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大空の第三者 〜八咫烏が辿る、関西80年の銀翼の記憶〜  作者: velvetcondor guild


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海底に杭を打つ ― 海の試練と人の執念

(語り部:黒羽ノ介)


海が“空の重さ”を試した日

新空港の建設地が大阪湾の泉州沖に決まって間もない頃、わしは広大な海原の上を飛びながら、大気の底から湧き上がってくる「海の気配」の変化を敏感に察知しとった。


水分を孕んで異様な重さで肌にまとわりつく風


沖合から押し寄せ、不気味に低くざわめき続ける波


異変を恐れ、海面すれすれを狂ったように低く飛び交う海鳥たち


そして――海の遙か底から地鳴りのように響いてくる、鈍い微震動


底知れぬ大阪湾の海は、押し寄せる時代の足音を前に、深い底からじっと人間たちを睨みつけ、低く深く囁いた。


『陸の空を受け入れるのは、口で言うほど容易いことやない。わしは試すぞ。命を、財を、智慧を投げ打ち、本気で新しい空を求める者にだけ――わしの背の上に、空の居場所を分けてやる。』


海は、空の新しい神話の舞台として自らを生け贄に捧げる前に、人間の覚悟が本物かどうか、その器を冷酷に量ろうとしとったんや。


技術者たちの“狂気の計画”が始まる

海上空港――それは、当時の世界中の土木学者たちが「絶対に不可能だ」と断言した前代未聞の挑戦やった。なぜなら、目指す海底の底には、数万年かけて堆積した、豆腐のようにもろく柔らかい巨大な「軟弱粘土層」が横たわっていたからや。


地上の技術者たちは、揺れる船の上で幾度も海図を広げ、海底の泥をサンプリングし、泥だらけの顔で不敵に笑った。


「海底が豆腐のように柔らかいというのなら――俺たちの手で、岩盤のように固めてしまえばいい。」


彼らが導き出したのは、当時の土木常識を遥か彼方へと置き去りにする、凄まじい大計画やった。

それは、『海底の泥の中に、百万本以上の砂の柱を打ち込む』というもの。


直径40センチメートルに及ぶ、巨大な砂の杭


海底の泥を貫き、深さ20メートルから30メートルに達する強固な柱


それを、狂いなく正確に「100万本以上」


海底の粘土層へ、隙間なく規則正しく打ち込み、泥の中の水分を絞り出す


わしはその天文学的な数字を耳にしたとき、あまりの人間どもの恐ろしさに、空の高みでゾクリと羽を震わせた。


「おい、あんたら……正気か? 相手は何万年も眠り続けてきた母なる海やぞ。そんなことができるわけがない。」


しかし、若き技術者たちは、塩焼きつく顔のまま不敵に笑い飛ばした。


「前例がないから面白いんじゃないですか。空を、新しい伊丹の未来を救うためなら、俺たちは海だって変えてみせますよ。」


海底に杭を打つ ― 世界最大の“空の基礎工事”

ついに、大阪湾の水平線に、見たこともないほど巨大な塔を備えた「杭打ち船」の艦隊がずらりと戦列を組んだ。轟音とともに、鉄のドリルが緑黒い海の中へと一斉に突き立てられていく。


海底の深い泥の奥底へと、鉄のパイプを強引に圧入し


その筒の中へ、地上から運んだ大量の砂を勢いよく流し込み


凄まじい圧力で泥水を押し出しながら、砂の柱を固めていく


遮るもののない洋上、吹き荒れる寒風のなか、その作業を24時間、延々と繰り返す


海は、自らの胎内を侵す人間に向かって、猛烈な牙を剥いて抵抗した。


牙を剥くような荒波を仕掛け、船の足元をすくい


突風を狂わせて、巨大なクレーンのワイヤーを激しく鳴らし


海底の地盤を不均等に歪ませて、技術者たちの計算を狂わせにかかる


しかし、塩を被り、不眠不休で泥にまみれた人間たちは、誰一人としてレバーから手を離さなかった。


「海が揺れて船が狂うなら、それ以上に強く、もっと深く杭を打て! 1センチの狂いも許すな!」


わしはその命を削りながら鉄の巨獣を操る人間の姿を見て、ただ圧倒されとった。


「人間……あんたらという生き物は。そこまでして、そこまで血を流してでも、新しい空を本気に求めとるんやな……」


海の“怒り”と“受容”が交互に訪れる

砂の杭が十万本、五十万本と増えていくにつれ、大阪湾の海は、まるで巨大な生き物が悶え苦しむように激しく揺れ動いた。


太古からの潮の流れが不自然に変わり始め


怯えた海鳥たちが、棲処を追われて一斉に和歌山の山へと逃げ去り


砂杭に水分を絞り出された海底が、不気味な音を立てて数メートルも沈み込み


逃げ場を失った波が、岸壁に向かって高く狂い咲く


海は、はっきりと怒りの声を上げて吼えとった。


『ちっぽけな人間どもめが、わしの底を、わしの神聖なる領域をどれだけ突き破る気か!』


しかし――杭の数がついに大台を超え、海底に完璧な「砂の神殿の土台」が形成されたその瞬間、海を包んでいた荒ぶる気配が、嘘のようにピタリと収まったんや。大気の奥から、観念したような重厚な声が響いた。


『……ここまでやるか。泥にまみれ、海に拒まれてもなお、一歩も引かぬか。……ならば、認めよう。その狂気にも似た執念、わしがすべて受け入れてやる。』


海は、空への憧れを捨てきれない人間の、果てしない「執念の力」に、ついにその背を折ったのだ。


技術者たちの“祈り”が海に届く

100万本を超える最後の砂杭が海底の闇へと打ち込まれ、静寂が戻った船上。


技術者たちは、勝利の歓声を上げる代わりに、ただ静かに帽子を脱ぎ、夕日に染まる広大な海に向かって、深く、深く頭を下げた。


彼らの心にあったのは、自然への勝利ではなく、畏怖と、震えるような懇願やった。


「……どうか、これから作る島を沈めないでくれ。」

「どうか、俺たちの命を注いだこの場所で、いつか飛ぶはずの空を、末長く支えてくれ……」


それは、冷徹な科学を超えた、人間たちの剥き出しの「祈り」やった。


大阪湾の海は、その祈りを大きな包容力で、静かに、優しく受け止めた。


『空を支えるのは、わしの力だけやない。人間よ、あんたらが流した血と油、その覚悟の重さそのものが、この新しい空を支える一番に頑丈な柱になるんや。』


わしはその神話的な対話の美しさに、全身の羽を震わせずにはいられなかった。


黒羽ノ介、海の底に“空の柱”を見る

すべての基礎工事が終わった夜、わしは群青色に暮れていく大阪湾の上空を、ゆっくりと円を描きながら滑空しとった。


透き通る夜の海原を見下ろしたとき、わしの澄んだ眼には、肉眼では見えないはずの、海底に美しく整列した「百万本の輝く柱」がはっきりと見えたんや。


「これは……ただの砂杭やない。人間が神話の海に打ち立てた、新たなる『空の柱』や。」


陸の空が悲鳴を上げて傷つき、海がすべてを受け入れると誓い、人間がその執念で海底に巨大な柱の神殿を建てた。


その百万本の柱は、これから始まる誰も傷つかない、世界一優しい新しい空の神話を、文字通り底から支える背骨になったんや。


そして、海は静かに言った

夜の帳が完全に降り、満天の星空が大阪湾の水面に映り込んだ美しい夜。


海は、波のせせらぎを通じて、天高くの空に向かって静かに囁きかけた。


『空よ。準備はすべて整った。わしの底は、もうお前の重さを受け止めるために強くなった。あとは……お前が銀色の翼を連れて、この海へ降りてくるのを待つだけや。』


わしは星空のなかで、大きく翼を広げ、歓喜の声を震わせた。


「海が、ついに空を迎える最高の準備を整えた。森川が、陽斗が、伊丹で守り続けた空の命が、いよいよこの海の上へと繋がれるんやな!」


関西国際空港の、波瀾万丈に満ちた真の物語は、この海底の柱の上から、いよいよ本格的に動き出す。

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