じて友達もいつの間にかできていた。
勉強も晴に教えてもらって頑張った。
親とも真剣に話をして、もう言いなりで勉強するのはやめた。
そして、自分の意志でT大学を選んだ。
晴がいたから・・・
その晴本人はというと、
高校のときに膝の故障で今までのようにバスケができなくなった。
晴なりに落ち込んでいたのだろうとは思う。
晴は本当にバスケが好きだったし、練習も人一倍していた。
けれど、晴はそれを他人に言いふらすような性格ではなかった。
泣きはしなかったのだと思う。
晴は涙とか苦労の後を他人に見せない奴だった。
そんな後ろ向きで他人を気にするような思考回路は持ち合わせていなかった。
もっと傲慢にも自分のことしか気にしない、
反対に笑顔と暴言を投げつけてくる奴だった。
退院したその日に晴はあっさりバスケ選手はあきらめると宣言した。
そして、医者になると宣言した。
日傘医院は全国的にも有名な総合病院で
晴はそこの一人息子だったのだ。
何度かそこの院長である晴のお父さんにも会ったが、
成績優秀な晴に病院を継いで欲しいみたいだった。
バスケに夢中だった晴はそんなお父さんを
うるさがって喧嘩ばかりしていた。
それでも晴のお父さんは穏やかで優しい人で、
晴の練習ばかりの生活を医者として心配しているみたいだった。
俺が医学部が有名なT大学を目指したのは、
晴のお父さんに憧れていたのもある。
だから、晴が医者になると言ったのには驚いた。
お父さんが家にいると話をするのは何故か遊びに来た俺ばかりで、
晴はお父さんを避けているみたいだったので。
「・・・別に医者が嫌いだったわけじゃねぇよ。
自分の理想を押し付けてくる親父がうるさかったんだ。
・・・親父はうるさいけどさ、
医者としての親父は・・・まぁ・・・・尊敬、しなくもない。」
珍しく目を明後日の方向に向けて晴は呟いた。
晴なりにお父さんのことは気にしていたらしい。
お父さんもそんな晴を分かっていたから、無理に強制せず
バスケを続けることを応援していたのかもしれない。
「・・・でも、親の七光りなんて嫌だからさ。
俺は将来、自分で開業しようと思ってる。
まぁ、いきなりは無理だろうから・・・。
最初は親父のとこで研修するのかな・・・。」
晴の言葉に更に驚いた。
挫折したばかりなのに、将来のことをもうしっかり考えている晴に。
・・・だから、晴は太陽に愛されたのかもしれない。
まっすぐ前を向いて歩いていくから。
そんな晴と一緒にいたいと俺は思った。
「――滴!!」
そして、俺たちはめでたく医学部所属だ。
当たり前のように晴は俺と肩を組む。
女子大生がちらちらと視線を向けてくるのでやめて欲しい。
晴の男前は大人に近づいてますます磨きがかかっている。
同性でも感心するくらいだ。
でも、何を言っても態度を変える晴じゃない。
頭と顔は良いのだが、性格は子どもがそのまま大人になったようなものだ。
頑固だし性格は難ありだ。
すぐ怒るしキレると手がつけられない。
でも、長年の付き合いでだんだん扱いが分かりつつある。
晴のお父さんとお母さんには感心と感謝をされるぐらいだ。
なぜか俺の言うことなら晴は少し聞いてくれるのだ。
今では俺と普通にバスケをするくらいには晴の膝は回復した。
晴のお父さんの勧めたリハビリの成果だ。
俺をぐいぐいと引っ張って坂を駆け上がって行く。
「なぁ。オリエンテーション終わったら
部活とサークル見学しに行こうぜ。」
「・・・それはいいけど・・・。部活とかやる暇ないと思う・・・。」
勉強で精一杯だろう。
・・・晴の学力なら・・・余裕ってこともあるのか?
「清楚でうるさくない女子いないかな~~?」
「・・・・・。」
チャラい台詞で色気を撒き散らさないで欲しい。
・・・これじゃやっぱり目が離せない・・・。
女子関係では何度も修羅場をくぐったのだ。
・・・もしものときは俺が仲裁に入らないと。
「・・・―――大学生になっても、よろしくな。滴。」
こういうときに、太陽みたいな笑顔で俺をまっすぐ見るから。
「・・・―――うん。」
だから、俺は晴が好きだ。
「・・・じゃあ、滴も彼女を探そうぜ。」
「!俺はいいよ。そういうの・・・。」
ぐいぐいと晴は俺を引っ張る。
「俺が大学デビューファッション講座してやったんだから、
それくらいやれよな。
いつまでも一人ぼっちじゃ性格まで暗くなるぞ~~!!」
桜で霞む坂を二人は上る。
「・・・・・・見つけた。」
校舎の屋上から嵐が見下ろしていることも知らないで。
幸せな大学生活を夢見て。