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鍋敷き女だって意地がある 〜 元ライバーの嘆き 〜

作者: モモル24号
掲載日:2026/08/07


 私、鍋島 詩音(なべしま しおん)は小さな雑貨店で店長代理を務めている、おひとりさま⋯⋯ソロサブマスターだ。店長(マスター)と言えない所に、独身の社会人として女性として、何とも微妙な立場なのは自覚している。


 わりと待遇の良い会社員生活から一転、アンティーク雑貨(ガラクタ)を取り揃えた雑貨店(ゴミ屋敷)に勤める事になったのには理由がある。ある朝、出社したら良い笑顔の上司からエア肩叩きされたのだ。エア(セクハラ防ぎ)だから、冗談かと思うもの。しかし現実は残酷というか、一応出向という形の罰を受けた。


「私が何を仕出かしたのか忘れたし、覚えていないからわかるかっての」


 都合良く記憶を消去しただけで、本当はわかっている。上司の裏に、厄介なトップ(ボス)の趣向が見える。こんな鄙びた町の片隅の小さな雑貨屋に来る客なんて、常連面した暇な年配の方(パイセン)しかいない。当然、殆ど買わない。売ろうが売るまいが給料変わらないから良いんだけどさ。


 ただ私に迫るのは残酷な現実、歳だ。アラサー始まりを迎えようとしている、いわば売れ残り。ひと昔前よりも婚期に関して緩くなったものの、クリスマスな年齢を目前。世間⋯⋯主にあまり仲が良いとはいえなかった友人達からの大手会社員とのお付き合い(マウントメッセージ)や、さらに強力な結婚報告(御祝儀催促)が届く頻度が上がり始め焦りは出てくる。


 そんな時に会社内外に多くの人との出会いから隔離されたようなもの。あいつ(ボス)‥‥私が先に幸せ掴む妨害しているとしか思えない。配信サイトからの通知の連絡が止まらないのがその証だ。閉鎖された動画配信のサイトが、何故か勝手に再開され、主のいないままコメントに溢れている。そしていつの間にか私の所持するスマートフォンと紐付けされ、暇な店番中にも確認出来るようになっていたのだ。


「これって、軽いホラーだよな」


 ドブ川に投げ捨てても、自宅へ帰るとヒビ一つ入っていないスマートフォンが、最新のノートパソコンと共に、テーブルの上で着信音を鳴らしてお出迎えしてくれる。まあ、誰の仕業かわかっているんだよ。


 ──団三郎様、オッス!

 ──D・A夢破れ負け子!

 ──ダンコ、ガチコ、スミコ、リオコ!

 ──レイコサイコー!

 ──イズミール求む!

 ──趣味の悪いボス乙!

 ──蛇に睨まれたブツコ!

 ──カメ(仮名)レオン女!

 ──鈍感力、次の獲物に見つかる!


 忘れたい過去というものは、都合良く記憶に残らない。残ってほしくないから忘れたいわけだ。人気者は辛い。忘れようとしてもこいつら(ファン)が忘れさせてくれないからだ。


 そう、私はかつて人気配信者‥‥ライバーだった過去を忘れた。配信が元で何度住居を変える事になったことか。ついに会社まで厄介事が追いかけて来て、このいかにも胡散臭くて怪しい閑職に追いやられたのだ。


 ──神経図太過ぎる!

 ──人気とは任期か!

 ──貢物忘れた天罰!

 ──リオリオ、左遷!

 ──シオンとか冗談!

 ──相変わらずNB!

 ──ボタンを外すな!

 

 この騒がしいメッセージたちは、何度アカウントを変え、配信者名を変えても私についてくる変わり者の暇人(ファン)達だ。たまにオカンのようなヤツも混じっているが、だいたいは私の失態と痴態を見て楽しむ変質者予備軍。コメント欄が一斉にブーインの嵐に埋まる。いまは暇だが暇人達を相手にしている暇はないのだよ。

 

 暇つぶしにならないスマートフォンを引き出しの中へとしまうと、私は商品棚へ移動する。


「お前と私、どっちが先に売れるのかな」


 店長がどこかの海外の国で買って来た魔除けの鍋敷きを手に取る。ドアマットとして人に踏み台扱いされるどころか、鍋に踏み台扱いされる事すらない、展示棚を飾るだけの売れ残り。騒がしいあいつらの揶揄が聞こえてきそうだが、無視する。今の私は、鍋島詩音。ちょっと感傷的で大人しい地味な女なのだから。


 ──地味じゃなく地雷な件!

 ──地味じゃなく地獄な件!

 ──地味じゃなく事案な件!


 感傷に浸る間にも、私の貴重な時間はこいつらと共に過ぎてゆく。同じ鍋繋がりと、利用される側の立場、そのため親近感が湧く。そんな鍋敷きと鍋島の両者⋯⋯ついに売れる日が訪れる。


 カランコロンカラン‥‥


 蒸し暑い夏の日の午後、店内に来訪者を告げる鐘がなる。店長がわざわざ旧式のベルをつけたせいで、静かな店内で音が響く。梅雨のジメジメした空気に夏の陽射しが地表を容赦なく蒸し風呂のように茹だらせる。冷房の効いた店内に涼みに来た近所の御婦人が、買い物帰りにまた冷やかしに来たのだろうと私はレジ横の椅子から立ち上がった。配信サイトのあいつらより相手するのが面倒なんだよ。


「いらっしゃいましぇ‥‥」


 ────噛んだ。何故なら高そうなスーツを来た、私より頭一つ以上背の高い男がいたからだ。なお、わりかしビジュ高。ハンサムとかイケメンとか傾国顔とか、男を褒めそやす言葉は数あるが、私が流行らそうとしたハヌマーンは不評だった。


 ──ハヌマンって猿じゃん!

 ──ハンサムのハ‥‥‥‥?

 ──ヌマは沼るから‥‥‥?

 ──マンって男なの‥‥か?

 ──流石が団三郎様扇子よ!

 ──サイコな体と残念な脳!


 私のセンスはこの雑貨屋よりマシなはず。だからこんな胡散臭い路面店の店に来ていい服装ではない。何より顔の造形がアイドルよりも整っている。めったに客の来ないこの雑貨屋で、まともな来客は初めてではないだろうか‥‥それくらい新規の、他所から来た客は珍しかった。


「珍しい品を置いているお店があると聞いて来たのですが、見ても良いですか」


「‥‥どうぞ、ゆっくりご覧下さい」


 珍しいというか、ろくに使えもしないガラクタばかり。ペン先が固まって書けない万年筆とか、昼でも夜でも景色が血のように赤一色に見える眼鏡とか、くっそ重たいマグカップとか、誰が欲しがるのかわからないものばかり。仕事じゃなきゃ、わざわざ来店しようなんて思わないよな、こんな店(私の職場)


「今お付き合いしている彼女に変わったものを贈りたいのですが、何がいいでしょうか」


 おおぅっ、いきなり夢が敗れた。一瞬で熱が冷めたよ。まだ売約済み物件では無さげだが、贈り物にこの店をチョイスするような好みの持ち主とか、関わりたくない。


「この鍋敷きとかどうですか? 海外の品で魔除けの効果もあるとかないとか」


 ただの陶器とそれを囲う木枠で出来た微妙に重たい鍋敷き。いかにもな怪しい絵柄が描がれていて、アンティークな雰囲気とそれっぽさがある。そんなオカルトな力を使う意味がまずわからない。店長は熱弁していたが、どうせ適当ないわくをつけた、ごく普通のどこにでもある鍋敷きだよ。あっつい鍋を乗せられて、鍋よりアツアツのカップルのイチャイチャを眺めるしか出来ない鍋敷き。きっと贈り物として、価値があるのはほんの一時の間。あとはただカップルの話題の踏み台に使われるだけの悲しき運命。


「確かに変わった絵柄ですね。おいくらですか? これを下さい。」


 店内をろくに見ず、胡散臭い店の胡散臭い店員のオススメを即決で買う男。他人の分には男前な買い方だが、当時者(相手)が見たら嫌だろうな、他人の女が適当に選んだ物を、ろくに考えもせずに買うのだから。所詮絆を深める鍋敷き(ドアマット)。演出の小道具なんて小高くて洒落てりゃ何でもよいのか。


 埃を払ってやって、すぐに売れてゆく鍋敷き。何だろう⋯⋯この逆ドナ感。鍋敷きがニヤニヤ笑っていたような気がした。まさか店長(ボス)のやつ、この虚しい空虚を味あわせたくて店番させた?


 ──哀れな、詩音!

 ──鍋敷きに完敗!

 ──残念ヒロイン!

 ──悟れ、リオン!

 ──開始三分失恋!

 ──自棄酒確定乙!

 ──腹出し確定乙!

 ──安定の記憶除去!


 引き出しに鍵をかけてしまったはずのスマートフォンが、観客付きで接客中の私を観察していた。何も知らない外野なんぞにわかるまいよ。悪意しか感じられないが、これは既定路線‥‥のはず。


 翌日、開店早々に爽やかな笑顔に陰を持つルックス満点スーツの男がやって来た。十中十、返品だよね。昨日渡した紙袋持っているし。あんな気味悪い鍋敷き如きに八万円とかぼったくりだ。売ったのは私だが、値段決めたのは店長だから、文句は店長に言ってほしい。


「いらっしゃいませ。昨日来られたお客様ですね。返品ですか?」


 売ったもん勝ちと言いたい所だが、例え店が独自のルールを設定しようが、法律(お上)には逆らえないのだよ。だから真っ先に返品の対応を取った。しょせん鍋敷きは鍋敷き、私という魅力ある鍋の下で踏み台のように熱さに呻くしかないのだ。


「返品ではないです。贈り物は喜んで貰えたのですが、その後大喧嘩になってしまって‥‥」


「⋯⋯⋯⋯」


 まさかの繰り返しが再び。十中十を外すとか、嘘でしょ。理由は鍋敷きのせいか? あの鍋敷き店長(ぼっち)の呪いでも掛かっていたんじゃないか? 


「すみません、朝っぱらからこんな話をしてしまって。鍋敷きの話をする内に貴女の話になってしまって」


「‥‥なぜ私の話に?!」


「あっ、すみません。凄く嫉妬深い女だったと、喧嘩になって初めて知ったので。とても可愛らしくて素敵な店員さんに薦めてもらったと話してしまったばかりに‥‥」


 罪深きは我が身かな。まさかまさかの私が原因だったよ。大喧嘩の後、帰ってしまい高価な鍋敷きはそのまま相手の家に置いて来てしまったそうだ。


 ──@&%#*!

 ──※デ〇⇒?!


 待て。お前たちが絶対に茶化して騒ぐのはわかるが、いまは待て。またとない傷心のイケメン捕獲チャンスの機会を失うわけにはいかんのだ。


「それはかえって申し訳ないことをしました」


「あっ、いえ、こちらこそ店員さんのせいではないのに、つい愚痴を話に来てしまって」


 笑いあってはいるけれど、端から見るときっと営業社員同士のやり取りのように乾いた笑いとトークが続く。言わなくてもわかっているって、私が魅力的なのは。


 ──目を覚ませ、詩音!

 ──目が笑ってない女!

 ──顔面だけの残念女!

 ──残飯放置する腐女!


 チラッと見えたスマートフォンの画面には辛辣過ぎるコメントが並ぶ。見世物じゃないんだよ、見るならリアルに投げ銭しろって言いたい。残念ながらエリート社員に拾われて、マニアックなお前たち(熱烈ファン)とはおさらばだ。


 そんな詐欺とか嘘みたいな展開で釣られる女が今更いるかって話だ。けどね、こちとら少しくらいは餌をつついてみたいお年頃なのだよ。


 彼の名は島岡 康介(しまおか こうすけ)。どこぞの店長が掛け持ちで会長している大会社のエリート社員だ。自分の会社の偉い人が経営する店と知って来たわけではなく、本当にいわくつきのアンティークな物が欲しかっただけのようだ。


 趣味が良いとは言えないが、ビジュアルは良いし将来性は高い物件。降って湧いたような出会い。逃すわけにはいかないよね。


 ──顔面だけのお付き合い!

 ──仮面男とカメレオン女!

 ──事故物件あえて選ぶ女!

 ──ブレないブツコ、〇〇!


 外野がガアガア煩いが、事故はもう鍋敷きの後に起きた。私ではなく本命の彼女を踏み台に、羽ばたく絶好の機会。これでも世間様の冷たい目と、お前らの容赦ない言に鍋敷きの陶器より脆い私の精神(ハート)は傷ついているんだぞ。


 ちなみに彼、島岡(シマ公)島岡(シマ公)で、「こうして出会えたのは何かの縁」 「もうこれ運命だよね」 ──何だかそんな嘘臭い言葉で自分に酔って呟いていた。ナルシーだって人間だもの、泣きたい時もあれば、自分に酔いたい時もある。


 そんなわけで私、鍋島詩音は島岡康介と付き合う事になった。


 ──詩音、チョロすぎ!

 ──恋愛偏差値ゼロ女!

 ──脳が腐ってやがる!

 ──肝太すぎ団三郎様(弾力三倍)

 

 うっさい、黙るがいい。こんな胡散臭い店の店員なんざやってられるか。神に慈悲がないのなら、悪党の脚をひっぱるのが私だ。訳あり優良物件でも、私の不名誉な記録の更新を終わらせられる。


 ──絶対無事に終わらないフラグ!

 ──事故は起きた、だが事件は‥!

 ──次の名前をそろそろ考えとけ!


 ホッホッホッーー、あいつらの悔しそうなコメントで、彼氏に奢られる飯の旨さが増すってものよ。それに鍋敷きには謝っておこう。一人だけ先に幸せになりやがったと恨んだ事をね。



 ◇



「⋯⋯⋯⋯⋯⋯頭痛い」


 えっと、わかっていました。反省します。出会って一日、付き合って一日、鍋敷き女は、あっさり捨てられました。いやビックリだよ。本当にゴミ捨て場に捨てられたんだよ、信じられます?


 ──⋯⋯うん、知ってた!

 ──⋯⋯むしろ祝え!

 ──⋯⋯平常運転!

 ──⋯⋯十年早いわ!


 おいっ、十年はいくら何でも私の賞味期限が崖っぷちになるからまけろ。いや、私もさわかっていたんだよ、言い訳じゃなくてさ。お互いが互いに興味はなく利害関係しかないと。目と目で通じ合うくらい気が合ったのは事実なんだが。


 再会して意気投合して付き合う事になったその日の夜、私と島岡はさっそくデートする事になった。何というかさ、鍋だけに‥‥いちゃラブカップルの出汁に使われたわけだよ。


 タダメシだからと良いニコ顔で島岡に勧められるままに、たらふく飲んで食ってやった。そして酔っ払いが出来上がった頃に本命の彼女が登場だよ。島岡にとって、予定通りの修羅場。こうなるように仕組んだのか、当然本命女は初手からヒートアップ。嫉妬心を煽られて、浮気男よりも私に噛みついて来たわけだ。


 酷い、酷すぎるよこの男。私は鍋敷き扱いするためだけに、付き合わされ突き合わされたようなものだ。せめて一週間くらいは夢を見させてくれても良くね? ドアマットってさ、報われない女性が成り上がるんじゃないの? 鍋敷き通りの扱いで終わるとか、ただ惨めなだけじゃんか?


「このコソドロ女! この人が奥さんと別れて結婚するのは私なのよ!!」


 ──気持ち悪い!

 ──気味悪い!

 ──気分悪い!

 ──気色悪い!

 ──景気悪い!

 ──景色悪い!

 ──血色悪い!


 褒め言葉をありがとうよ、お前ら。私に辛辣なのはいつものこととして、島岡にも同時に向けた腐す言葉。本命女が激昂して叫んだ台詞で、島岡が既婚者であるとわかったのだから。


「愛しているのは君だけだよ。この娘とは何でもないよ」


 場を収めるために、今朝口説いた女を晩には切り捨てる男。利用されたのはわかるが、酔った私と違って素面の本命女が納得するわけないよね。


「やっぱり、そうよね。こんな‥‥コソコソ人の物を奪おうとする女、康ちゃん嫌いだもんね」 


 マジか⋯⋯納得したよ。てか奪おうとする女はお前(本命女)も同類じゃん。つか、私の顔と身体を初めて観察して、言葉詰まらせたよ。


 ──顔面偏差値は詩音か?!

 ──ボンッキュッボン圧勝!

 ──それでも負けの哀れさ!


 勝ち誇る本命女、騒ぐ外野。いや‥‥あんたも負け組じゃないの? だんだんと面倒臭い女になって、この顔面(ビジュ)と地位だけの島岡に廃棄されかけてんのに。


 騒いで迷惑だったせいで、私達は店から追い出された。飲み過ぎた私はいちゃラブカップルに突き倒されて、店の路地脇のゴミ捨て場に倒れ、その後の記憶が飛んだ⋯⋯。


 朝になって、二日酔いの頭痛と共に頭を打った記憶と共に、昨晩の出来事を思い出した。同時に鍋敷きについてドヤ顔で嬉々と説明する顔が浮かぶ。


「────いいかね、鍋島詩音君。この魔除けの絵柄の付いた鍋敷きには、いわくがあって⋯⋯」


 無理矢理改名させられて、店番を命じた店長(クソ女ボス)の声が脳内再生される。あの鍋敷きは、雰囲気づくり(ぼったくり)のための後付け適当設定じゃなかったようだ。そしてわざわざ念入りに説明したのは、こうなる事を知っていたんじゃないかと疑う。


 何故、島岡は無駄に高い鍋敷きを奨められるままに買ったのか。アンティーク雑貨店とは見た目だけで、販売しているのはオカルトグッズばかり。万年筆は呪いの言葉を送りつけるために、自分の血を使って書いたため血が固まり書けない。かけると血の景色が見える眼鏡は、どっかの国のマフィアに濡れ衣を着せられて、目をくり抜かれて亡くなった者の怨念が宿るとか。


 鍋敷きは古めかしさのおかげで分かりづらいが魔除けのいわれは、血を吸うからだ。陶器部分内に隙間があるせいで、血の鮮度が中々落ちないためか酸化がズレる上に、絵柄や木枠部分の特殊塗料や持ち主達の使い方がおかしなせいで、代々に渡る血痕が鑑定を狂わせる。


 説明を受けたから私にはわかるが、例え知らなくても、店の中の品々が不気味なんだから怪しい品だってわかるよねぇ。それにエリート社員だからって、言うほどアンティークでもない鍋敷きに八万円ものお金をポンッと出すだろうか。


 それに贈られたはずの本命女は、私に噛みついてボロクソ言う最中‥‥鍋敷きについてはひと言も言及しないのか謎だった。酔っ払ったけど記憶のリセットはゴミ捨て場からだ。また私と島岡の面識は皆無で、顔を合わせてまだ二日、付きあおうとなって一日経ってないんだよ。顔合わせて二日です‥‥とは言わなかったし、ベロベロに酔わせたのはお持ち帰り予定があったのではなく、私にまともな思考にさせないため?


 騒ぐ本命女はもっと前から関係を持っていたと疑っていたけど、あれさ私以外にも怪しい関係いたんじゃないかと思う。私にマウントを取って喜んでいたけど‥‥都合良い不倫(遊び)相手ってだけで、奥さんといちゃラブっていただけだよね、きっと。


 ──修羅バッドなシオン!

 ──鍋敷きを巡るフラグ!

 ──鍋敷き女の熱き戦い!

 ──性格破綻はリオ圧倒!

 ──不毛な戦い勝者島公!

 ──バッドな再試合希望!


 やらねえよ、懲り懲りだよ。グツグツ煮える沸騰女には理屈通じないし、鍋敷きは私だけじゃなく本命女もだよ‥‥むしろ彼女こそ鍋敷き壱号だったよ。


 ◇ ◇


 ────またお前か、そう取り調べ担当の警官の目が語っているのがわかる。いや、今回の私は無関係ではないよ、一応。凶器らしき鍋敷きを売ったの私だから。


 ──不利な証拠にドヤる詩音!

 ──取り調べで喜ぶ頭湧く女!

 ──最高にうざそうな警官涙!


 もう私の専任と言っても良いくらい、長い付き合いだよね、取り調べ官も。許可を得て自分の薬指に付けた結婚指輪を見せつけ、私に余計な言葉を語らせないように圧力をかける。長い付き合いだけはあるよね。今回の事件の経緯が経緯だけに、対策を講じて来たようだ。


 ⋯⋯何故私が取り調べを受ける事になったのか。それほ事件が起きたからだ。


 ニュースで殺人事件の報道が上がった後、私はお約束の取り調べを受ける事になった。島岡の奥さんが鈍器のような物で殴られて、殺されていたそうだ。容疑者は不倫関係にあった本命女。凶器の鍋敷きが彼女の自宅アパートから見つかった。


 ただ本命女は犯行を否定している。島岡との不倫関係は認めていたが、奥さんとは離婚し自分と結婚すると言うのに、そんなリスクを冒す意味はないと言い張った。それに凶器の鍋敷きは、いつの間にか彼女の部屋の食器棚の奥に隠されていた。自分の持ち物ではないし、初めて見たと断言していた。実際本命女の持ち物の趣味に合わない。


 そうなると島岡本人に容疑の目が向くわけだが、島岡は犯人に別の心当たりがあるとして、怪しい雑貨屋の店員⋯⋯つまり私を指名した。イケメンからの指名、そんな形で欲しくはない。買ったはずの鍋敷きは、やはり気に入らなくて返品したんだと。彼女は病んだ精神の持ち主で自分に気があり、あまりにしつこく付き纏いそうだから、一回だけ食事に付き合った‥‥。


「つまり私はベロベロに酔って不倫女と大騒ぎした挙句、店を追い出されたんだよね。そんで二人から突き飛ばされてゴミ捨て場で気を失った私が、怒り狂って雑貨店にある返品された鍋敷きを取りに戻って、私をポイ捨てして、とっくに帰宅している島岡じゃなくて奥さんを襲ったと‥‥。どんなバーサーカーだよ。つか物理的に無理筋」


 ──容疑者、鍋敷き詩音!

 ──能力者、鍋敷き莉緒!


 いくら何でも行動論理が破綻している。しかし私ならやりかねないと、長年のお付き合いから取り調べ官から謎の信頼がある。いや待て。私のパソコンもスマートフォンも、店長とあんたらお上に情報筒抜けだよね。用意周到にストーカーしていたら、一発でアウトでしょうが。


「‥‥わかっています。それでも確認のためにお願いします」


 本命女のアパートへの侵入経路がまたしてもベランダ。引っ越し重ねて、嫌な縁から離れたはずなのに逃れられないベランダの呪い。そもそも島岡とは出会ってまだ二日目、本命女の存在も面識も居酒屋が初めてだっての。濡れ衣を着せて犯罪を押しつけようったって、そうは雑貨屋が許さないってもんだ。


 ──いよっ、団三郎様!

 ──荒らしを呼ぶ女!

 ──この女、危険(地雷)付き!


 撮影禁止じゃないんかい。凶器の鍋敷きには、殺された奥さんの血が確かに付着していたそうだ。そして一度購入した島岡と、販売していた私の指紋も当然残っていた。私の場合は動機はアレだが、近所の暇な年配(パイセン)方や、自動式スマートフォンの常時監視付きのせいで、人の目機会の目どちらの目からも犯行不可能と太鼓判を押された。


「確認したかったのは鍋敷きに関しての由来と、販売した証言と購入事実です」


 売ったのは間違いない。何故そんな事を確認するのか、それは事務処理上必要なのと、鍋敷きがいわくつきのせいだろう。凶器に相応しい訳あり商品のせいで、錯覚させられた上に鑑定を狂わされた。でも奥さんの遺体を調べた結果、殺害日にズレがあるのがわかった。

 

「えっとさ、それなら私の取り調べいらなくない? 島岡の場当たり的な稚拙なトリックって、すぐバレるじゃん」


「そこはお約束ですから‥‥」


 そんな約束律儀に守る必要はない。暇な年配の方々よりも暇な、偉い人の意向には逆らえなかったわけだ。


「ムカつくけど許す。んで、どうせ犯人は島岡確定なんでしょ」


「凶器が見つからないため、まだ断言は出来ません」


 奥さんに致命傷を与えた頭部の傷は、鈍器によるもので、傷跡と鍋敷きの形状や強度に違和感があった。それなりに重い鍋敷きだが、頭皮を裂き致命傷を与えるダメージを与える程ではなかった。おそらく島岡が良く飲む洋酒の瓶か何か。不倫男島岡は、本命女(嫉妬女)よりも激昂しやすく暴力気質だったという。思わず手にした洋酒の瓶で殴って、妻を殺害してしまったのだろう。遺体は冷房ガンガン効かせた状態で放置され氷などで防腐措置された痕跡も見られ、凶器となったであろう瓶はとっくに処分されていた。


「衝動的に殺っ(ヤッ)た後に、取った行動が死体隠蔽よりも、面倒になった本命女(鍋敷き壱号)の手切れに利用とか、エリート社員の考えがわからん」


 私の呟きに取り調べ官は無言を貫く。この手の事件はよくあるのだろう。自己中心的っていうのか、独善的というのか、曰く付き鍋敷き(クソ高い商品)を買って誤魔化せると思った思考が私にはわからん。


 腹立たしいのは派手な音楽の鳴る居酒屋で、私と本命女(壱号)の激しく醜い罵り合いが監視カメラにバッチリ映っており、証拠映像として残された事。なんなら私の自立型スマートフォンにより、ライブで撮影され、生中継で私の休止したアカウントで配信されている事だろう。


 ──グツグツ煮える鍋より熱い!

 ──グングン伸びる再生数!

 ──鍋敷き壱号弐号、勝者なし!

 ──醜さを競う戦いなら詩音勝利!

 ──ベロベロに酔っても強い!

 ──止めない鍋又男が一番怖ぇ!

 ──過去最高視聴回数更新!

 

 ◇ ◇ ◇


 島岡が逮捕された。処分した洋酒の瓶を特定し、ゴミ回収場から発見したそうだ。洗い流されていても、よほど念入りに洗っても目に見えない物証は残る。洗い終わった後も、島岡の手の油分、指紋がしっかり残る。突発的だった事と時間がない事、それに罪をなすりつける事ばかりに思考を巡らせ、色々と杜撰な隠蔽工作だった。


 雑貨屋で再び退屈な店番に戻された私は、回収された証拠物の鍋敷きを眺めている。店長と警察の間で、どういうやり取りがあったのか聞きたくはない。知らない方が幸せな事もあるのだ。ただ、出戻って気まずいだろう鍋敷きを見ると、ちょっとばかり嬉しい。島岡が支払った鍋敷きの代金はボーナスとして、私に手渡されたのはもっと嬉しい。


 ──終わるわけなし!

 ──絶対オチがある!

 ──ハピエンは不可!


 騒ぐな騒ぐな、野次馬共が。ハピエンではないが、苦労に見合う報酬は貰って当然だ。久々に数字の伸びた配信の収益と合わせてウハウハだよ。


「⋯⋯⋯⋯ん?」


 店長が置いたらしい鍋敷きの下に、下敷きにされた封筒が挟まれていた。嫌な予感がする、そう思った矢先にスマートフォンの音が鳴る。配信の運営サイトからメッセージが届き、暴言暴力的内容が規約に引っかかり、配信動画は削除の通達だった。当然ながら収益はゼロ。


 ──いよっ、流石団三郎さま!

 ──アカ停止は俺達が死守!

 ──このまま終わるわけなし!

 ──ブツコの物欲ブッ壊す!

 

 そして追い打ちをかけるように、バズった配信の居酒屋の店員が、ニッコリ笑顔でやって来た。


「請求書、届いてますよね? 飲食代と損壊した食器等の費用諸々合わせて八万円になります」


 封筒の中身を見る前に、答え合わせが終わり私はガックリ膝をつく。あの男、奢りと言いつつ、騒動のどさくさに紛れ未払いで出てきやがった。


「あの男に無銭飲食の罪を追加して下さい」


「同席していた方が前にいるので、お支払いを先にお願いします」


 うん、払うしかないのはわかっている。破損の損害は、鍋敷き壱号の責任もある。私のおかげで鍋敷きから卒業出来た恩返しがてら支払いを押し付け、結婚詐欺の島岡から慰謝料を請求する相談をする事にしようと思った。鍋敷き女にも意地があるって本命女(鍋敷き壱号)を焚き付け、失った配信収益とボーナス分と、便乗で結婚詐欺の慰謝料を私も請求しないとね。


 ──転んでもただでは死なない女!

 ──飲み食いの請求エグい額な件!

 ──第二ラウンド開始のフラグ!

 ──オチがついて落ち着いた詩音!

 ──やべぇ、鍋敷きに奥さん憑いてる!

 ──絶対気づいていない鈍感力!

 ──全てを仕組んだボス一人勝ち!

 

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